第2話③ 血液と〇〇と寿命
◇◇
――――……温かくって、気持ちが良い
仲直り、と言っていいのかどうかは分からないが、結局二人で一緒にあのベッドで寝た。
天がやたらと寝る時は全裸と拘ったのが妙に面白い。そして昼過ぎに目が覚めるとしっかりと天の胸に抱きかかえられて寝ていた。誰かに抱き抱えられる事なんていつ以来だろう。落ち着く。自分の姿が天井から見下ろしているのは非常に違和感があるが。でも鏡に映っている天はかなりの男前だ。
暫くぼけっと顔を見ていると天が俺の頬を撫でてくる。切れ長の目が開いて鏡越しに目が合う。
「おはよう。よく寝られた?」
「凄く快適にぐっすり」
「ふふ、良かった」
前髪を長い指で触れてくる。
「ねぇ、なんで青と白なの?」
いつもより柔らかい声が耳元を擽る。
――――寝起きの天って……別の意味でヤバいかも
「地毛が白なんだ」
「いつから? 噛まれた後?」
「だから、なんで、知っている?」
「だって匂いがするから」
――――えー、本当にその嗅覚どうなっているの? あなた、本当に人間?
俺の中のバンパイア細胞、今は皆無で研究所以外誰も知らないのに。
――――まぁ、どうせ分かっているみたいだし
「あぁ、噛まれてから白。五年前に噛まれて半分バンパイア化したんだよ。……それでそれを食い止めるためにサイボーグの実験に参加した」
「噂で吸血と機械のクロス実験をしていたって聞いていたけど、本当だったんだねぇ。感染した臓器を全部取らないといけないんでしょう? どこ変えているの?」
頭をトントンと軽く指で叩く。
「脳幹、心臓、両目、肺、右手、右足」
脳幹と心臓を纏めて一つの連続した機械化、別称サイボーグ化、は毎年十人ぐらいしか成功していない。この二つが一番の基本であり、この二つ以外の臓器や四肢なども機械や義肢に変更しているのが主だ。サイボーグ化は技術的に問題があって難しい、というよりも脳のショック死が原因で生存率が低い。生身に機械情報が入り過ぎると、人間の脳は本当に内側から焼きただれてしまう物だ。そして生身だった自分の体が機械に変わり、脳が自分の存在を拒否してしまって自殺する者も多い。
「脳幹、心臓、肺って事はもしかしてかなり長く呼吸しなくとも大丈夫って事? 鼓動は普通に脳と連携させて心の昂りに合わせて早くなったり遅くなったりしているのかな……。脳幹と目の組み合わせも良い機能が付けられそうね。肺も気になる。……今度色々見せてみてよ」
「いいよ」
やたらと興味を持つな。殺人狂だとやっぱ人体の構造が気になるのか。……お願いだからその時は殺さないでくれよな。
「見た目だと全然分からないね」
彼の手が体の色んなパーツに触れてくる。
「一番最近の変更は?」
「二年前の左目」
上から至近距離で覗き込んでくる。そっと目に指を近付けてきたので、彼の指を取って目に触れさせる。痛くはないが触れているのは分かる。触られると目が自動的に触っている天を分析する。指の化学構造の情報が浮かび上がって、やはり彼は人間だと再確認する。
「凄い。ヒンヤリしていてちょっと濡れていて、プニプニしている。硬めの本物の眼球みたいだね。面白いな。皮膚は?」
触れるか触れないかの強さで体を撫でてくる。ちょっと擽ったくって、少し性的に感じる。
「全部俺の。血液も念の為、今でも月に一度血液洗浄みたいなのに行っている」
「術後生き残れた人はいないって聞いていたけど、他にもいた?」
俺は黙って頷く。
「脳幹と心臓が真っ先に感染するからな。普通は噛まれタラその場で取り出さないとすぐに全身にウィルスが回ってバンパイア化しちゃう」
「あは。やっぱりお兄さんは面白いね。でもこれじゃあ、資金が必要だよね。メンテ、再発した時の追加料金、あとはアップグレードとかかな?」
俺はまた黙って頷く。この人の頭の回転には脱帽する。
「今日はこの話題で攻撃してこないんだね」
「まだ寝惚けているから頭回ってない。……それに、ちょっと寝起きの天に見惚れている」
「ふふふ。お兄さんは寝起きは可愛いんだね」
――――『可愛い』ねぇ。今までそんなふうに言われた事ないや
天はどちらかと言うと男前で朝の方がよく喋る。でも嫌いじゃない。……俺に殺意を向けなければだけど。朝の方が狂人のヤバさが大人しくってこちらもリラックスできる。
「ねぇ、僕今夜仕事あるけど付いて来る?」
「え。行く! 凄く行きたい!」
「僕、ハイになるからね」
「……」
――――あー、あの状態かぁ。あの状態ねぇ
……今から、凄く、怖い。
ギシッと音がして、天が目を閉じて悶々と怖気付いている俺の上に四つん這いで乗っかる。下半身も裸だ。陰部同士が当たってちょっと反応してしまう。彼が笑う。
「こっちは生身のまま残って良かったじゃん」
ムニッて感触がエロくて気持ちが良い。俺は腰を掴もうと手を伸ばして、空気を掴んだ。天がベッドから降りてその引き締まった尻をズボンに押し込んでしまう。
――――パンツは履かない派か。履かないと、挟まないか?
「朝食作ってくるね」
バタンと閉じたドアに顔を両手で隠す。
――――今⁉ 今、この状態で放置する⁉ お願い……生殺しもやめて
◇
朝食は勿論とても最高だった。
この人、本気で俺の胃袋を二度と離すつもりないんじゃなかろうか。普通のご飯が食べられなくなりそうで、その後に飽きてポイ捨てされたら俺はどうすればいいんだ。
朝は卵焼き、コンソメスープ、ソーセージ、サラダ、ベリーソースとホイップが山盛りのワッフルだ。それにしても料理するのが早い。二十分も経っていない。前に積まれた山盛りのワッフルに垂涎する。見事なサクッふわっでとても軽い。まさかこのソーセージ、自分で詰めていないよね? 皮がパリッと割れた後に肉汁が口一杯に広がる。ハーブの味付けが良く、臭みがない。あとこのホイップクリーム、最高に濃厚。スプーンで梳くって逆さにしても落ちない。舌触りだともはや固まったシルク。もしかしてベリーソースのちょっとした隠し味にリキュール入っている? 本当にレパートリー多過ぎだろ。
餓死寸前の人みたいに食事に熱中する俺をにこにこと見ながら、相変わらず優雅に今度はコーヒーを飲んでいる。引き立ての豆の香りが美味しい。食後にちょっと斜めに座って脚を組み、メガネをかけて新聞を読む姿が様になっている。
「目が悪いのか?」
「いや、良い。過去の情報と併せて読んでいる」
あ、情報検索しながら読んでいるのね。最近またこのメガネ型小型コンピュータが流行っていたな。両手がフリーになるから大層人気があるらしい。そういえばこの人は全身生身だった。それなのに日常作業でもサイボーグ並みに情報の並行処理をしていそう。俺さえも知らない機械を普通に使いこなしそうだし。本当に凄まじい能力だ。
「どんな仕事か聞いて良いの?」
「あはは。気になるよねぇ。今日は簡単な仕事だけど、ちょっとだけスプラッターになるよ」
やたらとうきうきしている雰囲気が滲み出てくる。ちょっと勘弁して。
「天はいつもそんな感じの仕事しているのか?」
「ん〜……」
あぁ、出た。例の無言の笑っていない笑顔。怖いから、本当に止めて欲しい。
「なんで俺も連れて行ってくれるんだ? いや、天の仕事にはとても興味はあるけど」
「ん~……暇潰し的な? まぁ、後は」
にたぁと笑う。とても嫌な予感がする。
「終わったらハイな僕を満足させて貰おうかと」
「……やっぱり」
俺の存在意義って、携帯チンコか。ちょっと悲しくなる。
「コレクターだったら色々と慣れているでしょう」
「慣れているからって、俺は別に血が好きな訳じゃない。取扱商品なだけだよ」
「じゃいいのがいたらお兄さんの仕事採取しとく?」
「一応聞くけど、その『いいの』の基準って何?」
「体内に無感染の商品が残っている個体」
「いや、お前、本当に怖いわ! 体は人間でも魂がバンパイアじゃねぇか!」
「心外だなぁ。あんな低俗な生き物じゃないってば。それに僕はバンパイアの目が嫌い」
「あー、あれは気持ち悪いよね。俺、本当にバンパイアにならなくって良かった」
「もしお兄さんの目があれだったら路地裏の時に刳り抜いて捨てていたかもねぇ」
「本当に人間で良かったと、今、凄まじく実感している」
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