第二十五話 反政府軍での朝
翌朝、窓掛けの開く音と共に窓から差し込む朝日が環夜を目覚めさせた。目を擦りながら起き上がる環夜は、窓辺に立つ彰の姿を見つけた。環夜が起きたことに気がついていないのか窓の外を見つめている。私服ではなく、反政府軍の軍服に身を包んでいた。
「あ、彰…おはよう」
環夜は普通に接しようと思っていたが、声が震えた。彰は振り返らないまま、静かにおはようと返した。まだ、話はできなさそうだった。
時刻は七時三十分。そろそろ下に降りて朝食を取るべきだろう。
環夜は着替えを探し部屋の中を彷徨うが、そんな環夜を見て彰が黙って外と繋がる扉の方を指さした。
――部屋の扉?宅配箱を指さしているのか。
環夜は部屋の扉に埋め込まれている宅配箱の中を覗いた。宅配箱は足元から環夜の腰の辺りまである。
宅配箱の中には大きめの布袋が入っていた。環夜はそれを取り出すと中を開いて確認する。入っていたのは反政府軍の軍服だった。冬陽や藤巻のように階級表示こそない簡素な見た目だが、全体の形的には軍服で間違いない。彰が着ているものに酷似している。寸法も環夜に丁度良く作られているようだ。おそらくこれに着替えればいいのだろう。
身支度を整えた環夜と彰は朝食を摂りに下の階に降りた。食堂は兵士たちで混み合っていて、窓口には長蛇の列ができていた。座る場所も見つからない。
「亜奏、早日、おはよう。こっちの席が空いているぞ」
環夜と彰が席を求めて右往左往していると、前方から冬陽が近づいてきて、環夜と彰に声をかけた。手には朝食の乗ったお盆を持っている。おろし大根ののった焼き鮭に、だし巻き玉子、玄米、牛蒡の味噌汁が今日の献立のようだ。昨日の夕食を考えると、他にもあるかもしれない。
席が見つかりそうにないので環夜と彰は冬陽の後をついていった。冬陽が向かったのは入口近くの席で、そこには黒髪の女が一人座っていた。
その女に環夜は見覚えがあった。戦場で藤巻と共にいた佐々木と呼ばれていた兵士だ。佐々木は黙々と箸を口に運んでいて、冬陽が傍に来ていることに気がついていない。
佐々木が座る丸い食卓には丁度、席が三つ空いていて、冬陽の言っていた空いてる席が此処なことがわかった。
「佐々木大佐、ここの席、新入隊員二人を座らせてもよろしいですか」
冬陽が声を掛けると、佐々木は環夜たちを一瞥し、舌打ちをしてから目を逸らした。冬陽の言葉を無視し、玄米を掻き込んでいる。環夜は気分が悪くなった。佐々木のことは戦場にいた時からあまり好きではない。
「…いいみたいだな。ここの席を使えばいい。席は俺が取っておいてやるから、朝飯を選んでこいよ」
冬陽はそう言うと、お盆を食卓に置いて佐々木の隣りに座った。
佐々木が了承していないのに、席を借りることになったので不安に思ったが、冬陽に言われるがまま、環夜と彰は朝食を取りに行った。窓口の列は先程よりは短くなっている。
二人は窓口に並んでいる間、一言も喋らない。だが、環夜は佐々木と一緒に朝食を摂ることに不安で緊張して、それどころではなかった。佐々木と言えば、藤巻と正反対で環夜たちを殺そうとしていた、印象はあまり良くない。佐々木の方も、先程の態度を見る限り、環夜たちのことを好きではなさそうだった。
やがて順番が来ると、二人は献立表を見た。今日は焼き鮭の定食と鶏もも肉の香辛料焼き定食の二つだった。単品はない。焼き鮭定食は冬陽の選んでいたものだろう。
環夜はあえて冬陽と違う方を選んだ。どちらも美味しそうだったが、なんとなく肉の方を食べたくなったのだ。
彰はと言うと、焼き鮭の定食を選んでいて、環夜は彰がわざと自分と違うものを選んだのではないかと思った。考えすぎだろうか。
朝食は窓口で受け取る形で、環夜と彰はその場で待つことになった。環夜は彰の顔を横目で見る。思い詰めた表情で前だけを見ている。
十分ほど待った後、環夜と彰は料理を受け取り、冬陽のいる席へと向かった。歩き出した時、彰が環夜の横で呟いた。騒がしい食堂内では掻き消えそうな声だったが、環夜は聞き逃さなかった。
「あとで、聞いてほしいことがあるの」
彰はそれだけ言うと環夜の返事も待たず、早足で冬陽の隣に座った。
彰の隣に座り、食事を摂り始めた環夜だったが、喉に通っていかない。空いていたはずの腹が突然満杯になったようだった。あれだけ怯えたいた佐々木のことも気にならないほどだ。
隣りにいる彰も食事に手を付けていない。そんな二人を見て心配に思ったのか冬陽が間に入って来て言った。佐々木も箸を止め、環夜の方を見る。
「どうした…?何かあったか。食べないと今日の訓練で力が出ないぞ。訓練は九時半からだ。迎えに行くから部屋にいろよ」
冬陽はそれだけ言うと環夜の頭を軽く叩き、お盆を持って去っていった。先に食べていた佐々木が食べ終わっていないのに、もう完食したらしい。
――食べ終わるの早いな。それに、獅貴さんはすぐに僕の頭を触るよな。なんでだろう。
環夜は不思議に思って自分の頭を触った。そこには、あちらこちらに跳ね上がって言うことを聞かない自分の大嫌いな癖毛があるだけだった。こんな頭、そんなに触りたくなるものなのか。
冬陽に食べろと言われたので、食欲はなかったが、環夜は掻き込むようにして食べた。味を感じないほど早く飲み込んで、その上から水で流し込む。彰はその横で礼儀正しく、だが素早く食べていた。
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