怪力料理人の冒険
金澤流都
1 まかない作り
カイルはもともと騎士であった。
いや、騎士というのは正確ではない。もともとは人買いに売られた哀れな子供だった。「怪力」のタレントは珍しいし実用性があるので高く売れると、「貧乏」のタレントを持っていた父親に売り飛ばされてしまった。
そこを救ったのが、いままさに隣国の王子と見合いをしているラケル姫だ。
ラケル姫はお忍びで見にいった人間市で、大枚をはたいてカイルを買った。そして、身辺の警護に当たらせるために、自分を守る騎士団に加えた。
しかし騎士団は基本的に貴族階級の若者で構成されており、貧民出身の新入りはこっぴどくいじめられたのである。
それが目に余る、と、ラケル姫の父である王の「任命」のタレントで、カイルは騎士から料理人に職業を変えられてしまったのだ。
カイルとしてはいじめられても平気だったし、姫君のそばに仕えていられるのは無上の喜びだった。カイルは買われてきた日、いい香りのする風呂に入れられ、きれいな服を与えられ、高価な白ブドウを食べさせてもらったのだ。
ラケル姫のそばを離れたくなかった。
しかし王の「任命」のタレントは絶対だ。
カイルはもう剣の振り方も馬の乗り方も覚えていない。その代わりいまはまかないなら作れるようになった。腕前としてはその辺のおかみさんより少々上手い程度だが。
それでもいまでは、仮にラケル姫のそばにいられなくても、城の使用人が食べる料理を作れることを誇りに思う程度には、料理人としての心構えができていた。
城の使用人が食べるということは、ラケル姫のそばに仕えている騎士や従者も食べるということだ。それはすなわちラケル姫の手足が食べているのと変わらないとカイルは考えていた。
よし。
スープの出汁はこれくらいでいいだろう。あまり煮込みすぎると野菜のえぐみやヤマブタの骨の苦みが出てしまう。
出汁から骨や野菜をすくいとり、そこにくず野菜のわりと食べられそうなものと、運ぶ途中で割れてしまった玉子の白身を注ぎ込む。
おいしそうなスープができた。
そこでいちど火を弱める。
さきほどの玉子の黄身を巨大なボウルに入れて、王族に出すには古くなった牛乳と、使用人の食事用の荒い砂糖を放り込んでよく混ぜる。
そこに、古くなってぱさぱさになったパンを、ちぎって放り込む。
はたから見るとそれは料理というより格闘に見えた。
巨大なボウルをものともせず持ち上げ、中身を巨大なフライパン――料理長がカイルのためにあつらえさせた、「怪力」のタレントがないと扱えないほど巨大なもの――に注ぎ込む。じゅうう……と耳においしそうな音がして、砂糖と玉子の焼けるいい匂いがした。
そうしているあいだにも、王たちの宴会に出される料理が次々と仕上がっていく。
まだ余裕はある。カイルはパン料理にかけるソースをなにか用意しようと考えた。
そうだ、シロガモの皮包みにかける果物のソースのあまりを使おう。
シロガモの皮包みをこしらえていた先輩の料理人にそう提案すると、
「いいね、それはうまそうだ。自由に使え」
と、果物のソースを大瓶でどんと渡された。
最初は肉料理に果物をつかうことに驚いたものだ。
カイルは厨房に初めて来たときのことを思いだしていた。
騎士団の食事もこの厨房で作られている。しかし騎士だったころ、肉料理に果物のソースをかけるような豪勢なまかないが出たことはないし、自分でも作ろうとは思わない。
果物は貴人の口に入るものだ。
おこぼれにあずかれるのはこういう宴会のときだけ。
果物のソースが口に入っても、ラケル姫が嫁ぐ算段がつくのだと思うと、カイルはとても悲しかった。
あの劣悪な人間市から助け出してくれて、きれいな服と白ブドウを与えてくれたラケル姫。
もしラケル姫がいなかったら、自分はきっと奴隷として、地獄のような人生を送っただろう。
いけないいけない、とカイルは頬をぺちっと叩く。
「おーいカイル、そっちのワインのたるを配膳係のところに持っていってくれ」
先輩に指示されて悲しみをいったん忘れ、カイルはワインのたるを軽々と担ぎ上げた。
カイルが「怪力」のタレントを持っているからできることだ。ふつうならこのたるであれば、四、五人がかりで運ぶものだろう。
もうワインが終わったのか。ずいぶん豪勢な宴会だな。
ああ、もしかしたら従者もずらーっと並んで宴会に招かれているのかもしれないな。
カイルはそんな風に思いながら、ワインのたるを廊下の配膳係のところに運んだ。
戻ってくるとパン料理がいい塩梅に焼けていた。適宜切り取って、使用人用の簡素な食器に盛り付けておく。スープにも再び火をいれて温める。
厨房の真ん中のほうから、
「料理長! メインディッシュのヤマブタが仕上がりました!」
と声が上がった。
「口直しの大瓜の彫刻も仕上がりました!」
「よし! お出ししろ!」
またしてもカイルの出番だ。右手に巨大なヤマブタの丸焼きを、左手にずしりと重たい大瓜の彫刻をもって、廊下の配膳係に渡す。
これで厨房の仕事は終わりだ。
「よし……まず水を飲もう。クソあっついからな」
厨房は火をずっと焚いていたのでじりじりと暑い。みな水を飲む。
カイルもそうした。生き返った心地がした。
「じゃあまかないの時間にしよう。カイル、できているな?」
「はい。スープとパン料理ができています」
「おお、うまそうじゃないか。どれどれ」
料理人たちはカイルの作ったまかないに群がり始めた。
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