クジラの国で会いましょう

クロノヒョウ

第1話





 夜になり、雪がしんしんと降り続ける静かな浜辺。

 山に囲まれたその浜辺でただ海に向かって立っているだけの親子がいた。

「ねえママ。僕ね、今日クジラのお腹の中で遊んだんだよ!」

 小さな男の子が言った。

「まあ。どこへ行っていたのかと思ったら、海に入ったのね?」

 男の子は小さな体をぴょんと弾ませた。

「あのね、海は冷たくて気持ちいいんだよ。それでね、お魚さんたちと一緒にクジラのお腹の中に入って遊んだんだ。お腹の中はすっごく広くて大きいんだよ!」

 楽しそうに話す男の子とは裏腹に、母親は心配そうな顔をしていた。

「それでね、お腹の中の水がいっぱいになったらね、クジラさんの背中が開いて、僕たちはピューッて飛ばされるんだ! すっごく楽しくて、みんなで何十回も遊んだんだよ」

「そう」

「ママ? どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?」

「だって坊や、遊ぶのはいいけれど、そのせいであなたの目は片方なくなっているし、両手も失っているのよ」

「ああ、これ。ごめんなさい。でもさママ。どうせ僕たちは明日には死ぬんでしょう?」

「坊や……」

「僕知ってるよ。お魚さんたちが話してた。僕らの命は短いんだって。それでね、僕らがみんな海に入ってきてくれるからありがたいって言ってたよ。僕らが海に入ると海の水が冷たくなって気持ちいいって。特に今年は熱くて大変だったんだって」

「そうなの? じゃあ、ママも海に入ろうかしら」

「うん! ママも行こうよ、クジラの国」

「そう、そうよね。そうしましょう」

「僕らの仲間がきっと待ってるよ」

「ええ」

 夜が明け、雪もやんで太陽が昇り始めた頃、親子はゆっくりと海の中へと入っていった。



「パパ~! 見て~」

「ん?」

 毎朝この浜辺を通る少年が浜辺を指さしながら走っていた。

「昨日作った雪だるまがいなくなっちゃった!」

 ゆっくりと少年に近付いてきた父親は浜辺に積もった雪の上を慎重に歩いている。

「まだこんなに雪は残ってるのに」

「本当だ。どこに行っちゃったんだろうな、雪だるまの親子は」

 父親と少年は辺りを見渡していた。

「あっ!」

「おっ!」

 その時、遠くの海から波の音が聴こえたかと思うと大きなクジラの背中が顔を出した。そしてその背中から勢いよく水が放たれた。クジラが潮を吹いたのだ。

「見えたか?」

 父親が聞くと少年は大きくうなずいた。

「うん! 見えた!」

「今年はもう見れないと思ったんだけどな。よかったよ」

「ねえ、どうして見れなくなっちゃうの?」

「ああ、今年はひどく暑かっただろう? 暑すぎると海にいる生き物がたくさん死んでしまうんだ。そうしたらお魚さんが食べるエサがなくなっちゃうだろう? お魚さんもお腹が減ってたくさん死んじゃう。そうするとそのお魚さんを食べるクジラもお腹が減っちゃうだろ」

「ふーん」

「そうやって生き物はまわっているんだ。だからどこかに一つでもおかしなことが起こるとみんなが危険な目にあってしまう」

 少年はずっと、クジラがいた遠くの海を眺めていた。

「ねえパパ。もしかしたら雪だるまさんたちは海に入っていっちゃったのかもしれないよ?」

「え? 海に?」

「うん。だってさ、この雪を全部海に入れたら海の水が冷たくなるでしょ?」

「ん? ああ、ハハッ、そうかもな」

「絶対そうだよ。雪だるまさんは優しいから、クジラさんのために海に行ったんだよ」

「うん、優しい雪だるまだな」

「ねえ、僕、またクジラさんのためにいっぱい雪だるま作る」

 少年はそう言うと浜辺に残っている雪をかき集め始めた。

「あはっ、よぉし、パパも作るか」

 親子は夢中になって雪だるまを作っていた。

 気がつけば、浜辺はたくさんの小さなかわいらしい雪だるまで埋め尽くされていた。



 翌朝、またいつものように浜辺に来た少年と父親は二人で顔を見合わせていた。

 昨日あれだけ作った雪だるまは一つ残らず跡形もなく消えていたのだ。

「パパ」

「ああ」

「やっぱり雪だるまさんたち、海に行ったんだね」

「ああ、そうだな」

 二人が海を眺めていると、また遠くの海でクジラが潮を吹いた。

「また雪がいっぱい積もるといいね」

「また雪だるま作らなきゃだな」

 二人がそう言って笑い合っていると、さっきクジラが吹いた潮が雪となって空から静かに舞い降りてきた。



            完




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