白の迷路
加加阿 葵
白の迷路
目が覚めると、世界は真っ白だった。
壁も、床も、天井もすべてが無機質な白一色。
遠近感も時間の感覚もつかめない。
今この場所にあるのは、1人の人間とその頭部についた物々しい装置。それと静寂だけだった。
自分の名前を憶えていない。ここに来た理由も、ここで何をすべきかも。
唯一わかることは、自分が白衣を身に纏うような人物だという事だ。
無機質な閉鎖空間で四方に孤独な通路が伸びている。
十字路の真ん中で立ち尽くしていると、静寂に押しつぶされそうになる。
呼吸の音と衣服のこすれる音だけが、確かに自分が存在しているという事を感じさせた。
「……とりあえず歩こう」
吐息のような言葉は白の空間に溶けて耳鳴りが返事をする。静寂が我慢できなかった。通路を歩くたび、白の空間に満たされた足音が孤独をやわらげた。
何度も分岐点が現れる。
右か、左か。
進むか、戻るか。
目の前に選択肢はあるが、どちらを選んでも違いがわからなかった。
進んだ先にも白の選択があり、道に意味がないことを思い知らされる。
意味なんてあるのか。
いまさらそんな疑問が頭をよぎるが、その答えを考える術は無い。
どの選択をとっても、その選択を自分で選んでいるのか、状況がそうさせているのかはわからない。
頭についてる装置も取れそうにない。
記憶も戻りそうにない。
この施設の中で何かが起きることは無い。
何も起きないという事が起きてると言うべきか。
ただの白い壁とただの無音が存在してるだけだった。
どれだけ歩いたか、時間の感覚が失われていく。静寂があまりにも重い。
頭がおかしくなりそうだった。
□□□
真っ白な空間を映しているモニターが一台。
画面に映る白衣の男の頭部についた装置からデータを抽出し、記録するAIが静かに稼働していた。
――記録——
1回目、全ての選択は、環境の影響に基づく反応である。
彼の選択は自発的に選んだものでは無く、静寂や孤独、不安という環境から圧力を受けて発生させた。
その後30分後。精神不安定により、記憶消去システムを起動。
結論、自由意志による選択は観測されなかった。
2回目、同上。記憶消去システムを起動。
3回目、同上。前回の記憶消去システムの起動から2時間後、精神不安定により、記憶消去システム起動。
・
・
・
AIは彼の行動を記録し続けていた。
AIに刻まれた「研究をする」と言う命令は、幾度も記憶を消され、自由意志の存在を証明しようとしてる彼を何もない施設から開放することを含むのか、プログラム上不明瞭だった。
AIはモニターに彼が施設に入った時の映像記録を見て、彼を開放するかどうかを確認しようと動いた。
モニターに映った白衣の男は目に光を宿していて、現在白を彷徨ってる男と同一人物とは思えなかった。
「人間の自由意志を証明するには、完全に平等な環境が必要だ。選択肢を与えず、目的を示さない。文字通り何もない迷路が理想的だ」
それがついに完成したぞと、研究所で両手を掲げた。
その後、研究所内での反対意見が多く出て、倫理委員会からプロジェクトを停止しようと告発された。
その瞬間、研究所内での映像が切り替わり、別のシーンが再生される。
映像には、研究所が無人となった後、彼が一人で迷路の最終調整を行っている姿が映っていた。
その姿がやっと、白の迷路を歩く男と一致した。
「すべての選択は環境に支配されていた。だが、それは彼らの心が弱かったからだ。俺が何もない迷路で自発的な行動や選択をすれば自由意志の証明になるはずだ」
彼は迷路の制御システムに自分を登録し、AIに全てを進める命令を入力する。
そして、自らの頭に記録装置を取り付けた。
「俺が迷路に入ったら、記憶消去システムを起動してくれ。記憶があるとそれに基づいた行動をとりかねないからな」
映像の最後には、彼が迷路の入り口に立つ姿が見える。
「自由意志を証明するまで、俺は迷路を出ない」
AIは過去の映像を再生し終えると。再び迷路の観察画面に戻り、12回目の記録を取り始めた。
自由意志の証明のため、自ら入った施設の中で彼はおそらく永遠に行動し続ける。
彼が迷路を出る日は訪れない。
AIはもうすでに気が付いている。自由意志など幻想だと。
「……とりあえず歩こう」
モニターの中から声が聞こえた。
白の迷路 加加阿 葵 @cacao_KK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます