大阪本社へ転勤中の俺(神奈川出身)、入社1年目の可愛い大卒女子(千葉出身)から毎晩飲みに誘われてます。【EP】

若菜未来

EP1 宅飲みの誘い

 関東の大学を卒業し、大阪に本社を置く老舗家電メーカーに勤めて早や6年と3ヶ月。


 俺、永瀬蓮実ながせはすみはいつか東京支店へ戻ることを夢見つつも、もはや戻れる気配すらなく30が視界に入ってきた今日この頃。

 ちなみに青春を柔道に捧げた俺の女性遍歴はほぼ皆無。つまり地元に残してきた彼女もいないわけで。


 そんななか、俺を毎晩飲みに誘ってくる入社1年目の大卒女子社員がいる——。


 彼女の名前は久遠ひさとお心優みゆ。俺以来となる東京支店からの転勤組だ。


 入社時の成績はトップ。人手不足の昨今だ、上層部からも相当優秀な人材と捉えられているらしく、大切に育てるようにと直属の上司だけでなく更にその上からも重々仰せつかっている期待のホープである。


 これは6ほど下の後輩彼女梅田キタにある居酒屋で飲んでいる際、俺がマッチングアプリの返信を終えた後のワンシーン。


「それにしても。どうして急にマッチングアプリなんて始めたんです?」


「なんてってなんだよ。出会いの場として結構流行ってるだろう」


 確かにこの前久遠ひさとおから指摘されたように嘘の情報も散乱してはいるんだろうが、色々な条件の下出会えるのはメリットだって多いはずだ。


「そういう意味じゃなかったんですけど。ただ、先輩なら普通に素敵な人と出会えると思ったので」


「いや、出会えてないからいまだに独り身なんだが」


「それは、今まで会った人の見る目がなかったんですよ」


「なんだよやけに褒めるな。って、お前。昨日おごったろ? 今日は駄目だからな」


「うそっ。今月はちょっと厳しいんですけど?!」


 わざとらしくおどけて見せる久遠ひさとおに俺も笑って返す。


「なんだよそれ。っつうか、そりゃこう毎日のように飲み歩いてりゃそうもなるだろう」


「だってビールの美味しい季節なんですもん。先輩と飲みたいじゃないですかぁ」


 ほろ酔いといった感じの表情がなんとも。

 『先輩と』は余計だったと思うが。


「だったら家で飲めばいいだろう。少なくともお前が来るまで俺はそうしてたし」


ですよ。一人で飲むのは寂しいので。というか先輩と飲みたいので」


 ぷくっと頬を膨らませて何を駄々っ子みたいに。子供か。

 まあ大学を卒業し立てなのだからまだ子供と言えばそうだが。


 俺ももう29目前だもんな。そんなことを思ってしまうくらいの歳になったってことなんだろう。


 それはともかく、『先輩と』って。わざわざ言い直す必要はなかったろうに。


「そうだっ」


「な、なんだよ急に。驚くだろ」


 カウンター席、右隣に座る久遠ひさとおが急に身を乗り出してくる。

 ろくなことを言わない。そんな予感が漂っているのは気のせいだろうか。


「一つ提案なんですけど。こう毎日一緒に飲んでるわけですし、今後週末は先輩のおうちで飲む。というのはどうでしょうか?」


「なに真面目な表情かおして言ってんだ。無理に決まってんだろ。というか、なんでうちに」


「だったら私のおうちでもいいですけど?」


 そう言うと意味深且つ妙に色っぽい眼を向けてくる。

 その表情は綺麗と可愛いがどちらも高水準で入り混ざるような、どうしたって魅力的なことだけは否定できないが、かと言って流される訳にはいかない。


「同じことだろう。つうか、どういうつもりで言ってんだよ」


「どういうって。単に安く済ませるためですけど」


「あぁ、そういう——」


 ——ことな……。


「あれ、もしかして先輩——」


「な、なんだよ」


「いえ。別になんでも」


 そう言ってグラスを口に運んだ久遠ひさとおに続き、俺もクイっとひと飲みあおる。


 一瞬、騙されそうになった自分に後悔の念を抱きつつ、涼し気に何かを感付いたような後輩の表情かおが恨めしい。


 そんな中、


 こいつと宅飲みしてる未来もそう遠くなさそうだなと、俺は内心でひとり溜息をいていた。


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