第3話 苦しみも憎しみも愛も
何もない。
シャディムの持つ小さな灯りがなければ真の闇なのだろう。
ここはクジラの中。流砂の中を深く潜っているようで振動が絶えず伝わってくる。
「なあ、あとどのくらいで着くか、なんて分かるわけないか」
シャディムは上等なベッドのように柔らかなクジラの床に横たわっている俺に身体を預けてうとうとしている。
「うん。分かんない。分かんないけど、そんなにかからないはず」
「なんでそう言えるんだ」
「だって、あっという間だって。着いてしまえば何もかもあっという間で、過去の全てが遠く感じるって」
書いてあった。確かにモーティからの手紙にはそう書いてあった。だが、それは着いてからの話だ。
モーティが俺たちの前から姿を消して、もう八回も「収穫の炎」を見ている。四回も「重なる太陽」を見ている。俺たちもとっくに子供ではなくなった。
そもそも、あの手紙だ。
「モーティからの手紙って、本当にモーティが書いたものなのかな」
俺が呟いたのと、クジラの動きが止まったのはほぼ同時だった。シャディムから笑顔が消えたのも。小さな灯りが消えたのも。
真の闇には、何も存在していないかのようだった。
俺も、シャディムも、苦しみも、憎しみも、シャディムへの愛さえも。
ただ、クジラの床に異変が起きたのは確かだ。
全てを無に帰す液体がどこからともなく流れてきていた。
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