第十一話 噂

 環夜は彰の手を取ると駅に向かった。当初の予定通り、皇国民会館に向かうことにしたのだ。


 皇国民会館は、昇降機乗り場や環夜の利用している宿のある首都【兎たちの巣穴ヴィルトシュヴァイン】から六駅分離れた政都【政府の管理場タオベ】にある。此処からは最速電車でも二十分は掛かるだろう。


 駅に着くと、環夜は彰に待つように伝え切符を買いに行った。

 自動販売券機で高速電車の切符を二枚選ぶ。値段は二人で二千五百円。下層地域と比べると明らかに高い。下層地域では特別高速電車でも一人五百円ほどだったというのに。


 環夜は利き腕の液晶から電子財布を選択し、自動販売券機に翳した。腕の液晶から代金が支払われていく。財布に表示される残高が六万四千五百円になった。アリゾネから貰ったお金はまだまだある。


 環夜は切符を彰に一枚渡すと、高速電車の改札をくぐり乗降場に向かった。そのまま『軍都:守護の壁プフェーアト方面』と書かれた側の階段を降り、四番線に入った。


『本日、工都の工業の庭アーマイゼ付近で人身事故が発生しました影響で電車に大幅な遅れが生じております。お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますことをお詫び申し上げます。電車到着まで今しばらくお待ち下さい』


 乗降場の拡声器から放送が掛かった。どうやら電車が遅れているようだった。


「次の電車は…七分後か」


 環夜は電子版に表示された時刻表を見て言う。彰が環夜の腕を引いて近くの長椅子に座った。


「最近…物騒な事件が多いらしいって聞いたけど…本当に事故なのかな…」

「それってどういうこと?」


 彰の言葉に環夜は訊き返す。物騒な事件なんて聞いたことがなかった。どこから得た情報なのだろうか。


「下層地域で噂になっていたんだよ。兄さんが家を出て間もなくかな…急にそんな噂が流れて…」


 環夜は納得した。その時、環夜は旧地下都市区域にいて人との繋がりがなかった。だから知らないのだと。


「そんな噂が…。ありぞねに訊いてみようかな…噂が本当かどうか。教えてくれるかはわからないけど」


 環夜はそう言うと利き手の液晶画面をつけ、電子郵便箱を開いた。そして即席の手紙を書く。


『ありぞねへ

 今、聞いたことなんだけど最近、物騒な事件が多いって本当?今日、工業の庭アーマイゼ付近で起きた人身事故も関係あるんじゃないかって。妹が、彰が怖がってて。本当のことを教えてくれたら安心できるかもしれないから。教えてほしい。

              君の同志、環夜より』


 書き終わり環夜は送信する。数秒経たないうちにアリゾネから返信が来た。


『環夜へ

 お手紙ありがとう。

 その噂については半分嘘で半分真実だよ。実際、内戦関係の事件は起こっている。でも、人身事故は関係ない。あれは本当にただの事故だ。朝まで酒を飲んで酔っ払っていた会社員が落ちたということだよ。不幸な事故だったが、事件性はないと判断された。だから、大丈夫だよ。そもそも、駅は厳重に警備されているから襲撃されにくいと思うし…。

 まぁ、何かあったら私を頼ってよ。同志の好として絶対に君を助けるからね。あと、今更だけどありぞねって平仮名じゃないよ?今はもう使われていない古代文字で書くんだ。アリゾネって書くの。これからはこうやって書いてね。変換で出てこないと思うから、古代文字の電子情報を送っておくね。これで変換できると思うから。

            貴方の同志アリゾネより』


 事件性はない。それを見て環夜はひとまず安心した。そのことを彰にも伝える。彰も胸を撫で下ろし安心したようだった。

 それに、非常時はアリゾネの力を借りられる。それは大きな強みだった。ただ、確実性がないのが少々問題だった。


 ――非常時は貴族も忙しくなるだろう。本当に助けてくれるかは怪しい。アリゾネを疑うわけじゃないけど、自分たちでどうにかすることも考えとくべきかも。


 環夜はアリゾネにお礼の返信をした。


『アリゾネへ

 古代文字の電子情報ありがとう。知らないで平仮名で書いててごめんね。これからは古代文字で書くね。

              君の同志、環夜より』


 本当に古代文字を使えたことに環夜は少し感動した。一文字一文字はよくわからないけれど、変換しただけで出てくるので環夜にも打つことができた。アリゾネから貰っているものは、どれも便利なものばかりだ。


『まもなく、四番線に高速電車、守護の壁プフェーアト行きが到着します。安全塀の内側までお下がりください』


 放送が掛かると電車が入ってきた。完全に電車が停止すると扉が開く。

 環夜と彰は環夜は出てくる人を待ってから中に入った。


「座るところは…ないみたいだね」


 彰はそう呟き、扉横に立つ。環夜もその横に並んだ。車内は人で溢れていて、席は一つも空いていない。それどころか、立っている人もかなりいる。時刻は九時。丁度人々が出かける時間だ。

 電車の中で声を出すわけにも行かないので、環夜と彰は黙って電車に揺られていた。


 電車は片都『人類の小屋ラッテ』、金都【金の溜池ゴルトフィッシュ】、労都【労働の森アイヒヘルヒェン】、罪都【罪人の檻クレーエ】、禁都【天界の扉シャーフ】、商都【栄の海シュランゲ】と順番に留まった。時間は十分、十五分と過ぎていく。


 環夜は止まっては遠ざかっていく都市たちを見て興味深そうに目を凝らした。


 ――知らない都市ばかりだ。今度、どんな都市かアリゾネに聞いてみよう。


 環夜と同じで、彰も外を見ていた。その顔は嬉しそうで、再会したときの表情はもうなかった。

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