第十二話 皇国民会館へ

『次は【政府の管理場タオベ】、【政府の管理場タオベ】です。お出口は右側です。扉から手を離してお待ち下さい。皇国総合体育館、皇国民会館、皇国銀行をご利用の方はお降りください。…まもなく【政府の管理場タオベ】です』


 車内の拡声器から放送が掛かると、環夜は彰に目で合図する。次で降りるのだ。彰は環夜の視線の意味を汲み、小さく頷いた。


 やがて政都である【政府の管理場タオベ】の駅が見えてきた。首都である【兎たちの巣穴ヴィルトシュヴァイン】よりは小さいがそれでも立派な駅だと遠目からでも分かる。

 電車が完全に停車すると、環夜は彰を連れて電車を降りた。同時に降りる人が多くいて、二人は別々の方向へ流されそうになる。環夜は彰の手を慌てて掴み、強引に引っ張って出口へと続く階段を上っていった。


 改札を通って駅構内に出ると、一面見渡す限りに様々な店が並んでいた。どれも政府経営の店ばかりだが、雑貨屋から飲食店まで多くの種類が揃っている。彰も隣で歓喜の声を上げていた。


「兄さんっ、すごいねっ!首都である兎たちの巣穴ヴィルトシュヴァインもいろんな店があったけど…駅にはこんなになかったよ。それも政府経営だから安全性も保証されるし」


 そう言うと彰は早く行きたいとでも言うように環夜の袖を引っ張る。環夜は仕方がなく思い黙ってついていくことにした。


 ――こんなことしている暇ないのに。僕は母さんを早く探したいんだ。買い物をしたいわけじゃない。


 環夜のそんな気持ちを察したのか、楽しく商品を眺めていた彰が申し訳なさそうに戻ってきた。


「ごめんなさい兄さん、ちょっと私浮かれてて…」


 いつもなら苛立つところだが、環夜は怒らなかった。彰の気持ちが少しだけ分かったからだ。環夜も先程、他の都市のことが気になっていた。行動に出していないとはいえ、お互い様だ。


「仕方がないよ。下層地域にはない店ばかりだしね。…母さんを見つけたらいくらでも見ようよ。たくさん買い物しよう。そのためにも、早く見つけるんだ」


 環夜の言葉に彰は頷いた。


「そうだよね。兄さんのお母さん探しをほったらかして買い物なんて最低だよね。お母さんと会えた後なら心置きなく買い物できるもんね」


 そう言うと彰は環夜と一緒に駅を出た。少し名残惜しそうにしていたが、環夜は気にしないことにした。全てを優先することはできない。今、環夜が一番大切なこと、第一優先事項は実母を探すことだ。彰の買い物に付き合うことではない。


 こんな環夜を見て、周りの人たちはどんな反応をするかわからない。でも、意味のないことをしたくない。計画性のなさで環夜は何度も痛い目に遭っているのだから。



 二人は駅を出た後、自動式大型共用車の乗車場に並んだ。時刻表がそばに置かれていて、それを見ると共用車の出発時間が分かるのだ。


「あと、十八分程で共用車が来るよ」


 環夜は時刻表を指さしながら言う。少々時間が空くので、環夜は自分のこれまでの経緯を彰に話すことにした。彰は環夜の話を真剣に聞いて、時折驚いたり、何か言いたげに口を開いたりもした。

 十二分程話しただろうか。彰に会うまでの全ての経緯を話し終わると、彰がいきなり地面に座り込んだ。


「もう…。兄さんは本当に考えなしだよね…。家が嫌だったのはわかるけど…ありぞねさんがいなかったら今頃どうなっているか…」


 彰は本当に青ざめていた。その言葉を聞いて、環夜はアリゾネに今再び感謝した。アリゾネに会えたのは幸運中の幸運だっただろう。彰の言う通りアリゾネがいなかったら環夜はどうなっていただろうか。


 ――言われてみれば、考えるだけで恐ろしいな。


 話終わって五分ほど経つと共用車が到着した。環夜と彰は前の扉から乗車する。共用車の中は電車と比べるととても空いていた。二、三人程しか車内にはいなく十分に席が空いている。環夜は彰の手を引いて近くの椅子に座った。


『本日は自動大型共用車をご利用いただきありがとうございます。この共用車は皇国総合体育館行きです。次は皇国民会館前です』


 放送が掛かると共用車が発進した。左右に揺れる共用車の窓から外の景色が流れているのが見える。大通りにあるたくさんの店を通り過ぎ、信号を右に曲がり、直進する。前方に大きい建物が見えてくると、突き当りで左に曲がり駐車場に侵入する。

 ゆっくりと駐車場の中を回りながら、共用車専用の駐車枠に停車する。


 完全に停車すると共用車の後扉が開き、扉近くの液晶に代金を払うと環夜と彰は共用車を降りた。

 目的地の皇国民会館は目の前にあった。広い駐車場と横に広い建物は高い塀で囲まれていて、出入り口は駐車場のものと同じところに一つあるだけだった。


「何で此処に?」


 彰は環夜に尋ねた。


「母さんの手掛かりがあるかもしれないんだ」


 環夜の返事に彰は納得した反応をした。


「なるほど…職業案内場の就職履歴ね」


 彰の呑み込みの速さに環夜は感心する。


 ――彰は僕よりも頭が良い。僕よりも知識があるんだ。


 そう、環夜も彰のように知識をつけたいと思っている。知らないことも知っていることも、すぐに理解できるようになりたい。アリゾネの同志として恥じない人間になりたいとも思っている。


 いつの間にか環夜は、アリゾネを同志として扱うようになっていた。不思議なことに疑いの気持ちは薄れていったのだ。そしてそれを環夜は気がついていない。気が付かないほどに自然と心を許しているのだ。

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