朝の魔法使い

@magutan

第1話


   1


「ちょっと、君」

 朝、声をかけられた。「君には、魔法使いの素質がある」

 知らない人。男。二十代後半か、三十代前半くらい。スーツを着てる。たぶんサラリーマン。

 変態かな、とまず思った。

 住宅街。スマホを見ながら歩く女子高生。周りには他に人がいない。何かしてやるには、ちょうどいいと思われたんだろうか。馬鹿馬鹿しい問いかけをして油断させてから、の何か。通りすがりにいきなり触られるよりはましかもしれないけれど、冗談じゃない、何か、を私は絶対に許したりはしない。

「あの、何ですか?」

 肩にかけているスクールバッグの持ち手をぎゅっと握って尋ねた。無視しなかったのは、立ち止まってしまったし、どうせ、もう学校には遅刻してるから。手を伸ばして来たら、蹴るか、バッグで殴るかだ。

「だから、君には魔法使いの素質があるんだよ。君は魔法が使えるんだ」

 男は、クソ真面目な顔で言う。いや、むしろ、半分怒っているみたいだ。なんで言っていることが理解できないんだ、この馬鹿な小娘がって。

「はあ、どんな魔法ですか?」

 投げやりに、私は言った。もう、さっさと話を切り上げて歩き出したい。こんなやつに、見下されたくない。

「それは君にしか分からない」

「はあ」

「君の内にある魔法の力を引き出せるのは君だけだ。魔法使いだと自覚したとき、内に眠る魔法の力を君は手にする。どんな魔法かは、そのとき分かる」

「それって、お金を増やす魔法、の場合も?」

「その場合もある」

「自覚しました」

「してない」

 男は、私をにらんだ。「魔法使いとは、こんなところで、気楽に自覚するものではない。君は早朝、部屋のカーテンを開け、太陽に向かって、私は魔法使いだ、と言うんだ。くもりだったり、雨や雪が降っていて太陽が見えなくても、その方向へ。それから、自分がどんな魔法が使えるようになったか、試し、探りなさい。なかなかその魔法を見つけられず、心が折れそうになったら、また早朝、太陽に向かって、宣言しなさい」

「私は魔法使いだ?」

「そう」

 男は頷くと、

「では、私はこれで」

 私の進路とは逆の方へ、去って行った。


 翌朝、私は早速、太陽に宣言し、お金を増やす魔法を財布に向かって試した。けれど、何も起こらなかった。

 一日中、試した。お菓子を増やす魔法、学校までちょっと距離が短くなる魔法、忘れていた宿題がすぐにできる魔法、お弁当のおかずが一品増える魔法。などなど。

 どれも、駄目だった。

 仕方ないので、翌日、また宣言をし、新たな魔法を多々試した。が、駄目だった(道に水たまりを出す魔法なんて、出来たと思ったら、そばの家の、庭の水撒きの水がたまたま飛んで来ただけだった)。



 私は、何日も、宣言をし、試した。あきらめられなかった。あの男は変なやつだったけれど、別れるとき、あいつが私に背を向けて、私が一瞬目をつぶってため息をつき、またあいつの方を見たとき、ありえないぐらい遠くに、その背中があったから。


   2


 内なる魔法の力を目覚めさせることを、すっかりあきらめたころ、私の前の席の友人が言った。

「最近、全然遅刻しなくなったね」

「え? あ、そうだね」

 魔法の儀式のせいで、早起きがくせになって、家を出る時間も早くなったのだ。儀式をやめた今でも。

「前はぎりぎりか遅刻で、おはようも、ろくに言えなかったよね」

「うん」

「今は、こうして、朝の時間に、ちょっと話せるの、いいね」

「うん」

 私は、朝の教室を見渡す。

 確かに、そうだ。私は、みんなに、おはよう、を言う数が増えた。滅多に話さない子と目が合って、挨拶して、何読んでんのお、なんて聞いちゃったりしてる。


 

 あ。

 これか。

 しっくり来た。

 学校に遅刻しない魔法。

 これが私の魔法だ。


 こんな魔法(笑)。


 

 まあ、悪くないね。

 そう、あの男に報告してやりたいけれど、あれから、会っていない。私が家を出る時間が変わったからかもしれないけれど、あの時間帯にあの男に会うのは、あのときが初めてだったから、きっと、あの魔法使いは、どこかで、魔法の素質のある人に、今も声をかけているんだと思う。

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