第3話② 天職と野獣
◇
暫くして部屋から出てきた天は完全にハイになっていた。
まるでさっきの状態が準備運動のようだ。ずっと麻薬中毒のように瞳孔が開いて呼吸が荒い。相変わらず顔には返り血がべっとりと付いている。
屋敷を出る前に球体の小型カメラで写真を撮る。死体は一体ずつ連写して時折血の跡の写真も入れる。これは、依頼を完了した証拠だろうか。最後の部屋のは天がもう写真を撮り終わったらしくドアを開ける事はなかった。
コレクターと違って証拠を提供するのは大変そうだ。彼の仕事についてはあまり分からない。でも、もし恨みを持った依頼人ならば彼のような徹底的なやり方は大歓迎だろう。
写真が終わると家の分電盤の漏電ブレーカーに何やら細工をする。そこから火花が飛び散り、煙が上がる。サージさせて爆発的な電流を流し、機械という機械が四方から爆発する。焦げ臭い、ブラスチックが溶けるような異臭。一気に敷地中の電源が落ちる。もう映像物は残っていないだろうな。
窓からの月明かりだけで部屋から部屋へと移動する。小さな白い円盤のボタンを押してポイポイと遺体付近に投げ回る。一個一個から白っぽい酸霧がシューシュー飛び出す。フッ化水素酸で証拠の残った肉片や血等を破壊していくのだろうか。壁を素手で触っていたのを思い出す。骨は溶かさずに捨てて置く。簡単な証拠はこれでなくなる。
以前、餓鬼の仕事が終わった現場は見るに堪えないと聞いた事がある。それが非常によく分かる。血肉が半分溶け、骨が散らばり、家も使えない物になっている。正直、こんなにぐちゃぐちゃな現場は見た事がない。バンパイアよりも酷い血液狂だ。血に慣れている俺でさえ直視したくない。
天は一通り仕事を終わらせると無言のまま俺の腕を掴み凄い力で引っ張って行く。抗議しても何も聞こえていないみたいに反応もない。
水路沿いに戻りそのまま町の下水の方へと移動する。目の映像が自動調整されて前を歩く天の背中が見える。真っ暗で水が滴る音があちらこちらで音楽を奏でている。パキンと小さな音がして天がケミカルライトをつける。ぼやっとした明かりが汚く濡れた通路を照らす。
鼻が曲がりそうなぐらいに下水とカビと腐敗の匂いが濃い。匂いに敏感な天は大丈夫なのだろうか。最も今はハイになり過ぎて気付いていないのかも知れないが。
下水の分岐を左右に進んでいく。何体もの遺体が転がっている。バンパイア共が攫ってきた餌か、縄張りで殺し合った同族か。
彼は全く躊躇う事なく歩いていく。さっきから掴まれて離さない腕がズキズキ痛む。感覚を通している皮膚の下が金属じゃなければ圧迫骨折していたかもしれない。血流も止まって手の色が変色し始めている。
ピチョ ……ン
コツ コツ コツ コツ
歩きながらもまだ天の肩の筋肉がぴくぴく痙攣している。呼吸がずっと荒い。でもそれに当てられて、暴れていた彼を思い出し、俺も変に気分が高揚している。流れるような動きが、狂っている狂気が、人を刺すようなその目が。どれも超人じみている。
――――でもとても綺麗に動く
非常に、想像出来ないぐらい、強い。簡単に人間を捻り殺す。その気になれば本当にこの人はいとも簡単に俺なんかを殺せる。
その恐怖で、異様に高揚する。
「天」
自分の声が掠れている。掴まれていない方の手を彼の腕に回して力を入れる。
掴まれている腕からメキメキ音がする。彼の腕の血管がはっきりと浮かび上がっている。
「っ! ……」
もっと力を入れて彼の足を止める。血走った目がちらりと俺を捉える。まだ呼吸がとても荒い。
「もう……俺も限界」
彼に振れている手を離してずっと硬く立っている天の股間を掴む。やっと俺の手首から天の手が離れる。俺は自由になったズキズキと痛む手で彼の尻を強く摘かむ。背中の筋肉がぴくりと痙攣する。カタンと小さな音がしてケミカルライトが地面に落ちる。
「挿れたい」
乱暴に彼のズボンのチャックを下す。裾を引っ張り出して手をズボンの中に入れる。ヌチャっと酷く濡れていて熱い。
彼の猛りを扱きながら、ゴムの袋を歯で挟んで開ける。自分の硬く立ち上がったものにつけようと彼のから手を放してみると真っ赤な血がべったり付いている。
「……え?」
肩に手をかけ、天の体を自分の方に向かせる。抵抗せずに彼は俺の顔を見る。無表情で眉だけぴくっと上がる。ズボンの中が、ペニスが、夥しい量の血で赤黒くなっている。
「……お前、あの部屋で、何、していたんだ?」
閉じたドアの向こうで。耳の奥がドクンドクン鳴る。男の悲鳴を思い出す。天が八重歯を見せる。
「……『遊ぶ』って、言っただろ」
欲望で掠れた声はいつもの彼の声と違う。とても残忍で笑っている。
――――本当に、ハイになっている天は猛悪で、残酷で、……野獣だ
体が動かない。握ったままの彼の先端から、ツーっと透明な滑りが出てくる。そのまま垂れて、血と絡まりながら、俺の指を伝う。とても悍ましくって……卑猥だ。
彼は落ちそうなゴムの袋を俺から取い上げる。鼻先がくっつきそうな近距離で、完全に誇張した瞳孔で笑う。
「俺に挿れるか、俺に挿れられるか。どっちがいい、阿緒?」
狡い。こういう時だけ俺を名前で呼んで。
この人は、本当に、色々察しが良い。
「……」
血で汚れていない方の指を舐めて濡らし、強引に天の後ろに指を入れる。中は熱くって容易に俺の指を飲み込んでいく。天は俺のちょっと気圧された陰茎を無理矢理立たせてくる。頭を空っぽにして自分の指と天の手に集中する。指に絡む天の中が熱くって、濡れていて、気持ちが良い。すぐに体が熱くなり、俺のがまたすぐに反り立つ。
彼がズボンを脱ぎ捨て、俺にゴムを付ける。
壁に手を付けさせ、俺はそのまま強引に天に押し込む。
グジュジュジュジュ
「はぁ……あっ、っ!」
天が激しく自分から腰を打ち付けてくる。ブルンブルン揺れる彼の昂まりを掴んで乱暴に扱くとすぐに大量に精を放つ。全然収まる気配がないそれを何度も握る。体液と血がだらだらと糸を引きながら俺の靴に滴る。
パチュ ヌチュッ
パンッパンッパンッパンッ
「う、は……ぁあ!」
彼の背中が反り返る。熱い精液がズボンの裾にボタボタかかる。俺も天の締め付けで気付けば放っていた。
「……阿緒」
ねっとりと名前を呼ばれてドキッとする。
天が後ろにいる俺の腕を掴む。そのまま強く引っ張られる。
ヌルっと天の中から抜け落ちる。
背中が地面を強打する。体のどこかでゴキッと嫌な音がして体内に響く。
「かっ……は! うっ」
天に額を押さえ付けられる。物凄い力だ。頭が全く動かせない。俺は無意識に彼の腕を掴む。さっきの余韻で力が入らないから縋っているようにも感じる。彼はそのまま俺の上に圧し掛かる。
「……逃げるなよ」
ビクンビクンと痙攣している俺の肉茎に跨りそのまま激しく抽挿する。精液が溜まったゴムがぶにゅっと動く。さっきとは全く違うスピードと強引さでもはやセックスというよりも暴力に近い。
パンパンパンパンパンッ
手が邪魔で彼が見えない。ギリギリと彼に掴まれた場所が痛い。ふと押し潰されていた額を離される。
「……ぐ、ぅ!」
両手で喉に手を掛けられる。苦しくって声が漏れる。彼が俺の首をギリギリと絞めながら激しく腰を動かす。
すぐ近くに彼の顔がある。ずっと笑っている。俺から目を逸らさず、ずっと見ている。彼の髪から血が垂れ、俺の顔にポタポタ落ちる。
ギリギリギリギリ
天は、俺は、何度イっても性欲が果てしなく続く。
「……! っ」
酸欠の惚けた頭で股間だけが熱を持って生きているみたいに熱く沸っている。脳に埋め込まれたチップが視界を赤く酸欠アラートで点滅させている。前回射精してからずっと点滅している。
――――気持ち、良い
「あはははははははは! さっきから凄く濃いの出すよな。阿緒は、俺にこうされて、興奮しているのか」
ずっと視線を合わせたまま、ゴムも変えず、首を絞める手も緩めず、そのまま何度も立て続けに犯してくる。天の中が熱くて何も考えられない。首がギシッと音を立てて軋む。何度も強制的に、俺を快感と苦痛の淵に追い立てる。
パンパンパンパンパンッ
「っ!」
イク時に天の名前が呼べない。彼の容赦ない手を強く引っ掻く。
鼻血が垂れてくる。彼は俺の血を長い舌で嘗める。
彼から眼を離せない。
身を捩る俺を見て天が目を細めて笑っている。
八重歯が光を反射する。
最後に射精するのと同時に脳の電源が落ちた。
――――……プツン
次の更新予定
2024年12月13日 19:00
BLOOD HIGH【第一話】 如月紫苑 @kisaragishion
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