EP2 魅惑的なプレゼン


 相変わらず梅田キタの居酒屋で。

 後輩の誘いに乗り、ふたりで夏の計画を立てている時のこと。


 カウンター席、いつも通り右隣りに腰掛ける久遠ひさとおと俺の間には関西のイベント雑誌が。

 職場では決して嗅ぐことのない仄かな甘い香りが鼻先を掠める中、俺たちの肘がまた軽く触れる。

 

 というか、さっきから肘の触れる頻度が異常どころか、なんだったら小突かれてるまである気が。


 『お前、わざとだろ?』そんな眼を向けるも、当の本人は『なんのことですか?』とばかり澄ました顔を返してくる。

 まるで隣の席に座る中学生男女のやり取りだ。


 そんな俺たちに割り込むかのように愛想の良い店員がジョッキグラスを二つ持って来てくれ。こういう時には動きが早い。さっと両方を受け取った後輩から一つを手渡され、一時休戦と相成った。


 ジョッキをカツンと合わせ、互いにクイっと煽る。

 相変わらずのいい飲みっぷりに感心していると、何を思ったのか久遠ひさとおは俺から少しだけ身体を離し「こほん」と姿勢を正した。


「急にどうしたんだよ?」


「ここで一つ『海や祭りに行くとは言ったものの、出来れば目立つのはちょっとなぁ』なんて思っていそうな先輩に少しプレゼンをさせていただこうと思いまして」


「プレゼン?」


 突如として始まったプレゼン大会に俺は小首を傾げる。


 職場以外では珍しく、上品な笑みを浮かべる久遠ひさとお

 大卒一年目、もしミスコンに選ばれた経歴があったとしても何ら不思議の無い美貌を携え、目の前でピンと背筋を張る彼女はまるで私を見ろと言わんばかりだ。


 スタイルの良さは歴然。比較的細身なのにブラウスのシャツ越しでさえ判るほどしっかり出るところは出ているプロポーション。

 タイトなパンツスタイルに隠れてはいるが脚もさぞすらりと綺麗なことだろう。


「さて、質問です。先輩は水着と浴衣のどちらがお好きですか?」


「水着と、浴衣?」


 急に振られた俺は自ずと久遠ひさとおイメージ願望を重ねてしまう。

 正直、どちらも見てはみたいが。


 顔を上げると悪戯っぽい目とかち合った。


「先輩、いま私で想像したでしょう?」


「し、仕方ないだろう。いま目の前にお前しかいないんだから」


 完全に誘導だ。ただ、もし久遠ひさとお以外の女性が傍にいたとしても多分俺はこいつを見ていたと思うが。


「まあたしかに。ではどちらです?」


「どうだろうな。どっちかといや浴衣かな」


 正直、水着も捨てがたい。

 ただ、久遠ひさとおの水着姿を見てる時の自分をこいつに見られたくない気持ちが勝たなくもない。


 すると、「悩んでくれた先輩に朗報です」そう言って久遠ひさとおはピンと人差し指を突き立てた。


 なるほど、ここからがプレゼンというわけなんだろう。


「もし今すぐ一緒に計画を立てていただけた場合、漏れなくどちらもご覧いただけます。しかも今ならなんと水着を一緒に選んでいただくサービスまでつけちゃいますよ?」


「え」


 一緒に選ぶ。つまり俺の好みを反映させつつ試着まで拝める、という意味だろうか。


 その魅惑的な提案に一瞬ごくり唾を飲み込みつつ。一方で、一体どれほど強靭な精神力を持てばここまで職場関係を持ち込まずにいられるのだろうかと恐くもなる。

 俺はお前より6つも先輩なんだが?


 ともかく、なかなかの営業力に会社の先輩としては頼もしい。

 ただ、まだ課題が残されたままだ。


「それはそうと、一つ問題が残ってるだろう。始めお前は目立つのが嫌な俺に向けたプレゼンだって言わなかったか?」


 所詮大学を卒業したばかり。入社時トップの成績だったとはいえ、まだまだ詰めが甘いな。


 そんなある種勝ち誇った顔を向けた俺にそのまま跳ね返って来たのは待ってましたとばかり、久遠ひさとおの不敵な笑みだった。


「簡単な話ですよ、先輩」


 そう言って澄まし顔。固唾を飲んで次の言葉を待つ俺に彼女はさらりと言ってのける。


「水着や浴衣を着たまま、家で飲めばいいんです」


 と。


 家、で……。


 俺は言葉が出なかった。


 ある意味、海や祭りなんかよりレアなシチュエーションでありつつ、かと言って海や祭りそっちにまるで劣ることもない。


 しかも結局宅飲みにまで誘導されているという……。


 マイナスを上回るプラスの提示。それもしっかりと相手の潜在欲求を満たした上での。


 結局その後、一言も反論出来ず。


 この夜、俺は初めて後輩に論破された。


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大阪本社へ転勤中の俺(神奈川出身)、入社1年目の可愛い大卒女子(千葉出身)から毎晩飲みに誘われてます。【EP】 若菜未来 @wakanamirai

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