第十九話 皇国の現状
三人が隠れた数秒後、黒煙の残る街中から二人の子供が飛び出してきた。六歳くらいだろうか。まだ初等学校にすら入っていないほどの年齢に見える。二人共、足や肩、体の至る所を負傷しており、疲弊しているのか地面に座り込んでしまう。
環夜は子供たちを助けるため崩壊した建物から出ようとしたが、冬陽にそれを制止された。
「どうしてですか。あんな子供を見捨てるんですか」
環夜はそんな冬陽に怒りを覚え、反発する。
――反政府軍などと言って、国民のためと言っているくせに、結局目の前にいる子供も助けない。もう信用できない。
無理にでも冬陽の制止を振り払い助けに行こうとするが、そんな環夜の肩を冬陽は力任せに掴み引き寄せ、小声で言った。
「黙って見ていろ、死にたくないなら黙れ。あの子たちはもう助けられない。これは軍規だ」
――軍規だなんだか言って、結局死にたくないだけなんじゃないか。
環夜の苛立ちは収まるところを知らずに大きくなっていったが、冬陽に武力行使されれば勝てるはずがないので、とりあえず子供達を影で見守っていた。
すると、子どもたちが来た方角から貴族が一人現れた。皇国立国際病院付近で見かけた貴族と同じ見た目をしている。毛先の不揃いな白髪に金の瞳を持っており、アリゾネよりも身長は低い。だがそれでも、環夜や冬陽、藤巻よりも大きかった。
その貴族は子どもたちに近づいていく。環夜は貴族に助けを求めようとしたが、冬陽に口を塞がれた。彰も横で必死に環夜の服を掴んで引き止めている。環夜は彰に引き止められたことで動けなくなってしまった。冬陽だけなら藻掻いてでも行こうと思ったが、義妹である彰にまで止められてしまったのだ。環夜は自分の行動がおかしいのかと、何が正しいのかわからなくなってしまった。
貴族は子供の前に座り込むと子供の頭を撫でた。
――これで、あの子達は大丈夫だ。
子供たちの安堵の顔を見て環夜が安心して胸を撫で下ろした時だった。貴族が子供たちの頭から手を退けたとき、子どもたちの頭がないことに環夜は気がついた。貴族の手には二つの丸いものが握りしめられている。
環夜は唐突に理解した。貴族は子供二人の頭を千切り取ったのだ。肉が潰れ骨が砕ける嫌な音がして、子供たちの頭は潰され地面に投げ捨てられた。真っ赤な鮮血が貴族の全身に降りかかる。貴族は張り付けるような笑みを浮かべ、頭部のない子供たちの死体を踏み潰している。そのたびに、死体から溢れる血液が、地面を赤く染めていく。
頭部の肉塊が視界に入ったとき、環夜は必死に胃から逆流しそうなものを抑えた。隣で彰が涙ぐみながら口元を押さえ蹲っている。
――そんな、貴族がなんで?どうして子供を?
環夜はあまりの出来事に何も考えられなくなってしまった。反政府軍よりも政府軍を信じていた数分前の自分を信じられなくなった。味方だと思っていた貴族が目の前で子供を殺していたことは、現実には思えなくて、それでも夢ではなくて、環夜は頭が壊れそうだった。
――あの子どもたちは反政府軍だったのか。だから殺されたんだ。そうじゃないと、殺された理由がつかない。
環夜は子供たちを反政府軍だと思いこむことで理性を保った。反政府軍だから殺されたのだと、殺されて当然なのだと。
環夜が心のなかで葛藤しているうちに貴族はどこかに行ってしまったようだった。いつの間にか冬陽と彰は崩壊した建物から出て、殺された子供たちのそばに立っていた。
「出ていたら、お前も殺されていたよ」
事態を直視できずに、離れたところで立つ環夜に向かって冬陽が言う。環夜はすかさず反論した。あの子供たちが反政府軍だったから殺されたのだと。
冬陽は黙って首を横に振った。
「…子供たちは革命自由軍ではないよ。革命自由軍の兵士である俺が言うんだから本当だ。…この子たちは善良な一般人だった」
「嘘だ…嘘をつかないでください獅貴さん」
冬陽の言葉に環夜は呟く。首を横に振りながら後ずさりをする。頭を抱え蹲った。
アリゾネとの関わりの中で確立していった貴族の印象が全て崩れていくようだった。
そんな環夜を見て彰が慰めようと手を伸ばしたが、環夜はその手を振り払った。彰は恐らく全てを知っていた。あのとき高台で冬陽と話していたことは恐らくこの事だったのだろう。
――僕が悪いのか。獅貴さんを政府に売ろうとか考えたから罰があたったのか。
「何で…助けなかったんですか」
環夜は納得できずに言うが、わかってはいた。冬陽は環夜と彰の命を優先したのだ。二人を庇いながら貴族と戦うことは不可能と判断したのだろう。そんなこと環夜にもわかっていた。でも、言わずにはいられなかった。
「…本当は助けたい。だが、すべては救えない。そして…軍にいるからには軍の規則は守らなければならない。…軍に入らないで戦えればいいが、武器がなければ俺たちは赤星人と満足に戦うことも、政府軍の兵士と戦うこともできない」
冬陽の言葉にも環夜は何も言えない。冬陽は少なくとも反政府軍として戦っている。それに比べて環夜は何もしていない。何もできない。無力だ。そしてあろうことか反政府軍を悪と決めつけ、政府軍を正義としてみていた。その結果がこれだ。
環夜の呼吸が荒くなる。もう何を信じたらいいのかすら分からなくなる。貴族が一般人も殺すというのなら、いなくなった四万人以上の人々は、貴族に殺されたということなのか。
「じゃあ、街の人達は…殺されたからいないんですか」
環夜は震えた声で冬陽に訊く。訊かずにはいられない。
「シェルターに入ったんだよ」
冬陽が視線を環夜から背けたまま答えた。その声は冷たく、怒りが含まれていた。
「それは…?」
「防戦壕だよ。国民は政府の指示に従って、建物の下にある防戦壕に避難するんだ。だから何も知らない。お前のように」
冬陽の言葉には棘があった。そして、その棘は自分のような無知人に向けられていると環夜は思う。前まで無知には恥を感じていたが、今は悔しさしかなかった。何も知らないであのとき安堵した自分が憎かった。せめて現状を知っていれば、助けられないとしても、あんな気持ちはしなくて済んだかもしれない。
だが、四万人の人々は生きていることがわかった。貴族は自分たちの正しさを示すため、残虐さを、現実を隠すため、戦闘時は安全という言葉を使って国民を防戦壕に閉じ込めているのだ。そして、外に出て全てを知ってしまった国民は始末する。だから反政府軍が悪で政府軍が正義と言う考えが定着しているのだ。
「俺たち革命自由軍は…シェルターに入りそびれ、なんとか生き延び、全てを知り復讐を誓った者たちの集団なんだ」
冬陽は死体の元を離れ、環夜の横に立つと言う。彰は泣き腫らした目を擦りながら、環夜の手を握った。
「私は知ってた。ごめんね、言わなくて…」
彰が環夜に向かって謝る。それに対して冬陽が口を挟む。
「俺が言うなと言った。だからそいつを責めるな」
言われずとも環夜は責める気になどなれなかった。このことを早くアリゾネに問い詰めたかった。噓だと、あの貴族の独断で政府は関係ないと、悪いのは反政府軍だと言って欲しかった。
環夜と彰は冬陽の指示でその場に留まった。冬陽が見ている前なので環夜はアリゾネと連絡を取ることはできなかった。
爆発音もほとんど聞こえなくなり、街中は静かになっていった。結局、アリゾネは助けに来ず、環夜は反政府軍と共にいる。利き腕の時計を見ると二時四十分と表示されている。
――どうして、何でこんなことになったんだ。
環夜は実母を探しに上層地域に来たはずだった。なのに、未だ実母を探すこともできず、戦争に巻き込まれて見たくもない真実を目にして、どうすることもできない。
環夜は地面に座り込み、彰はその少し横に立っている。冬陽は誰かを待っているかのように街中を見ていた。
「あ、藤巻中将っ。こっちです」
冬陽は街中から歩いてくる人影に声をかけた。それは藤巻と珠で、血まみれの全身を引きずるようにして冬陽に近づいてきた。
「撤退していなかったのか?」
藤巻は冬陽と彰、環夜を順番に見つめ無事を確認すると、呆れたように怒ったように言った。冬陽は頷くと藤巻に肩を貸した。
「こいつらをどうすればいいかわからなかったので」
冬陽はそう言い、環夜と彰を指さした。珠が彰に抱きつき頭を撫でる。
「私は殺すべきだと思いますよっ」
珠はそう言うと、懐から拳銃を取り出して彰の頭に当てる。だがすぐに拳銃を冬陽が取り上げた。固まる彰。不満そうな顔で冬陽をみる珠。環夜は何もできない。逃げることも何も。
「…この子たちは本部につれていくことになった。だから…そういうことだ。これは
藤巻がそう言うと、それを合図かとでも言うように珠は手を振り上げ彰の顎を殴った。短い声と共に彰は気を失う。倒れる彰を珠が抱きとめる。
それを見て、環夜は後退りした。間違いなく良くない状況なのはわかった。だが、彰を見捨てていくこともできない。そもそも、軍人三人を相手に逃げ切れるわけもない。
結局、すぐに冬陽が環夜の背後を取り、環夜は顎をものすごい力で殴られた。視界が揺れ、傾き、環夜の意識は途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます