第3話① 天職と野獣
天の表情は本当に何を考えているのか分かり辛い。
頭は相当良さそうなので多分脳内では色々考えているのだろう。でも口から出てくるのは凄く限られた一部分だと思う。そして多分俺に伝える言葉と情報は、かなり厳選している。路地裏で野垂れ死しそうな見知らぬ男は簡単に拾ってセックスするのに、彼の事は全くと言っていい程まだ何も知らない。ガードが鉄壁過ぎる。俺をなんで今夜の仕事に連れて行きたいのかも分からない。案外本当にただ単に暇潰しの可能性だってあり得る。
「サイボーグ狩りって本当に噂みたいな感じなの?」
夕飯の後片付けをしながら天が尋ねる。何もしなくてもいいと言われているが流石に悪いと思い食器を運んだりテーブルを拭いたりぐらいはする。
「噂ってどんな?」
「サイボーグは発覚するとすぐに誘拐したり殺したりする。殺すのは宗教か政治的な理由が多い。誘拐は主に人身売買か実験的な理由。だからサイボーグは人間社会に紛れると隠れる、と」
「まぁ……大体そんな感じだな」
「僕が君の話をしかけると手が出ちゃうのはそれが理由?」
「刷り込まれた条件反射もあるけど。バレていい事一つもないからな」
「僕は別にサイボーグ自体には興味ないけど、お兄さんには興味あるよ」
「ありがとう?」
「ふふふ、なんで疑問系」
天の手が食器を軽く濯ぎ、食器洗い機に並べていく。
「サイボーグを嫌う人間は多いしな。気を付けていないと死ぬ」
天が俺をちらりと横目で見る。
「路地裏で倒れていたのもそんな理由?」
「……あー、まぁ、うん」
「サイボーグ狩り?」
「あー……いや……狩りではないけど……」
食器が終わり、天がタオルで手を拭きながらこっちを向く。
「コレクターやっているのは資金を稼ぐ為だよね。もっと稼げるキラーやハンターには興味なかった?」
「俺は完全に独学だからな。先ず依頼の受け方自体分からねぇし、どこから始めれば良いのかさえも全然分からねぇ。格別強くもないし。一応コレクターは簡単でなんとなくでも始められたし」
「じゃあ『コレクター』という職には拘ってないんだね」
「そうだな。金稼げれば何でも良いかな。やるからには徹底的にやりたくなるけど」
「良い心構えだと思うよ」
「……天は何やっている人? 殺人狂って事は、キラーかハンターなんだろ?」
「……キラーだよ」
含みのある笑顔で答えられる。目が笑っていない気がする。その感情が読めない視線にぞくりと寒気が走る。まるで観察されているような気分だ。
無意識に喉が鳴る。
「ふふふ、僕が怖い?」
「怖い」
即答する。
――――色々と、この人は怖い
「本当に素直」
天の笑みが大きくなる。八重歯が見える。
「お兄さんは今夜ハイになった僕を見て逃げるかな?」
「逃げて欲しいのか?」
「ふふふふ、暇潰しがいなくなるのは、寂しいなぁ」
「俺を殺そうとしなければ別に逃げないよ。行く所なんかないし。天の飯食えなくなるのは嫌だし」
「あはははは。それが本当かどうか、検証しようか」
「いや、だから、お前のそういうところも凄く怖いんだってば」
まだ笑っている天はソファーを指差す。大人しくそちらに移動すると、彼は小さな瓶と注射器を二本出す。瓶を振り針を蓋に刺してその透明な液体を吸い上げる。
「薬は嫌いなんじゃなかったっけ?」
「感染対策の免疫ワクチン。まだ打った事ない?」
感染対策の免疫ワクチン。免疫を爆発的に増大させる物でハンター等は感染する危険が高い時に使うと聞いた事がある。かなり強い反面、効果は短いそうだ。仕事の度に注入する必要性があるそうだが、効果は鉄壁だと聞いた事がある。値段も貧乏人には手が届かないぐらい鉄壁ではあるが。
「ない。本当にこんなん効くのか?」
「毎回感染した血液塗れになる僕で立証している。やっておいた方が良い」
天が慣れた手付きで自分の首の静脈を探し、躊躇なく刺す。ゆっくりと親指を押して薬を体内に打ち込む。そのまま抜いて指で抑える。なかなか見ていて怖い。
もう一本の注射を手にしてソファーに座っている俺の前に立つ。
「ふふ。信用出来ない? 僕に針刺されるの」
「それは信用している。いつでも殺そうと思えば殺せるだろ、俺の事」
無言で首を長い指で強く擦られてぞくりとする。
「職業柄、首に針って考えるのが苦手なだけ」
天が軽く笑う。静脈を消毒してからゆっくりと針を刺す。皮膚にプスッと突き刺さる感覚と、体内に冷たいのが流れ込む感覚が悍ましい。彼がそっと針を抜くと俺は無事に終わった事に安心する。
「すぐに効き出すよ。一週間はバンパイアウィルス等はあまり心配しないで良いよ」
天が俺の髪を撫でてから、軽く頭をポンポンと叩く。
――――緊張した子供をあやすような扱いはしないで欲しい
「そろそろ着替えようか」
血を取り扱う事業はどれも同じで基本は黒である。人間の返り血は赤いし、バンパイアは黒いし、それ以外の変異種は皆また違う。一瞥して汚れが目立たないのは黒か迷彩だけである。近付けば匂いで分かるかもしれないけど。
ピッタリとしたの長袖に着替える。必要な仕事に応じて薄いアーマー的なのを下に着る時もあるが動き難いのでスピード重視の時はあまり使わない。そしてその上に黒いベスト。
慣れた手付きでベストの多々あるポケットの指定位置に商売道具を入れていく。さっぱり分からない物から分かりたくもない物まである。そして黒い細身のズボン。ルースな物だとトラップなどにも引っ掛りやすいから避ける。最後に滑らない丈夫なブーツ。
天が一度散らかした後に骨を踏んで足の甲から突き出てしまったと言っている。非常に、物騒だ。
――――『散らかした後』って何? どうしたら骨がそんな散らかり方するの? あと、普通に、そんな事になるか?
天の方を見ると俺を見ている。心なしか笑顔が凄まじく生き生きしている。
「絶対に今、何か怖い事考えているだろ」
「ふふ、お仕事楽しみだねぇ」
「殺人狂」
俺も念の為自分の商売道具をポケットに入れていく。天が俺に追加のナイフをくれるので共にブーツに滑り込ませる。次々に色んなもの渡されるので自分が仕事する時との用意の違いに関心をする。準備は本当に周到である。
最後にゴムを数枚渡される。
「おい」
「ふふふ。絶対、必要」
諦めてポケットに収納する。
――――こいつ、絶対に血みどろセックスをするつもりだ
拒否権ないのが悲しい。せめて感染してない血液にして欲しい。まぁ、毎度スキャンするまでもなく彼の嗅覚だったらそっちの心配はしないでも大丈夫だろう。あ、でも注射しているから今は心配いらないんだった。
用意が進むにつれて天の興奮が伝わってくる。準備しながら何をどうするのか考えているのだろうか。ちらりと見ると股間が微かに立っている気がする。落ち着きがなくなってくる。立ったり座ったり無駄に部屋の中を歩き回っている。まるで落ち着かない獣みたいだ。
何度か視線を感じて振り返るが天が目を逸らす。何を考えているのか知らない方がいいのかもしれない。
「なぁ、俺はどうすればいい?」
今はベッドに座っていた天が、顔を覆っている両手の隙間から目を向けてくる。
「後ろから付いて来て。離れ過ぎちゃうとアラームなるかもしれないし、近付き過ぎちゃうと間違って殺しちゃうかも」
「絶妙な距離で離れているから殺さないで」
「ふふふ、ドキドキするね」
会話の間一切瞬きをしていない。意識はもうここにはないのかもしれない。彼が一回ぶるっと身振りする。
天の仕事内容はよく分からないが、キラーは間違いなく天職だろう。コレクターになっていたら商品で遊んじゃって商売にならなさそうだもん。
天が長く息を吐き出しては、吸い込む。
吐き出す。
静かに無音で立ち上がる。口調と声色が変わる。
「行こうか」
◇◇
その大きな屋敷は暗い水路に面していた。セキュリティがしっかりしている門が厳重に幾十にも鍵がかけられている。高い門の上には有刺鉄線が張り巡らされている。
天は水路の方から壁に沿って物凄く早いスピードで登っていく。掌に納まる小さな円形のネイルガンらしき物でどんどん小さな釘を壁に打ち込み、それを軸にして登るよりも垂直な壁を走り上がっている。
身体能力の凄さは圧巻だ。俺は何とかギリギリ追いかけている状態でちょっとでも気を抜いたら置いて行かれる。いつもはあの薄っすらと笑っている顔が、今は無表情で目だけが大きく爛々としている。
壁の一番上まで行くといつの間にかネイルガンの代わりに持っているクリッパーで有刺鉄線を躊躇なくパチンパチンと切っていく。そのままひらりと塀を乗り越えて向こう側に飛び降りる。
俺が塀の上に辿り着く頃には彼はもうすでに庭を建物添いに突っ切っている。彼が窓の一つを撫でるだけでガラスが切れたみたいに外れる。動作一つ一つが流れるように無駄がない。そのまま入っていく。
俺が中に入った頃にはもうすでにそこは戦場の痕のようだった。
その部屋には三遺体がある。三人とも首が転がっている。壁には血が派手な模様を描いている。上を見ると天井にも血飛沫が飛んでいる。ポチャン、ポチャンと雨の様に垂れてきている。気持ち悪いぐらい、部屋が赤い。
廊下の方で悲鳴が上がる。
俺は急いでドアを開け、暗い廊下に出る。床一面に散らばった電球やライトの破片に交じって血が塗りたくられている。
廊下の突き当りで天が素手で喉を引き裂いているように見える。短い刃のナイフを握っているのだろうか。必要以上にザクザク皮膚を裂いていく。
プシャアアアアアアアア
「ひゃはははははははははははは」
グシュ グシュ グシュ ポキン グシュ
例の天の狂った笑い声が濡れた音と聞こえてくる。天は目を見開き口が耳まで広がっていそうなぐらい狂ったように笑っている。両手の爪を指の力を凶器にして、人間を裂いているような錯覚を受ける。その周りで悲鳴が絶えない。
「あはははははははははははははは」
ブシュッ
顔に大量の返り血を浴びている。その中で目と笑っている口元が異様に目立つ。髪が血を吸って濡れている。真っ赤に染まっている、笑う赤い狂人。
「……あ」
こいつのコードネーム、今、分かってしまった。
――――血に飢えた狂人、血と遺体を食い荒らす『餓鬼』だ!
鳥肌が一気に全身に立つ。項の毛が逆立つ。
――――めちゃめちゃクソヤバいって事で有名な上位キラーじゃねぇかよ!
喉がヒュッと鳴る。
その瞬間、天がこっちを見る。目だけがぎらついている。顔から血が滴る。頭をゆっくり、ゆっくり傾ける。そして無言で、血だらけの手で左を指差す。指した方を見ると若い女性がいた。怖がって震えているのがここまで見て取れる。天が笑顔のまま身動きせずに俺を見ている。観察をしている。試しているのか。
俺は黙って針を手にする。そのまま彼女の前まで行くと恐怖に怯えた目を向けてくる。必死に目で命乞いをしている。
――――ごめんね
無言で手を振り上げて首の頸動脈に針を突き刺す。
プシャ プシャア
急いで輸血袋をセットし、次々と血を収集していく。どんどん血の流れが弱くなる。
後ろの方で悲鳴が上がる。濡れた音と肉が裂ける音がする。俺は最後の袋を取ってベストに仕舞う。動かなくなった首から針を抜く。皮膚がブチブチと裂ける。
首を支えている手に真っ赤に濡れた男の手がぬるりと重なる。ビクッとして手を離すと女の身体が音を立てて落ちる。目が開いたまま虚ろに俺の方を見ている。
後ろから天の濡れた手が俺の首を撫でてくる。滑り回る彼の長い指にぞくぞくした感覚で顎が上がる。鼓動が激しい。背中に触れている彼の体温が熱い。天がいつもよりも欲望に塗れた声で、耳元でねっとりと笑う。
「二階」
そのまま離れた彼に付いて行き、突き当りの階段を上がって行く。壁を撫でながら天が赤い線を残していく。まるで壁に愛撫しているかのように愛おしそうに触れる。真っ赤な波が掠れた色になる。指紋は気にしていないのだろうか。とても嬉しそうに、踊るように階段を上がる。
パンッ
パンッ パンッ
ピシピシッ
すぐ横の壁の破片が小さく飛び散って頬が切れる。即座に頭を下げて残りの階段を掛け上がる。最上階では天が男の目の窪みに指を根元まで突っ込んでいる。血が腕を伝って肘から垂れ落ちる。足元には打った拳銃が転がっている。横の壁沿いの動きに気付き俺はナイフを走らせる。
「ギィヤァッァァア」
指を二本落とし、そのまま鎖骨にナイフを突き刺す。天をチラッと見ると遺体の口の中に手を突っ込んでいる。
――――これはあまり見たくないかも
俺は暴れる男の血を目の前に持ってきてスキャンする。ピピっと赤い警告が出る。使えない血。感染済みの血。横から手が伸びて天が男の喉を掴み潰す。
グガ ボキッ
「あははははははは、この血はダーメ」
天が俺の首をベロンと舐める。俺の首に付いていた血を、ゆっくりと舐め取っている。
首を解放され、真っ直ぐに俺の目を見てにやりと笑う。その獣みたいな雰囲気にぞくぞくする。
「最後のはちょっと……遊ぶ。ここで待っていろ」
天の口元がヤバい。目も完全にイっている。彼は両手を広げて指をペキペキ鳴らす。体が一回り大きくなったように見える。
無音でドアを開け、そのまま入っていく。
「……」
ちらりと俺を見てから、静かにドアを閉める。
俺は疲れて階段の上に座って周りを見渡す。彼が通った場所だけ凄い量の血が飛び散っている。
――――まさに食い散らかす、だな
暫くしてから部屋の中から物が壊れる音が聞こえてきた。そして天の狂ったような笑い声。非常に、楽しそうな。嫌な音や濡れた音が絶えず聞こえてくる。
そしてとても長く悲鳴が聞こえてきた。
俺は目を閉じ、それらの音を聞きながら、荒れた息を整える。
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