2 金のよろいの貴公子
本来であればスープは「調理」、パン料理は「製菓」のタレントを持っている人間が作ったほうが圧倒的においしい。
しかしカイルの場合、常人には扱えない巨大な鍋やフライパンが扱えるので、「たくさんまとめて作るとおいしい」というおまけがついてくる。
「カイル、お前本当に頑張ってるなあ。うまいよ。母さんの料理みたいだ」
料理人の一人がスープをすする。
しかしそれは「母さんの料理」は王には出せない、という意味だろう。
カイルは、
「ありがとうございます」
と静かに答えて、自分のぶんのまかないを食べることにした。
カイルは世の人が「怪力」のタレントと聞いて想像するような大男ではない。
確かに背丈はある。しかしどちらかと言うとやせ型で、腕や足もふつうの人間と変わらない太さだ。
そういう体から怪力が放たれるので、騎士団に入ってすぐのころ、なめてかかった騎士団長と腕相撲をして騎士団長の腕をへし折ったことがある。
料理人になったばかりのころに、与えられた包丁のにぎりを粉々にしたこともある。
いまは力加減を覚えて、特注の包丁を使っているので、そういうことはない。
「カイルに『調理』とか『製菓』のタレントがないのがつくづく惜しいよ」
料理長はパン料理に果物のソースをかけて食べている。
カイルは自分のぶんのまかないをぱくぱくと食べた。
こちらもふつうの盛りである。「怪力」のタレントはふつうの食事をしてふつうの肉体から怪力を発揮するものだ。だからタレントなのである。
……疲れた。
カイルはこめかみのあたりをぐりぐりと押した。
いまごろラケル姫はどうしているだろう。
ファサラスハルトの王子とやらと、幸せにご馳走を食べているのだろうか。
そのファサラスハルトの王子というのは「金のよろいの貴公子」と名高い、これまた美しい顔をした逞しい王子だという。
だったら自分なんかよりずっとかラケル姫にふさわしかろう。
金のよろいなんて重たくて、常人が着られたものではないだろうなあ。タレントは「怪力」なのだろうか。
まかないを食べ終えて、皿洗いを引き受ける。
「きょうはもう解散していいぞ。カイルはどうする?」
「皿を洗いますよ。そのあとほかの人たちにまかないを届けます」
「そうか。届け終わったら、いつもの勉強をするか? ちょうど熟れてない大瓜があるから、きょうは大瓜の彫刻を教えてやろう」
「はい」
カイルは真面目にそう答えた。
厨房の料理人が食事を終えて、カイルが皿をきれいに洗った。まだまだたくさんあるスープとパン料理を皿に盛り付けて、巨大なおかもちに入れてまず騎士団の詰所に届ける。
「おーカイル! すっかり料理人が板についてきたな!」
かつてカイルが腕をへし折った騎士団長がニコニコと料理を受け取る。騎士たちも、隣国の王子がくるということでいつも以上の警備を敷いていたのであろう。
「ほれ、みんなメシの時間だ!」
「うっす」
「うぃーす」
騎士たちがぞろぞろと集まってくる。
中にはカイルの顔を見て不愉快そうな顔をするものもいる。
そりゃそうだろう、ぽっと出の貧民出身が、ラケル姫に気に入られていたのだから。
「カイル、料理人になってどんな塩梅だ?」
「毎日忙しくて楽しいですよ。騎士団も楽しかったですが」
騎士団長はカイルのことを心配しているようだった。
カイルは明らかに戦士や騎士に向いたタレントの持ち主だ。それが台所でまともに仕事できるのか、騎士団長は心配しているのだろう。
もう料理人になって一年が経つ。
「そうか……きっと陛下の気まぐれだ。いずれ騎士に戻してもらえるさ」
「いえ。俺は料理人に任命されたのであれば、料理人でいたいと思います」
「そうか? 覚悟があるんだな」
覚悟、か。
「金のよろいの貴公子とやらは、どんなでしたか」
「ああ、じかにお顔を拝んだが、そりゃあもう……ラケル姫とは美しい一つがいになるだろうというお方だったよ」
「でもうわさのよろいは着てなかったっすね」
騎士の一人がそう言う。
「そりゃそうだ宴会なんだから。すごい優男だったから、よろいが似合うかは疑問だな」
騎士団長はそういってパン料理をもぐもぐと食べた。
ちょっとだけ安心する。厨房に戻って、こんどは給仕係を務めていた侍女たちにまかないを届ける。
いつもは黒い服に白いエプロンという姿の侍女たちは、流石に宴会である、華やかな晴れ着を着ていた。
侍女といえどももともとは貴族の娘たちだ、それなりの晴れ着を持っている。城の侍女というのは貴族の娘たちの花嫁修業として定番のルートなのだという。
「ジュリアスさま美しかった~!」
「ほんとに! ラケル姫じゃなくてあたしが嫁ぎたいわ~!」
「身のほど~!」
侍女たちはまさに、フォークが転がっても面白い年ごろというやつで、ケラケラと楽しそうにおしゃべりをしていた。
「あらカイル。晩ご飯持ってきてくれたの?」
「はい。お腹が空いたでしょう」
「……そうだわ。お腹ぺっこぺこ。あんなおいしそうなもの見せつけられたら」
「あのシロガモの皮包み、おいしそうだった~!」
「ねえ、カイルって食事の味見とかってするの? するんだったらシロガモの皮包み、どんな味か教えてよ」
「いや……俺は下っ端なので。味見はできません」
「そうなの? そっかあ、やっぱりカモの皮だけむいて種なしパンに包んで食べるなんて贅沢な食べ方、我々にできるもんじゃないのよね」
「すっごい玉の輿に乗れば食べられるカモよ。カモだけに」
「きゃはは!」
いつ見ても侍女たちはみなよくしゃべる。城で貴人に仕えているときは基本的に私語厳禁なので、裏で食事するときはうわさ話や冗談で盛り上がるのだ。
「カイルの作ってくれる晩ご飯、地味においしいのよね」
「そうね、あんまり豪勢なもの食べるとお腹壊しちゃうのよ、あたし」
「あははは!」
「金のよろいの貴公子とやらはどんな方でしたか」
「ジュリアスさま? もうね、そりゃもうね、とにかくべらぼうに美しいのよ」
「そうそう! 目鼻がくっきりしてて、きれいな黒髪は波打ってて、瞳が金色で」
「背丈もすらーって高いのよ!」
「しかも『真実の愛』の話をしてたんだけど、声もきれいだし言うことも素晴らしくて」
「その『真実の愛』、本当に素晴らしいのよ。無償の愛っていうの? それこそ真実の愛だって」
「それよ! 互いに愛し合うことこそ真実、って言ってらしたわ」
そうなのか。
そんな素晴らしいひとなら、ラケル姫を任せていいだろう。
次の更新予定
怪力料理人の冒険 金澤流都 @kanezya
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