第6話

「俺はさぁ、これしかないんだ」

「え?」

「ずっと料理しかやってこなかった俺には、これしか自慢できるもんないから……教えてあげるなんて言って、本当はいいところ見せたかっただけ」

「格好いいですよ。私には絶対出来ませんから」 

「出来たじゃん」

「それは……」


 言いかけて口ごもった菜々子の顔を平野が覗き込む。


「必死に頑張ったからです」

「そうか」


 平野は次の言葉を待つように、菜々子から目を逸らさない。


「美味しいって言ってもらいたかったんです。料理人の平野さんじゃなくて、私の好きな平野さんに……」


 平野が微笑むのと同時に、大きな身体がふわりと菜々子を包んだ。


「やっと手にしたチャンスだから、大事なレシピと引き換えにしてでも菜々子ちゃんを繋ぎ止めておきたかったんだ」

「そんなことしなくても、もう既に惚れてましたから」


 菜々子は平野の腕の中で呟いた。


「カフェで見る菜々子ちゃんはすげぇ格好よくて、近寄り難いオーラ出てたけど、料理してる時の菜々子ちゃんは余裕なくて隙だらけで……何度も後ろから抱き締めたくなったよ」


 平野の腕に力がこもるのを感じて、菜々子も平野の背中にぎゅっと腕を巻き付けた。


「菜々子ちゃんの忘れものが、俺に最高のきっかけを与えてくれたよ。これからいっぱい美味いもの食べさせてあげるから」

「そんなこと言ったら毎日来ちゃいますよ?」


 菜々子は平野の腕の中で甘えながら、自分は平野に何をしてあげられるのだろうか、と考えた。


「じゃあ時々手伝ってほしいなぁ」

「手伝うって……私がですか?」

「得意の飴色玉ねぎ」

「もうっ、やだぁ~。当分の間言われちゃいそうですね」

「一生言ってやるから」

「平野さん、本当に私のこと好きなんですかぁ?」


 悪戯な笑みを浮かべる平野に、口を尖らせながら菜々子が尋ねる。


「菜々子ちゃんは、俺に色んな作用を与えてくれるオールスパイス、かな」

「なんですかそれ」

「オールスパイスは、ひとつで三種類の香りを併せ持つスパイスだよ」

「へえ」

「菜々子ちゃんは、癒しと刺激と活力を与えてくれるから。……俺には必要不可欠な存在なんだ」


 その言葉に、菜々子はこの上ない幸せを感じた。


「可愛くて格好いい菜々子ちゃんがすげぇ好きだよ」


 甘く微笑んだ平野の顔がゆっくりと近付く。




 初めてのキスは大好きなハンバーグ味だった。






【完】

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オールスパイス 凛子 @rinko551211

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