第2話 コイントス
女神の案内で無事街に着いた私は、冒険者ギルドなるところで、デビルベアーの爪と魔石を売り払った。
女神……チョコの言った通り、私達の格好は少々目立っているようで、すれ違う人々から奇異の視線を向けられた。これは早めに服をなんとかしないとな。
ギルドでデビルベアーの爪と魔石を出したとき、自分で倒したと伝えたら、冒険者にならないかと誘われた。この魔物を倒せる者はそれほど多くはないらしい。だか、しっかり断っておいた。この世界でなにをするかまだ決めていないから。
爪と魔石を売って得たお金は金貨五枚。この世界では金貨一枚十万円ほどだそうだ。魔物をたった一頭魔法で倒して五十万円とは、ずいぶんお金を稼ぐのが簡単な世界だな。
金貨を
「いらっしゃいませ」
店員の女性が愛想よく声をかけてくる。私もいつか、愛想よくという感情表現ができるようになるのだろうか。
それにしても、ふと疑問に思ったが普通に言葉が通じるんだな。チョコに確認したら、それはあの真っ白な空間で力を与えた時に、一緒に言葉がわかるようにしてくれていたらしい。女神の力を失う前につけておいてくれてよかったよ。
店でこの世界の標準的な服を買い、簡素な革鎧も身につけておいた。この方が舐められないで済むらしい。
チョコは……なぜにメイド服? 小学生のメイド連れとか、捕まらないだろうな?
服装を整えた私達は、金貨二枚を払い店を出た。ちなみに代金のほとんどはメイド服だったがな。まあ、この世界のことを教えてもらえる授業料と思えば問題ない。
続いて私達は腹ごしらえをすることにした。女神は神界では食事を摂らないらしく、この世界のご飯が食べられることに大興奮だった。
この女神、こんな状況なのにずいぶん楽しそうだ。つくづく感情があることが羨ましいと思ってしまう。
さて、そんな女神を横目に私はよくわからない魔物の肉と野菜を食べながら、これからのことについて考える。
目の前で肉の塊にかぶりついている女神は、私はこの世界で勇者にでも魔王にでもなれると言った。
勇者となって人に感謝されるのと、魔王となって人々に恐れられるのでは、どちらが私の心に響くのか。感情を取り戻すためには、どちらを目指すのがよいのか。
考えてもわかるものではない。
「この金貨を投げて、表が出たらこの力を人助けに使う。裏が出たらこの世界を破壊する」
私は自分の考えを言葉にして、金貨を親指の上に置く。
「ぶぅぅぅ!?」
汚いな。チョコが飲みかけのスープを吹き出した。危なく私にかかるところだったが、素晴らしい身体能力を発揮して避けることができた。
「あんた突然何を言い出すの!? 人助けはいいとして、なんで世界を破壊するって選択肢が出てくるのよ!? しかも、そんな大事な決断をコイントスで決める!? 自分で考えて決めなさいよ!」
はて、魔王にもなれるって言ったのはこいつじゃなかったのか? それに、私にとって人を救おうが殺そうが大した違いはない。考えたところで結論は出ないのだから、コイントスで決めるのが合理的なのだ。
「よし、考えた。じゃあ、コイントスで決めるぞ」
私は、言葉を失って口をぱくぱくさせているチョコを尻目に、親指で金貨を弾いた。
くるくると回転しながら宙を舞う金色のコイン。やけにゆっくり落ちてきたそれを、手の甲で受け止めて反対の手で隠す。
さて、表が出るか裏が出るのかどっちかな?
私はゆっくりと手を開いていく。小さな女神も身体を乗り出して覗き込んでいる。
「裏か、よし世界を滅ぼすとするか」
「ちがう! ちがーう! これ表だから! この世界ではこれが表だから!!」
裏が出たから世界を滅ぼすことに決めたのに、チョコが難癖をつけてきた。往生際が悪いやつめ。
だが、あまりにもこっちが表だとうるさいので、料理を運んでいた店員に確認してやることにした。
「忙しいところをちょっとすまない。この金貨はこっちが裏で間違いないか?」
「いやーお客さん。そっちは表ですよ。それより、そんなにお金持ちなら追加の注文はいかがですか?」
おっと、本当にこっちが表だったのか。お腹はすでにいっぱいだから、店員の追加注文にはお断りを入れてチョコの方へと視線を動かす。
絵に描いたようなドヤ顔を見せているが、特に何も感じないな。結果的に表だったから、とりあえずこの力を人助けに使ってみるか。
「表だったようなので、この力を人助けに使ってみようと思う。何かいいアイデアはないか?」
「いや、間違えてごめんなさいとかないの?
……まあいいわ。ええと、そうね。あっ、あそこにいる男に話を聞いてみるのはどう?
昼間っから酒を飲んでぶつぶつ独り言を言ってるなんて、絶対何か上手くいってないことがあると思うわよ。あの男の悩みを聞いてあげなさいよ!」
女神チョコが指差す先には、確かに昼間から飲んだくれている男がいた。他にいいアイデアもないので、とりあえずチョコが言うように話を聞いてみることにするか。
「くそ、俺が何をしたって言うんだ! 何もかも奪いやがって! 誰か誰か助けてくれよぉぉぉ」
男の席に近づくと独り言の内容が聞こえてきた。彼は誰かに助けてほしいらしい。これは好都合だ。
私は店員にエール酒を二杯注文し、両手に持って男の向かいの席に座った。ちなみに、連れの少女は勝手に注文した二回目の料理を楽しんでいる。あの小さな身体のどこに入ってるんだか。
「私の奢りだ。飲んでくれ」
テーブルに突っ伏していた男は顔を上げ、私を見て目を大きく見開く。
「あんたは? 見ない顔だが?」
男の問にしばし考え口を開く。
「私は旅のものだが、失礼ながら先ほどの独り言が聞こえてしまって。何か力になれることがないかと思って声をかけさせて貰った」
感情は込められないが、不審がられないようにできるだけ丁寧に話しかけてみる。
「そうか。普段ならそんな怪しい話には乗らないんだが、今の俺には失うものは何もない。あんた、せめて俺の話だけでも聞いてくれるか?」
私が静かに頷くと、男は涙ながらに語り始めた。
その男はつい先日まで、裕福ではなかったが美しい妻とかわいい男の子と一緒に、三人で幸せな生活を送っていたのだとか。
だが、その妻の美しさが領主の息子の気を引いてしまった。ある日突然家にそいつがやってきて妻を強引に連れ去ろうとしたのだ。
もちろん妻は抵抗し、男と子どもは必死に止めようとしたのだが、そいつの護衛が抜いた剣がタイミング悪く男の子が当たってしまい、男の子は首をはねられ即死。
目の前で子どもを失い、自らも連れて行かれそうになった妻は、男に『ごめんなさい』と一言告げて、護身用にと持っていた短剣を自分の胸に突き刺した。
妻が死んだことで、領主の息子は男を蹴り飛ばし屋敷へと戻っていったそうだ。血まみれになった二人の死体とそのそばで泣きじゃくる男を残して。
なるほど。感情のない私が聞いても胸が悪くなりそうな話だな。だが、それがいい。この男の恨みが深いのは見てわかる。このどす黒い感情から生まれた感謝の言葉を貰えば、私の心にも何か変化があるかもしれない。
「つまり、その領主の息子に復讐したいのだな?」
男は泣くのも忘れて不思議そうな顔で私を見つめた。
「えっ? まさか俺の代わりに復讐してくれるとでも?」
返事の代わりに右手を前に出す。男はその右手を恐る恐る握り返してきた。
「これで契約成立だ。この後の話はここで話す内容ではなさそうだな」
「ああ、それならいい場所がある。ついて来てくれ」
これから話す内容は、領主の息子に復讐するための計画だ。人に聞かれない場所の方がいいだろう。
「ほら、もう行くぞ」
「ひょっとまっへぇ。ほれたけ、たへさへぇて〜」
巨大な肉の塊にかぶりつくチョコを引き剥がし、代金を支払ってから男について店を後にした。
「連れがいたのか……深くは追求しないが、いい趣味してるな」
店を出てすぐに男に言われた。なるほど。私は趣味がいいらしい。褒めてくれた男に軽く頭を下げてから、チョコと一緒に男についていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます