黒いドレスを抱えてカルロータが戻ってくる。夜着を脱ぐ。シュミーズの上にペチコートを何枚か重ねて、スタンドカラーのブラウス、飾りのないスカートを着る。真珠のカフスボタンを留めて、ピアスとネックレスを着ける。
少し乱れてしまった髪をもう一度まとめ直してもらっていると、ノックの音と、アメリタの声がした。どうぞと答える。
「コンチェッタ様、ロベルト様がおいでになりました。謁見室で待っていただいております」
「ありがとう。もう出られるから、そのまま待ってもらってて。アメリタ、体調はどう?」
「ええ、もう大丈夫です。お仕度の手伝いができず、申し訳ありません」
「いいのよ。こっちに来て」
アメリタのしわだらけの手を取る。冬の海のように冷たい。
「朝早くからありがとう。ロベルトに会ったら、そのままセントロに向かうわ。あなたとカルロータについてきてもらうから、準備をお願いね。あなたは馬車で、後からゆっくりついてきて」
「はい……」
「さあ、行って。キッチンに、携帯食の用意をお願いしてきて」
墨色のスカートを引きずって、アメリタが部屋から出て行く。わたしも用意しなくてはならない。革のかばんに読みかけの本を入れて、円の中に花と複雑な幾何学模様が刻まれた印鑑をケースに仕舞う。インクはセントロにあるだろうか。まあなんとでもなるだろう。この島で一番僻地の、我が玄界の海より、セントロの方がものはたくさんある。あとは水筒と食事を入れれば充分だ。カバンのベルトを締めて、カルロータに渡す。
わたしたち塔主の部屋は、当然塔の一番上にある。乗馬用の踵の低い靴で助かったと思いながら階段を駆け下りる。寒い。このくらいの早朝なら、まだ吐く息は白い。もう雪は融けて、地面がぬかるむころだ。本来であれば種付けの季節ではあるが、わたしの司る玄界の海は入海が深く入っており、塩害がひどいので農耕はほとんどしていない。春のぬくもりなんて、ここでは短く、かすかなものだ。
謁見室の扉は螺鈿細工がほどこされて、真珠のように輝いている。深呼吸をひとつはさんで、扉を開く。白髪をなでつけたロベルトが、ソファに座っていた。
「お待たせしました。朝早くからご苦労様」
「いえ」
「リリスが死んだわ」
ああ、とロベルトがため息を漏らす。臣下に対して、言い回しが直球すぎたかもしれないと小さく後悔する。咳ばらいでごまかす。
「六の妹姫アラセリスの葬式があるから、わたしはもうセントロへ出発するわ。留守の間お願い。しばらく嵐は来ないと思うけれど、もしなにかあったら電報か、通信石で連絡をして」
「承知いたしました」
音もなくカルロータが部屋に入ってきて、わたしの耳元に顔を寄せる。彼女のはしばみ色の髪が、彼女のほほにひと房落ちる。
「お話し中に失礼します。コンチェッタ様、申し訳ありませんが、もうしばらく馬の準備に時間がかかるようです」
「あら、そうなの。大丈夫よ。今日中につけばいいんだから。このままここで待ってるわ」
執事がお茶とお菓子を置いて出て行く。カルロータが部屋の隅の椅子に腰かける。黒のシンプルなドレスに、濃い灰色のケープを羽織っていた。手には青みがかった薄鼠色のケープをかかえている。馬の準備ができたら、あれをわたしに着させて出発するのだろう。ソファの背もたれに体重を預けて、紅茶をすする。
ロベルトがまたため息をこぼした。
「アラセリス様は、御年五歳でしたね。おいたわしいことです」
「ええ……」
頬杖をつく。
「少ししか会ったことないけれど。明るくていい子だったわね」
はいとロベルトが答える。わたしたちの末の妹姫は、月足らずで生まれ、ずっと病気続きの子どもであった。去年の秋の終わりに引いた風邪が治りきらず、肺が固くなってしまっていると報告は受けていた。気候のいい日明の海か、恵答の海に移動することも計画されたが、病状が安定せず、結局あの城からほとんど出ることはできなかった。
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