第4話 ク・ズィラへの旅立ち
「この道じゃ、なかったのかよ。このクジラが連れて行ってくれるんじゃなかったのかよ。シャディム!」
俺の身体に感じていたシャディムの重みとぬくもりが、ふっと消えた。彼女が立ち上がったのだ。そして、笑っている。
「連れて行ってくれるよ。このクジラが。このクジラごと。ク・ズィラへ」
「やっぱり。このクジラは寿命なんだな」
クジラは死期を迎えると流砂に潜って自らの死ぬ姿を見せない。自分の身体を自分で溶かすとは聞いたことはあったが、それは本当の事だったのだ。
俺は無性にその運命が悲しく思えて涙を流した。
「エッジの優しいところ、本当に好きだよ」
そう言って唇で涙を拭ったシャディムの気配が遠ざかる。ぬちゃりぬちゃりと、嫌な足音を立てて。
追いかけようと俺も立ち上がったが、踏み出した右足は既に溶けてなくなっていた。「ここは流砂の終点。輪廻の終点。エッジとこのクジラにとっては、ね。でも私は違う」
歩みを止めずシャディムは言った。
「どういう意味だよ、それ」
応えることなく歩くシャディムの先に、見えるはずのないものが見えた。
雲間から射す陽光のように、一筋の光がシャディムの進むべき道を照らしている。
その光に包まれたシャディムは、幼い姿に戻っていた。俺が初めて彼女と出会った時のように。
「一緒に行けなくてごめんなさい、エッジ。私はまだ罪を償わなくちゃいけないの。人に愛を教えなきゃいけないの。でも安心してね。あなたは私のことも辛いことも全部忘れるから」
そのシャディムの言葉を全て聞き終える前に、俺はクジラと共に溶けて無になっていた。
シャディム
ニルヴァーナの鯨 了
ニルヴァーナの鯨 西野ゆう @ukizm
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