旭日退廃譚 別譚『真珠湾に上がる火の手』

宵月ヨイ

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逓信省に打電されたそれは、しかし受け取った者からすれば理解が出来ない物であった。


いや、意味が理解できないのではないのだ。ただ、この時に送られてきた意味が分からなかったのだ。


12月7日、午前8時30分に、シン《真珠湾》が米軍機に襲来された。その電報はすぐさま逓信相・東條英機に伝えられ、それはそのまま彼の所属する派閥の長であり首相でもある永田鐵山に伝えられた。


そして、これは危急の事として、首相の永田、逓信省であり陸軍幕僚総長の東條英機、軍部を総括する有栖川靜、海軍令部長の計5名の呼びかけによって緊急の帝国議会が招集された。


「これは、我等への奇襲攻撃であり、そして友好国であるハワイ王国を攻撃するというのは自らの軟弱たる姿勢を示している!鬼畜たる米帝を打倒し、同盟国たる独逸のミッヒャール総統を害し、中華が始めた戦を援助する英国も打倒す!これ以外に大東亜を救済する手立てはない!」


朗々と、嘗てあった五・七事件の際に陛下が記された革命軍への書状を読み上げた時の様に述べたのは軍部を総括する有栖川靜だ。


自らの愚かなる行いで始まった大恐慌によりハワイ王国に侵攻しようとする米海軍の思惑を、陛下に代わり自国による保護という方法で回避した彼女は、ハワイ王国に軍艦数隻からなる小艦隊を置くという彼女の取り決めが憲法第12条における統帥権の干犯だと噂された際には、陛下が当時の海軍相に激怒し勅命としてハワイ王国との条約を結ばせたこともあり、彼女の立ち位置は不安定である。


だが、これは軍部を総括するものとしての言葉でもある。議場は俄に騒がしくなり、騒めきはしばらく続いた。


それが収まった後に言を紡いだのは、海軍司令長官だった。


「これは確かに我が国、そしてハワイ王国への奇襲である。だが、米帝との戦闘は泥沼化し、その間に支那を奪還されればどうするのだ?」


「そう言う問題ではない!これは、ハワイ王国の、そして何より帝国海軍の顔に泥を塗る行為に他為らぬ!...そう言えば、貴様は司令長官の座に就く前はキャリフォルニアの鎮守府にいたな?」


「...それがどうしたのです?」


猜疑心と、その後の言葉を理解しているが故の不快感が、司令長官の顔を覆う。当然、その後に靜は続けた。


「さては、貴様は米国に絆されたか。恐慌に喘ぐ米国の国民を見て、その救済をしているうちに貴様は芯が米国に浸されたか!」


「!貴様ッ」

「口を慎め!陛下の御前であるぞ!」


「ッ」

「裕仁!何も思わないのですか!地を売り、血を売り!米国は国土を買った相手に刃と砲火を向けた!それで黙ってみていろと!?」


口を噤んだ司令長官とは対照的、靜はなお言い募った。しかし、「陛下はこれ以上の無益なる流血を望んでおられなんだ」という言葉が議場の上から聞こえると、忌々しげにその男を見つめた。


「阿南ィ...!」


そこにいたのは、阿南惟幾であった。内大臣となっており、陛下の意思を伝えるためと用意されたものである。


「ここで引けば、大日本は永久に謗られよう!ここで争わねば、3億の国民は、いや、これより先の大日本の民は等しく侮られよう!それを、たかが一時代の民草のために血を流すなと!?ふざけるな!それであれば、この場で割腹自殺し、鎮守府を等しく焦土と化す!」


そう言い放ち、靜は議場を出ようとした。直後、「待て」という言葉が議場に響いた。靜はその場に体を留めたが、議場では紛糾しかけていた空気が水を打ったように静まり返った。


「...陛下は、靜が消えることは国体を維持する以前に、世界の天命の糸に指を引く行為だ、と仰せだ」


阿南が悔しげに言った言葉に、靜は振り返った。


「...所詮は、現人神と言っても人の子か。いいだろう。望まれば残ろう。だが、私は裕仁に仕える気も、ましてや敬うなどという心意気もない。私を従属させるのならば、陵墓から陛下を呼び戻すがいい。私は、暇では無いのだ。...分かったのなら、さっさと宮城へもどりなさい」


言い終わると、靜は再び議場に扉に手をかけ、そして出たきり戻りはしなかった。



翌日、大日本帝国大本営は以下の事を国民に通達した。


『昭和16年、12月8日。米海軍は我々に奇襲攻撃を仕掛け、我らの艦隊を攻撃した!一億国民は、これを以て一つとなり、二度に渡り國體を脅かした支那を討ち!鬼畜たる米帝を打ち破り!以て國體を維持し、以て大東亞の夜明けと為す!』

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旭日退廃譚 別譚『真珠湾に上がる火の手』 宵月ヨイ @Althanarou

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