後編
次の日。秋晴れのこの日はときおり冷たい風が吹いた。リッタたち四人は朝早くに宿を出て、城へと向かう。しかし、昨日と様子が違う。
「どうしたのかしら」
「並ばなくていいの?」
若い女性に限らず、多くの市民たちが城へ向かっていた。
カノンが道行く人に声を掛ける。
「あの、この騒ぎは何ですか?」
「ああ、知らないのかい? 聖女様が現れたんだ。宝石の闇を見事に払われたそうだ。これから、王子様と一緒にバルコニーに出て来るらしい」
それを聞いたカノンとミュナとエリザは顔を見合わせる。
「闇を払った。ということは、私たちの他にも聖女がいたんだね」
「リッタ、大丈夫?」
リッタは城の方を呆けたように見つめていた。
「リッタ?」
「え、あ、ああ。そうなのね。聖女様が……。私たちじゃ、闇を払えるか分からなかったからよかったよね」
どう見ても心にもないことを言う。
「どうする? みんなのところに帰る?」
カノンがリッタの肩を抱いて気遣った。
「ううん。せっかく四人で王都まで来たんだもの。もう少し、街を見学してから帰りましょう」
そう言って、リッタは城に背を向けた。
「そうね。行きましょう。……ミュナ?」
三人は歩いていくが、ミュナだけが立ち止まる。
「うん。私はちょっとその聖女様とやらを見て行くよ。皆は楽しんできて」
マイルは城の自室で、窓の外を眺めていた。石造りの城は丘の上に建てられ、眼下には城下町が広がっている。そのどこかにリッタはまだいるだろうか。
「はぁ……、父上はなぜあんなに……」
今日あったことを思い返すとついため息が出た。
朝食のとき、マイルは父である国王に話しかけようとする。自分には他に好きな女性が出来た。王族としては自由に恋愛など出来ないことは分かっているが、どうか許してくれないだろうかと。しかし、国王は聖女エイミに話しかけるのに夢中だった。
「父上、実は……」
「エイミ殿、昨晩はよく眠れましたか」
「はい」
「お好きなものがあれば持ってこさせましょう」
「では、美味しい白ブドウがいただきたいです」
「おい! 早く、白ブドウを持ってこい!」
国王はエイミの機嫌を取ろうと必死だった。エイミが聖女だからだろう。もしかしたら、エイミが国に更なる繁栄をもたらすと思っているのかもしれない。だから、結婚させようとしている。
コンコンと遠慮の余り感じられないノックの音が響いた。誰だという前に、向こうから名乗った。
「エイミです。マイル王子」
「ああ……」
何かの用だろうか。それとも、結婚する相手だからと親交を深めに来たのかもしれない。
ふと、国王ではなくエイミを説得したらどうかと思った。彼女がノーと首を振ったら、国王も頷くしかない。
「エイミ、どうぞ入って。実は話したいことがあるんだ」
「あら、本当ですか」
エイミは入って来るなり、マイルに一直線に近づいてきた。笑みを浮かべているが、どこか威圧感を覚える。スッと避けてマイルはテーブルの方へ。
「どうぞ、こちらへ」
椅子を勧めた。しかし、それを無視してエイミはマイルのそばに。そして、マイルの胸に手を当てて、頬を寄せた。まるで恋人がするような仕草だ。
「ああ、マイル王子。やっとこうやって触れ合うことが出来ますね。さぁ、私に忠誠を誓うのです」
エイミは深い黒の瞳でマイルの瞳の奥を覗き込んでくる。
「忠誠? 何を言っているんだ、君は!」
マイルはエイミの手を掴んで引きはがす。引きはがされたエイミは信じられないという目をしていた。
「なぜ王子だけ効かない」
マイルは眉根を寄せる。様子がおかしい。エイミはふぅと息を吐いて、髪をかき上げた。
「まぁ、いいわ。王子一人ぐらい」
フフッと不敵な笑みで微笑するエイミ。
「王子。婚礼の儀は一週間後です。それを伝えにだけ来ました」
「そんな! 待ってくれ! 結婚は国王が勝手に言いだしたことで」
しかし、エイミは返事をせず、口の端だけをあげて部屋を出て行く。
マイルも後を追った。しかし――、
「申し訳ありません。王子を部屋から出さないように国王から命令が出ました」
「なっ!」
部屋の外にはいつの間にか兵士が二人いた。その手には槍を持っている。
「なぜだ! 理由を言え!」
「王子が度々城を出ていたことを知っての処置です」
「ならば国王に話をつけに行く」
「いいえ。なりません。婚礼の儀まで部屋から出すなとのことです。さあ、お戻り下さい」
そう言って兵士は槍の先をマイルに向けた。まさか、ここまでするとは。
「……分かった」
マイルは自室へと下がった。
「まさか、聖女じゃなかったのか……?」
エイミの言動といい、国王の変貌といい、明らかにおかしい。とはいえ、マイルには何もすることが出来ず、監禁されることしか出来なかった。
一週間という時間はあっという間に過ぎた。この日は朝から兵士たちや使用人たちも慌ただしくしている。婚礼の儀をするためだ。
「王子はこちらの服をお召くださいませ」
大臣直々に白い礼服を運んで来た。彼の眼は空虚だ。彼だけではない。これまで、食事を運んで来たメイドも見張りをしている兵士も同じ眼をしていた。
マイルも自分なりにエイミの狙いを考えていた。エイミはマイル自身には興味がないようだった。コマの一つにしようとしていたからにはそうだろう。
「はあ、リッタは無事に家に帰っただろうか」
これから国は荒れるだろう。彼女たちが帰った地に影響がなければ良いのだが。
じきに式場に呼ばれる。向かうのは王座の間だ。王の前でマイルとエイミは誓いの言葉を述べることになる。逃げ出すことは出来ず、歯向かうことも出来ない。歯向かえば操られている人々がどうなるかはマイルにも簡単に想像できた。
王子がまずは入場し、エイミがトビラから現れるのを待つ。エイミは白く長く袖を引きずるドレスを着て白いユリを持っている。しかし、姿は美しいが、企みを含んだ笑みを見るとマイルは顔をそむけた。
そのときだ。
「その婚姻。お待ちください!」
扉に現れたのはリッタだ。マイルは自分との約束のために来たのだと思った。だが、ここに来ては危険だ。
「リッタ! 駄目だ! 君では敵わない!」
「何者だ! 捕えよ!」
エイミに操られた王が指示する。槍を持った兵たちがすぐにリッタの元に向かった。しかし、扉から大量の白い鳩が飛んでくる。
「みなさん、ご協力感謝します」
ポニーテールのカノンが扉の前で手を合わせていた。来賓が並んでいる王座の間は混乱の渦中に放り込まれる。リッタを捕えようとしていた兵が槍で鳩を叩き落そうとした。その手にそっと白魚のような手が添えられる。
「そんなことより私と遊びに行きましょう」
まとめ髪にしているエリザだ。彼女の目を見ると兵はすぐに槍を下した。カノンとリッタは来賓や兵に触れて、次々に呪いを浄化していく。
「あなたたちは操られています! 犯人はあの人です!」
リッタはエイミを指さした。だが、エイミも黙っていない。
「この程度なら何度でも呪いはかけられるわ!」
エイミは手を振りかざす。すると、解呪したはずの人たちが再び瞳の光を失う。
「さあ、王の前で愛を誓うのです。王子!」
マイルはリッタたちのことが心配で気が気ではなかった。だが、逆らったらさらに彼女たちに危害が加えられるか分からない。
「さあ、王よ」
「そう来ると思っていたよ」
いつの間にか王の横にはシスターがいた。彼女は瞳が緑色で髪が赤い。二つ結びにしているミュナだ。王は意思の強い瞳でエイミを見つめていた。しかもミュナにかばわれている。再び操ることは不可能だ。
「くっ! 逃げるとするか」
そうはさせまいとマイルが手を伸ばすが、兵が邪魔をしてくる。
「リッタ! この首飾りだ! この首飾りが力を強くしている!」
リュナが叫んだ。それからの行動は早かった。王座の間は人々であふれかえり混乱している。追いかける道などない。
「カノン! エリザ!」
リッタが呼んだ二人はすぐに互いの腕をつかむ。リッタとアイコンタクトをして、腕を沈みこませた。スカートの裾をまくったリッタが走る。そして二人の腕を足場にした。
「「そー! エイッ!」」
反動をつけてリッタは大きく飛びあがった。エイミは後ろを振り返るが、逃れることなどできない。
「きゃーッ!」
ドサッとエイミに上からのしかかった。リッタはそのまま胸元を探り、首飾りを引きちぎる。すると、人々の瞳に光が戻った。
「こ、これは」「いったい」
「兵よ! この者を捕えよ!」
王がすかさず命令をする。囲まれたエイミになすすべなどなかった。
すべてが片付き落ち着くと、リッタたち四姉妹には城に招かれた。それぞれに豪華な部屋を用意され、結婚の祝いの晩餐会は魔女を倒した祝いの晩餐会になって開かれる。
リッタは深い夜に輝くパールを散りばめられたドレスが贈られた。他の三人よりも豪華なドレスなのは気のせいだろうか。
用意が整った頃、ドアが軽くノックされた。
「リッタ」
「王子……!」
リッタはドレスの裾をつまんで頭を下げる。作法は分からないけれど、王子に以前のように軽々しく接してはいけない気がした。それに気づいたのか、マイルはクスリと笑う。
「そうかしこまらなくていいよ。こっちに来てごらん」
マイルはバルコニーへと誘う。
「わぁ! 綺麗!」
そこはあの日と同じように夕陽に照らされた街が広がっていた。マイルと一緒に訪れた橋もみつけた。
「ここからの夕陽をリッタにも見て欲しかったんだ。これからも、ずっと一緒に見てくれるね」
もちろんと顔を紅潮させたリッタは即答しそうになった。だが、すぐに顔を曇らせる。
「実は私は普通の平民でもありません。サーカスで育ったのです。それに私だけでなく……」
リッタの唇に指を当てられる。
「それ以上は言ってはいけないよ。もちろん、四人とも聖女だけど自分が探していたのはリッタ。君だからね。もちろん、生まれのことなんて気にしなくていい」
「イルさん……」
こうして、国宝の首飾りの呪いは解かれ、四姉妹は聖女として王国に迎え入れられました。そのうちの一人が王妃として迎えられるのは、また別のおはなし。
了
聖女、探しています 白川ちさと @thisa-s
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