薄く焼いたビスケットを噛んでいたら、使用人が部屋の扉を開いた。走って来たのか、少し息が荒れている。



「コンチェッタ様、馬の準備ができました」


「ありがとう。それじゃあ、ロベルト、あとを頼みます。カルロータ、行きましょう」



 ロベルトが黙って頭を下げる。ケープを羽織って、まだ夜の空気が残る廊下を歩く。正門には栗毛の馬と、数人の兵士が待っていた。なにがあったか知らせてはいないけど、薄々悪いことがあったとわかっているらしい。おはようございますと低い声で挨拶してくるのに手を振って答える。



「朝早くからありがとう。セントロに行きましょう」



 はい、と返事が響く。玄界の海の、遅い朝日が昇ってくる。



          *



 セントロにつながる道の真ん中に、馬と背の高い人影が見えた。わたしたちを見て、大きく手を振ってきた。ああもう、と小言が出そうになる。



「おはようございます、コニ。寒かったでしょう」


「ええ、寒かったけれど。ペペ、外でそんな風に手を振らないで」


「ごめんなさい」



 すぐ下の妹のペペが、小さく肩をすくめる。薄青色の瞳が、活発そうに朝日の光をはじいた。コニ、とペペがわたしの愛称を呼ぶ。



「セニータがずいぶん落ち込んでしまって。コニお姉様はまだかって泣くものですから」


「だから迎えに来たの?」


「うん。あたしは頼りになるお姉様じゃないから」



 ペペが葦毛の馬に乗る。ここまで来たらもうすぐだ。並歩でとことこ歩き出す。

 セントロに向かう道は、白い敷石が敷き詰められている。少し濡れているようなのは、霜が融けたからだろう。針葉樹の林を突っ切っているせいで、視界はあまりよくない。



「晴れてよかったです。玄界の海から来るなら、天気が悪いと引き返さないといけないですからね。今年の嵐はどうでした?」


「去年よりはマシだったわ。三回しか来なかったし」


「ああ、それはよかった」


「恵答の海はどう?」


「いつも通り。ああ、でも、少し荒れているかもしれないです」



 気候のいい恵答の海が荒れるなんて、そんなことはほとんどないし、話しに聞いていない。姉妹の中で一番筆まめなペペが、海が荒れていることを手紙に書いていないはずがない。ペペはまっすぐ前を見つめていた。


 ペペが司る恵答の海は、北東の入海だ。大きな学校があって、大きな商港がある。閉鎖的なエストレリャの中で、一番よその人が来る場所だった。それは、一番戦火に巻き込まれやすいと同義である。



「なんとなくですけどね。少し鉄と小麦が値上がりしているようですし、塩をよく買っていきます。学校は女子の入学者が増えました。それだけです」


「……そう」


「まあ、エストレリャが巻き込まれるなんてことはないでしょうけど。そうでした、コニ、今度客を連れてそちらに行ってもいいですか? すべての入海を見たいと言ってやってきた人がいるんですけど、冬に出発させることはできなくて、ずっとうちにいたんです。本当は日明の海から順に行ってもらおうと思ってたんですけど、あそこはいま忙しいし。嵐が少なかったなら、少し余裕があるかなって」


「ええ、いいわよ。……ああ、でも、わたしがセントロにいたら、お相手はできないわ」


「だから、あたしが一緒に行くの」


「あなたがあちこち行きたいだけじゃないの。みんなに迷惑かけないならいいわよ」



 ペペが小さく笑う。ひとところにいれないのは、ペペの性分だけど、あまり度が過ぎるとわたしに苦情がくるのだ。学校の学生たちには親しみやすいと人気があるとは聞いているが。わたしとは正反対の妹だとため息が出る。

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