第3話 復讐完了

 男が私達を連れてきたのは小高い丘の上にある墓の前だった。


「ここに妻と息子が眠ってるんだ」


 その言葉とともに男の表情がめまぐるしく変化する。この男の中では今、悲しみと怒りが入り交じっているのだろう。そんな負の感情でさえ、私にとっては憧れだ。


 男から、領主の息子が住んでいる場所や行動パターンをできるだけ聞き出す。ついでに家族構成や手下がどのくらいいるのかも確認しておいた。復讐する場合は、のちに禍根を残さないように関係者は一人残らず消せと本にも書いてあったからな。


 男から情報を得た私達は、早速、領主の息子が住むという館へ案内してもらった。


秘名消ヒナゲシ


 私は隠密魔法を創造し、全員の姿を隠す。


 しばらく待っていると、金髪に釣り目の若い男が、がたいのいい男を数人連れて領主の館から出てきた。男が言っていた風貌にそっくりだ。あれが領主の息子に違いない。横では男が歯ぎしりをしている。なるほど、これが怒りをこらえている人間の正しい反応か。


 私達は姿を隠したまま、この一団の後を追う。



 ▽▽▽



 ドガン!


 ヤツらはとある一軒家の前で止まったかと思うと、領主の息子の命令で護衛の一人がドアを蹴破った。なるほど次の生け贄がいたようだ。疑ってはいなかったが、男の言っていることは真実だと証明された。


 家の中から何かが壊れる音が聞こえ、少しすると領主の息子が一人の女性の髪を引っ張りながら出てきた。すぐにその夫と思われる男も追いかけてきたが、護衛に足蹴にされ地面に倒れ込んでしまう。


「あいつらふざけやがって!」


 私が止める間もなく、依頼人の男が飛び出した。確かこの男の話では、護衛達に全く歯が立たずにやられたのでは? 止められないとわかっているのになぜ飛び出す?


「お前らその汚い手を放せ! うがぁ!?」


 案の定、飛び出した男は領主の息子にたどり着く前に護衛に殴り飛ばされる。


「おいおい、誰かと思えば昨日の旦那さんじゃないか。お前さんのとこの奥さんと子どもは元気にやってるか? ひゃはははは!」


「おま、おま、おまえが、おまえがぁぁぁ、ああ、ううぅ」


 何をやってるんだこの男は? そりゃそうなるだろう。護衛に殴られ、領主の息子に煽られて、わざわざ心の傷も身体の傷も増やしにいったようなもんじゃないか。


「泣くな、泣くな! 子どもが悲しがるぞ! あっ、昨日首ちょんぱでお亡くなりになったんだったか?」


 護衛の男達も領主の息子に被せるように罵声を浴びせる。ああ、男が怒ってまた護衛達に殴りかかっていく。妻を奪われた旦那も一緒に食ってかかってるけど、敵うわけないだろう。ほら、逆に囲まれてボコボコに蹴られてるし。


「あんたたち! ずいぶんひどいことをやってるわね! でも、もうお終いなんだから! あたしが来たからには、悪いやつはけっちょんけっちょんにしてやるわ!」


 おや、ちびっ子女神もいつの間にか飛び出してるじゃないか。これはあれか、飛び出さなかった私が間違ってるのか?


「なんだこのちんちくりんながきんちょは? ここらでは見かけない顔だな。だが見た目は悪くない。こいつも一緒に連れてってやるか」


「坊ちゃん、こんなガキのどこがいいんですか? 女ならもっとこう、グラマーじゃないと!」


 ふむ。こいつらチョコまで連れて行くつもりか。なかなか欲が深いようだな。


「ガキとはなんなのよ! あたしはこう見えてもこの世界を作った女神なんだからね! 女神にたてついたあんた達は死刑だよ、死刑! さあ、カイさんやっておしまい!」


 そんなヤツらに女神さんも相当お怒りのようだ。自分のこと女神だってバラしているし。向こうが信じてないみたいだからいいけど、あんまり人前で女神とは言わない方がいい気がする。


 さて、完全に登場するタイミングを間違えたみたいだけど、ご指名されたから出ていくとするか。


「そこまでにしてもらおうか」


 私はちびっ子女神を連れ去ろうとしていた護衛の腕を捻り上げ、静かに会話に割って入った。


「まーた変なのが出てきたな。悪いことは言わない。痛い目に遭いたくなかったら、回れ右して来た道を戻るんだな」


 領主の息子は空いている右手で追い払う仕草を見せる。左手は相変わらず女性の髪を掴んだままだ。


「頼む。妻を連れて行かないでくれ……俺はどうなってもいいから、妻は返してくれ」


 傷だらけの旦那が泣きながら懇願している。それを見ている妻も必死に旦那の元へと向かうが、髪の毛を引っ張られ転んでしまった。


「平民がこの俺様に命令するのか? この女は俺様がもらうことに決めたんだよ! たっぷり楽しませてもらった後は、部下達にくれてやるつもりだ。俺様の部下は乱暴者が多いからな。最後まで壊れずにいられたらその時は返してやるよ。あひゃひゃひゃひゃ!」


 この領主の息子とやらは何がそんなに楽しいのだろうか? 全く理解できないな。だが、私がなすべきことはわかっている。結んだ契約を履行することだ。


 まずは護衛達を無力化するか。


雷落来ライラック


 私が創造した雷魔法が、護衛達の頭上に降り注ぐ。おっと、威力が強すぎて全員黒焦げになってしまった。まあ、彼らの人生がここで終わろうと私にとっては全く問題がないが。


「ひっ!? 何だオマエは!? 何をした!? 俺様はこの国の領主の息子だぞ!? わかってるのか!?」


 護衛を皆殺しにしてやったら、領主の息子は明らかに怯えているようだった。その隙に掴まっていた女性が逃げ出すことに成功し、夫の元へと駆け寄る。二人がしっかりと抱き合ってるのを見て、そんなに強く抱きしめられたら蹴られた傷が痛くならないのかと疑問に思った。


冷震澄ヒヤシンス


 女性を手放してしまい人質がいなくなってまずいと思ったのか、領主の息子が逃げだそうとしたので氷魔法を創造し下半身を凍らせてやった。これで逃げることはできまい。


「なんだ!? 何だこの氷は? おい! お前がやったのか!? 今すぐこれを消せ! それなら一発ぶん殴るだけで許してやる!」


 大丈夫かこいつ。自分の状況を正しく理解できているのか? 仕方がない、もう少し立場というものをわからせてやるか。私はさらに胸まで凍らせる。


「待て! 待て! わかった。殴るのはなしにしてやる。だからこの氷を消せ!」


 領主の息子は必死に氷を壊そうと両手の拳を叩きつけている。手の皮がむけ、血が氷にしたたり落ちる。


「さて、後は任せる」


 私が後ろの男達に声をかけると、領主の息子が顔を上げた。その顔はすっかり青ざめしまっている。少し冷やしすぎたか?


「こいつが……こいつが俺の妻と息子を!! 死ね! 死んじまえ!」

「よくも妻を連れて行こうとしたな! 許さんぞ!」

「あたいの旦那に傷を負わせやがって! 殺してやる!」


「止めろ! 止めろ! 俺は領主の息子だぞ! 俺様のおかげで、お前達はこの国で生きいていられるんだぞ!」


 依頼人の男が、妻が連れ去られるところだった旦那が、その旦那の妻が、憤怒の怒りを仇にぶつける。ドラマにすればクライマックスのワンシーンになりそうだが、目の前で起こっている出来事にもかかわらず、私の心は何も感じない。わかってはいたが、結構重症なようだ。


 三人に、いやなぜか女神チョコも加わって四人に殴られている領主の息子はぐったりして動かない。おそらくもう事切れているだろう。

 それでは最後の仕上げといくか。

 

禁黙星キンモクセイ


 私が上空に魔法で作りだしたのは星のような巨大な岩石。領主を殴っていた彼らがが、思わず手を止め見入ってしまうくらいの存在感だ。


 その岩石を領主の館の上に落とす。遅れてくる轟音と砂煙。領主一家が館にいることは確認済み。これで私達が復讐されることもないだろう。振り向いた私の目に映ったのは、呆然と立ち尽くすチョコと男達であった。



 ▽▽▽



「これでよかったのか?」


「ああ、おかげで復讐を果たすことができたよ。ありがとう……」


 あの後、男が復讐を果たした報告をしたいと言ったので、小高い丘の上の墓に戻ってきた。そこで男から心がこもっているであろうお礼をもらったが、残念なことに私の心はぴくりとも動かなかった。


「それで、あんたはこれからどうするのさ?」


 そんな私の自己分析には気づかずにチョコが男に尋ねる。


「……妻と子どもは俺の全てだった。妻と子どもを失った俺にはもう生きる気力はないのさ。頼む。俺を殺してくれないか?」


 男が答える。なるほど。この男の言うことには一理あるな。納得できる回答だ。であれば、依頼を引き受けたよしみで最後の願いも叶えてあげるとするか。多分、それが人情ってやつなんだと思う。なあに、追加料金はいらないさ。


悲無悔死ヒナゲシ


 私が創造した即死魔法で男は苦しむことなく、静かに息を引き取った。


「なにしてんのよぉぉぉぉ!? なんで迷いもなく殺すの!? おかしいよね!? あんた間違ってるわよ! ちょっと来なさい! あたしが人の心について教えてあげるから!」


 怒られた。きちんと自分で考えて答えを出したのに怒られた。私の横で女神が滔々とうとうと説教するのを聞きながら、私は男の墓を妻と子どもの墓の間に作ってやった。


「こういう場合は墓に花を手向けるべきなのか?」


 男を埋葬し終えたところでふと思いついたことが口をつく。


「なんで殺すのは迷わないのに、そこに疑問を持つのかしら……それからあんた、まさかとは思うけど、コイントスで決めようとしてないでしょうね?」


 チョコの言葉は聞こえないふりをして、金貨を弾く。表なら花を添える。裏ならこのまま立ち去ると決めたから。


 くるくると回りながら宙を舞う金貨を空中でキャッチする。その手をそっと開くと金貨の表の面が目に入った。


「表か……」


 私は創造魔法でラベンダーを三本作り出す。確か、ラベンダーの花言葉は『幸せが来る』だったよな。この親子が天国で幸せに暮らせることを願って、私はこの花を選んで墓に置いた。


「ふん。感情のないあなたにしてはいい選択じゃないの」


 なぜか機嫌が直っている女神チョコが私の手を握る。


「困ってる人はまだたくさんいるはずよ! ぜーんぶ助けて徳を積めば、上司の目に止まってあたしも神界に帰れるかもしれないからね! さあ、行くわよ!」


 感情豊かな小さな女神に手を引かれながら、なぜ自分が数ある花の中からラベンダーを選んだのか考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ざまぁ代行勇者 ももぱぱ @momo-papa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画