ベスティー

@Syosinn0726

短編小説

成長って志望理由でよく言ったな~と。


特にそんなこと思っているわけではないが、そういうと受けが良いし、志望動機を作りやすいため楽だった。

就職活動ではこれと言ってやりたいことはなかった。そもそも、大学まで、一貫して学問について学んだあとで、急に社会に出て何か貢献しろという方が無理があるのではないかと考えている。最初は自分なりに恥ずかしくなりながらも、自分の小さなことから話す内容を練りだしていたが、急に馬鹿馬鹿しくなった。自分が興味関心をひかれた人を足して足してたまに2で割ったり割らなかったりして、就職活動は取り繕った。運がよくそのエピソードが受けたため、私はその会社に入社することに決めた。

就職活動をしている自分は自分で見ても少し滑稽だったと思う。たかだか3年弱学んだ学問で世界を変えるだなんて、こんなことでよいのかと呆れてしまう。それと同時に私の目の前にいたこの人事も学生時代には同じようなことをしたのだと思うと、どんな気持ちで私たちを見ているのかが気になる。哀れみの気持ちなのか純粋に世界を変えに来ている学生が目の前にいるとでも思っているのか。いや、世界を変えるなら、就職なんぞしないだろうと私は知っている。世界を変える!などと言って就職した人たちの未来がこの居酒屋の醜態だ。

この居酒屋では誰かに対する愚痴や、自分を良く見せたい物の姿。そんな露骨に人の汚くてどこか純粋な欲求がにじみ出る。私自身も頑張った自分に少し酔っている部分があるため、人のことなど言える立場ではないが、そんな人の姿を見るとやっぱり滑稽に思えてしまう。

結局成長なんてないんだよな~と。よく居酒屋にいる人は、終身雇用の奴隷だなんて言われるが、意外と部長職まで昇格し、居酒屋で飲む時間があるんだから、割と裕福で成長しているんじゃないかと思ったりする。将来自分もこうなるんだろうなと思うと、滑稽で少し笑えない。


そんな私も就職活動が終わり、少し羽を伸ばそうと思い彼と居酒屋にいる。

伊藤健、ベスティーと呼ばれることを好む同い年の22歳で、起業中の青年だ。なぜかベスティーという名前を使わせたがる。ベスティ―という単語に特に意味はないそうだ。

初対面の時には彼に少し感心していたことを覚えている。学生のうちには一度は起業したい。と夢を見るものだが、実際に行動している人は見たことがなかったが、彼は実際に行動をしている。今は修行?ということでインターンを4年生ながらやっているそうだ。遊べる年にもかかわらず熱心であると、感心する。私が就職活動を頑張る意欲があったのもベスティ―のような同世代と戦わなければならないと感じたため、早めに手を打ったためだ。

暇があったので私は彼と会うことに決め、少しばかりの感謝の気持ちを抱きながら、世界を変える起業家に連絡した。

意外なことに、10分以内に連絡が帰ってきた。


「俺は何が分からないかが分からない。」

何でこんな話してるんだっけ。

それくらい話がつまらなかったのだろう。私は彼を尊敬してはいたが、どうやら興味はなかったかもしれない。とすら思えてしまった。本当に当たり障りのない話をした。就職活動はどうだったとか最近の活動はどうだったとか、大学の授業が面倒くさいだとかそんな話をした。彼と私は住む世界が違うにもかかわらず、違った見方をすることがほとんどないことに内心驚きながらも、彼も大学生なんだなと考えたことだけは覚えている。しかし、なぜ彼が私の目の前で弱音を吐いているかよく分からずにいた。彼らしくないと同時に、子供らしい悩みであると率直に思った。彼はリサーチが得意だと話していたことを覚えている。リサーチとベスティーが何か関係あるのかと聞くと、何も関係がなく、私が調べても何も出てこなかった。何もつながりが無いというつながりが、彼の強みを覚えるきっかけとなっていた。そんなリサーチは得意と言っていた彼が「わからない」と言うことが意外でしかない。リサーチで全てが解決できるとも思わないが、ベスティーが「たいていのことはインターネットに載っているんだから、インターネットの情報を組み合わせることによって、質の良いアウトプットが出せる。」と断言していた。それに他の人はインターネットの情報を調べようともしないとも話していた。確かに気になる情報はあるが、気になっただけで終わり、明日には忘れる。そのような生活を過ごす人が大半の中で、彼だけはその答えを導く意欲がある。

「資金調達失敗した。」

ごめん。ビジネスのことは分からないから、説明してほしい。という言葉を飲み込んだ。リサーチが得意な彼の前でその発言をするのはベスティ―を刺激する行為だと考えたからだ。

通りで話しづらいのだと思った。知らないことが悪だと言わんばかりのテンションが私たちの席だけ充満しているのだ。

「調べれば知っている」と「すでに知っている」に差があることは私自身も理解はしているものの、なぜか同じようなくくりになっているようにしか思えない。きっと彼がリサーチに関していろいろ言われてしまったのだろうと推測すると、私は彼を責めれない気持ちになる。

私が知っていることとすれば、企業の名前と業界に関する一般知識、それと就活に関する知識だけだ。なので、資金調達についてこっそり調べることにした。リサーチするんだから、スマホいじったっていいだろう。ぐらいの開き直りが私に求められていた。


「ちょっと長くなるけど、聞いてほしい。ビジネスを知っている人に聞いてほしいというよりかは知らない人に聞いてほしい。」

資金調達は一回失敗したら、終わりというものではないらしい。それなのに、彼がだんだん弱っていくような気がしている。

前会った時なぜあんなに感心していたのだろうか。と思うほどに。

ベスティーはグラスが汗をかかないうちにそれを飲み干し、こちらを見ている。

やっと興味がある話が出てきた。


「起業を通じて人生を腐らせてしまった人々に希望をもたらせたい」という目標があることが分かった。どんな人間でも成功できるというロールモデルになりたいと口にし、就職活動が終わったにもかかわらず、起業コミュニティというものや長期インターンを1年以上継続している。同じ大学の人間はおろか、学歴は常に一番下の人間であり、コミュニティの人間からは初めて会ったと言われることが多かったという。

彼は特に特別な学部学科でなかったことから、起業家を目指すキャリアからは離れているとも思われていたそう。彼が何学部かは忘れてしまったが。

それ以前に、ベスティーは周りから起業家になるのはやめろと言われていたらしい。ありきたりかもしれないが、「お前には無理だ」「調子に乗るな」「夢の見過ぎじゃないか」と言われてきたそう。

ベスティーの人生は全て、出る杭は打たれる。というよりかは、出そうな杭なので入念に打ち付けておく。が彼曰く正解らしい。

ベスティーは今まで杭は出ない方が危なくないし、安全だと思いながら過ごしてきたが、彼の心は知らない間に腐っていった。そんな彼が心を入れ替えるチャンスがやってきた。

大学のサークルで行われた飲み会で、急性アルコール中毒で倒れた経験から学んだそうだ。人に言われるがまま酒を飲み、「空気を読む」という行為に殺されかける。自分が信じて生き方の終着点が同調圧力による自死であることに驚き、生き方を変えたという。

急性アルコール中毒で安静にしている時に、とある起業家の「起業は持たざる者の人生挽回のチャンス」という一節を見て、特にアイデアはなかったが、起業家を志した。「アイデアが無いのに起業家になる。」という行為が起業をしたことが無い人間にはない発想であったことから、周りからバカにされることが多かったそう。ただ、ベスティーはこの経験から起業を志し、自分のように腐った人生を歩む人間に対して、希望をもたらして、よりよい社会を作っていきたいとそう心から願うようになった。

でも、私は馬鹿にしたつもりはないんだけどな。と思った。

ベスティーは中居という学生と起業コミュニティで出会った。中居は高学歴の人間であり、中学高校の頃にバドミントン部の関東大会に出場したらしい。中居の性格は「優しくて人と仲良くするのが特技」らしい。なぜ中居が出てきたのかがすぐにわかった。

ベスティーと中居が比較されていたのだ。厳密にいうと、比較されているようにベスティーが感じた。だけなのだが、ここもお酒と一緒に飲み込むことにした。リサーチしても分からないことは、聞くべきだが、彼の主観込みで聞くことにしたので、問うことを辞めた。

彼とは進む道が同じで、立ち上げたい事業は人材事業であり、インターン先が同じだという。そして、配属部署も同じであるという。

新規事業を立ち上げる部署にて、彼らはリサーチを任された。そして、現存する事業案を改善するような資料を提出することが命じられた。

「俺リサーチは得意なんだよ。高校生の文化祭ではジェットコースターを作るとなった時には、作り方を一から調べたし、どの店舗は遺族が良いかもある程度見当がついてたから、やったんだ。そしたら、成功したんだ。ジェットコースターみたいな目立つものは入り口にあった方がいいんだよ。客は一目見ないと乗ろうという気持ちにならないからね。話は逸れたけど、俺嬉しかったんだよ。新規事業部なんて俺の得意部門でしかない。この経験が詰めるのは財産だ。財産のはずなんだ。」

なんか怒ってる。まずいと思ってお冷を注文することにした。

デジタル注文ができるようになってありがたいと、私はタブレットに一礼したくなるほど、感謝した。

お冷を頼む行為は、今のベスティーにとって「酔っているんだから、いい加減にしろ。」と無言で言っているように捉えるだろう。

来たお冷は、頼んだよ~と言って一口も飲まず、彼の傍に置いておく。酔ってきたら私のとかそんなの関係なく飲みそうだと思った。


彼の自責と他責を繰り返すような態度に相槌をしているだけであった。ベスティーはすぐに口を開くと、新規事業は修羅場で、ベスティーは己の価値を証明しようと必死だった。

どこかの本で起業は想像の100倍辛いと聞いていたため、想像は出来たが、具体的な理解には欠けていた。そのせいもあって上手くいったんでしょ?と安易に問いかけたら「そう思うよな」と。

やっぱりそう思うよな。と受け取ったららしく、ベスティーは目を少し伏せた。

ベスティーのこれまでの言葉は冷静さに欠けているように思えたが、自我を失わないかのように自分を守っている。もう少し見失っていることは、自分では気づいていないのだろう。

私は彼をここまで追い詰めるものは何かを考えていた。起業とは人格を壊すほどのものなのか。そして、彼はそれを覚悟してこの戦場に降り立った。それほどまでにして彼は人に期待をもたらせたいのかと思った。思ったというよりかは疑問に近い感情であった。私から出る感情は同情でしかなかった。同情以外出す感情が無かった。気づけば周りの喧騒がそこまで気にならなくなっていた。


ベスティーは、成果を出そうと誰よりも遅くまで働き、誰よりも早く働いた。誰よりも働くことによって最大の結果が得られるというどこかから受け継いだイズムのようなものを彼は信じて働いていた。そのイズムはどこから来たものかと尋ねようと思ったが、私はやめた。聞くのが野暮だと思った。「起業ってそういうものだろ?」

やっぱり。

私は彼が求めている言葉を、欲している言葉を必死に探していた。というのも彼は慰めの言葉を求めているそう。話の途中で慰めはできないでしょ。が私の意見。それでも事の顛末だけは聞くつもりでいた。中居は遅くまで働くこともあったが、基本的には残業は1~2時間ほどせず、社員と飲み会に行くこともあるらしい。そんな彼をしり目に自分は成果を出そうとしていたとさんざん聞かされた。

「俺頑張ったんだよ。ハードワークって大事だから、ハードワークしたよ。やっぱり自分が成長している感はある。なんだろうな。」

ここでは中居を陥れようとする悪意はなく、単純に自分が努力したことを強調させたいみたいだ。

ほんと?最後のなんだろうなは、何?こっちが何だろうなって感じではあるが、彼は彼自身を見失っているということを私は自分に言い聞かせる。

しかし、結果は冷たい現実の鏡となってベスティーの前に立ちはだかった。中居の案が採用され、ベスティーの案は一部採用となった。

最終決定時に社員から「ベスティーの案よりも中居の案の方が社員がしっくり動きやすい」と評し、会議を終えた。

中居は周囲への感謝を口にした。ベスティーも同じように振る舞おうとしたが、その声には微かな苦みが混じったという。

中居は会議中に社員から「良くなっている」とお褒めの言葉を言われていた。しかし、ベスティーが話すには自分が出していた案と類似していたと話す。一度中間報告があった時に、自分がその案を出していたという。その際は、数えきれないフィードバックをもらったのだが、中居のはなぜか通ったと話していた。この時に私は、ベスティーは「何かの対するハンディキャップをもらっているの」と考えているのではないかと考えた。

おそらく学歴なのではないか。彼もそのことを自覚しているからこそ、どんな人間でも成功できると証明したいと言っているのではないかと考えていた。そう考えると、最初に学歴の話をした理由もうなずける。

もう半分くらい彼はお冷を飲んでいる。


彼のインターン先は起業家を志す学生に対して良くしてくれる会社で、起業家と接点を作ってくれたそう。その際に起業コミュニティに属している伊藤と中居が起業家に会う機会を設けた。その起業家は人材事業で成り上がり、起業コミュニティでは彼に会えるという一部のうわさがあったが、どうやら本当だったようだ。今は資金調達をして、これからの世代に期待をしたいと話している人だという。伊藤はその起業家に自分を知ってもらうチャンスだと考えたそうだ。何より、その起業家は伊藤が起業をするきっかけを作った人だった。いつもSNSでは何も成し遂げていない人たちに向けて成功談や乗り越えるためのマインドを発信している。そんな起業家の虜になったのがベスティーだ。彼は得意のリサーチ術を活かし、当日訪れる起業家の経歴や事業内容、趣味嗜好をすべて頭の中に入れ、やりたい事業案を準備し、準備万端で臨んでいた。中居がどうしていたかはその時語られることはなかった。自分が何したのかが大事なのだろうと思った。


そして、いざ当日その起業家と会う日が来たのだ。部屋に入った瞬間、ただものではないオーラを感じたという。すごく愛想が良く、優しそうな顔をしている反面、どこか彼の琴線に触れてはならない。そんなことを思ったという。

「初めまして。起業準備中で今○○株式会社でインターンをしております。伊藤健と申します。」

彼が話した。ファーストアクションは大事であると彼はリサーチから知っていたため、丁重に挨拶をした。

「同じく○○株式会社でインターンをしております。中居です。」

中居の話が終わった後に、起業家の自己紹介に入った。「どうぞ、おかけになってください。」と伊藤が声をかけ、準備してきたアイスブレイクもそつなくこなした。ベスティー行けますよ。と。

しかし、起業家の目に伊藤は映っておらず、中居が移っており、中居はそのままの流れでその場を取り仕切り、自分の事業内容を話した。

彼も資金調達がしたかったとのこと。金額は100万円。資金調達としては少額であるとのこと。

彼は自分の事業がどのくらい需要にフィットするかを試すために簡易的なアプリケーションを知り合いのエンジニアに依頼するという。そして、その知り合いのエンジニアに人件費を払うこと。そして、アプリケーションを展開するための運用費をざっと見積もり100万と話した。

なによりも中居は「あなたに出していただきたい。」とエピソードをつけ、それらしいことを語ったそうだ。

「いいよ。」と二つ返事が来た。「おそらく100万円じゃ足りない。想定外のこともあると思うから、ただ試すだけでも初めてなら倍はかかる可能性はあるかな。それに事業プランも甘い。だからこのままでいけとは言わない。ただ、君という人材に関してはものすごく期待をしている。人間性がいい。まずは知り合いであってもお金を払うという姿勢。そして、人とのつながりを大切にする姿勢が大事で。この謙虚さとお金に対する尊さを分かっている人間なら今は未熟であっても必ず成功する。」

「ありがとうございます。この資金を無駄にせず、真剣に事業に取り組ませていただきたいと思います。」中居はそう答え、横にただ聞くだけであった伊藤にパスを回した。

伊藤はさぞかしやる気であった。これまでの準備の成果を無駄にしないと思い、一呼吸付き口を開いた。が

「右は成功しないね。お金は出さない。」

と単刀直入に言われてしまったが、彼は食い下がり

「どうしてですか。まだ話もしてないじゃないですか!」

と冗談めいて見せた。中居と起業家は苦笑いした。これでも、彼なりの機転だったのだろう。

その後に彼は間髪入れずに「起業家は持たざる者の逆転劇という言葉に感銘を受けて、私も起業家を目指し始めて...」

「いや、限度あるやろ」

起業家の返答は、鋭い刃となってベスティーの心を貫いた。


私は彼は起業家として何が正解かが分からなくなったのだろうと考えた。何より失敗を恐れない性格であったため、失敗で落ち込むということはないだろうと。

彼の信念が壊れてしまった。彼がいなくなってしまった。彼が目指していたものが悪夢であった。

起業家からの冥途の土産は、彼が見たくもなかった現実と共に添えられた。

「大体お前今まで何してたん?俺が君の年のころは、もっとやってたよ。中居君は、今までの人生頑張ってるのよ。ビジネスではあまちゃん。でも、ビジネス以外はちゃんと結果残してきている。君は何?何ができるの?気合い?やる気?準備力?そんなのみんなる世界で戦うのに?それでも勝ち抜けるかもしれない何かを君は持ってない。そういう人間を薄っぺらいと言うんだよ。」


最後に中居に。

「こんな経験ある?」

「ない。」

伊藤健が夢を諦めるには、この一言で十分だった。


ベスティーは...もう無理でしょ。


なんか私まで彼が主人公の端役になったように思えたが、正直そう思った。

ベスティーと彼が呼ばれたがっていたのも、自分の理念を守るために名前を付けたに他ならない。

そんなものどこにもないのに。どこにもないものを作るために起業家になったはずなのに、彼は何も作っていない。

彼はやったことを話しているだけで、成果を聞いていない。というか会社以外で何をしていたの?と思う。

じゃあ面白くない話させられたついでに、1モブキャラとしてベスティーに問いかけましょう。


「生き方間違ってない?」


「向いてないんだってそのやり方。それに社会人としてもう働けてるレベルだし、起業家紹介してくれるってそういうことじゃないの?」

「俺は起業家として――」

「起業家として?」

「起業家として…」


何も言えないでしょ。


もうこれ以上は何も言わない。なんかめんどくさそう笑


ベスティーは「起業家として成功したい」というよりかは、「自分みたいな人間でも成功できるということを証明したい」が先行している。それは正直、起業家じゃなくてもできる。

なんで自分の居心地の悪い場所で頑張るんだろう。頑張れる場所なんて無限にあるのに。

彼を尊敬していたのは、彼がその場所で活躍できていると思っていたからであって、そんな息継ぎもままならず「無呼吸で泳げよ!」みたいなイズムを掲げているようじゃ私は頷けなくなる。ちゃんと泳げているのかと思った。

水泳で例えるなら、確かに肺活量を鍛えることが効率よく泳ぐために必要とされていることかもしれない。しかし、本番は息継ぎなしで泳げと言われるかというと、そうではなく、「息継ぎを使ってどう早く泳ぐか?」が大事になる。

そういう意味で彼は、「息継ぎをしない」ということにのみに重点がかっていると思われる。しかし、水泳で大事なのは重要な要素を総合力高く備えることである。肺活量だけでなく、フォーム、基礎体力、体の休ませ方、メンタルコントロール、目標達成のための計画力、その場の適応力...酒に酔っていてもこれくらい思い浮かぶ。

その総合力を高めるために、無理をして長い時間働くということをしていたのだろうが、いつの間にか「息継ぎをしない」ということにのみ重点が行ってしまい、自分を忘れて今の彼に至るのではないかと考えた。


上手くやっていたのは中居の方だ。伊藤の話の中では、中居の努力について語られることはなかった。しかし、中居は人からは努力しているかどうかわからないほどの最小限の努力で資金調達をしてみせた。彼は総合力を高めるために、重点を絞って作業することもあっただろうが、総合力が大事であるということを忘れていない。その上で武器を見つけて、その武器を用いて戦ったのだ。と言うよりかは、努力していたのだが、それを見せていなかったのだろう。

それが「優しい」ということなのだ。多分「優しい」も多様な側面があり、どの角度から見てもきっと輝くものなのだろう。苦労してないように見せるのも中居の努力であり優しさだったのだ。

比べて、彼はどこからか調べた起業家の話にまんまとハマった。リサーチが仇となっている。

中居が何故うまくいっているかリサーチできなかったんだろうね。

私は特に何かを考えていたわけではなかったが

「リサーチだけに頼るの辞めてみたら?」

と言ってみた。


迷惑をかけた。ということで今日はベスティーに奢ってもらうこととなった。

それにしても、どうして彼みたいな人が生まれるんだろう。と不思議に思う。

合唱コンクールで号泣するクラスメイト、文化祭ですべってしまう特に目立たない人、就職活動のインターンでやけに社員に絡む人、

そして、ベスティー。

すべて同じ匂いがする。私は身の丈に合った幸せを意識しているため就職活動は焦ったものの、自分が何となくでも生きていけることを大事にしてきた。

現代は「成長が大事!」と言われることがあるが、あれは、そのまま飲み込むとベスティーみたいになってしまう。

だけど、きっと私がベスティーに対して尊敬の念が今日でなくなったことも成長なのだと思う。まぁリサーチできないから分からないけど笑

成長できずに私が死ぬようなキャリアになったとしても、それはそれだし、かといって成長のために自分を追い込むことは現代社会が生んだ新しい

自殺方法に過ぎない。

彼はそのことに自分で気付くしかない。

皮肉なことに彼は人生を前向きに生きようと努力しているにもかかわらず、人から助けてもらうことが少なくなる。

確かに、彼はエゴを前に出しすぎてしまっていたが、それを1つの失敗として受け入れられることはない。

きっと彼の周りは「成長しろ」というくせに、「お前は変われない」と言う人ばかりいるんだろう。

そんな環境で中居みたいな成功者がいるからこそ、彼はもっと気付けない。自分には何かが足りないんだ!と

ただ、根本が間違っているので、彼は問題点をリサーチ力が足りない。とかコミュニケーション能力の不足。とかそういう能力面の問題に行き着くだろう。

本当は「彼が置かれている環境が彼に合わない」ことが問題なのに。

そして、その問題を解決することは適応するか環境を変えるかの2択なので、適応できなければ死が待ち受けており、環境を変えることは現代社会では死ぬだとかなんだとか言われて結局変えることはできない。

とはいえど、ベスティーの言うことは一理あり、成長とは「自分に不相応な場所に適応すること」でもあるため、このバランスを見付けることは容易ではない。

なんとなーく生きていくぐらいで実は大丈夫だったりする。

というより、「なんとなくで生きていける」という自信が必要だったりする。


なんだかんだスッキリしたなと私は思いにふけていると、居酒屋の最寄り駅に着いた。

彼は私と別れる時も今まで起きたことを消化できていないように思えた。

「気をつけてね」と私が言うと、「電車に轢かれて死なないよ」と伊藤が返した。彼なりの気遣いなのだろう。

私が心配しているのは、電車に轢かれることより、満員電車に乗せられ、「自分はやっぱりこの満員電車に乗っている人たちと同じような末路を辿ってしまうのか。」と変に考えを巡らせて、精神がダメにならないかの方が気に掛かっている。

「電車も気をつけてね。」

「電車も?」

「うん。電車も。」

「どういうこと?」

「そういうことだから。じゃあね。」

彼はスマホを取り出したが、ポケットにしまい、ホームを降りていった。


※この物語はフィクションです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベスティー @Syosinn0726

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画