【10 詩の朗読バトル】
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・【10 詩の朗読バトル】
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「一回戦は詩の同好会・ノキアvs文学同好会・エル!」
司会者に呼び込まれて、ノキアとエルという風紀委員風の女子が舞台上に出てきて、右側左側それぞれに陣取った。
「ではノキア、タイトルは『デカいハナクソ』です」
事前に言われた通り、司会者に題名を言われたら、舞台の中央の、スタンドマイクがある場所に立つ。
観客は人数が少ないながらざわざわしている。
それは分かる。
だってタイトルが『デカいハナクソ』なんだもん。
多分観客は普通の、自然を歌ったようなポエムが出ると思っている。
だからこそ最初に一発かますのだ。
先攻の一番手はかましまくる。
それが私たちの作戦だ。
「デカいハナクソ」
改めてノキアがタイトルを言ってから、本文がスタートする。
●●●
デカいハナクソがほじれた
あまりの大きさに贔屓し、
すぐに捨てず、指につけている
このまま床に捨てたら、ゴトッと音がしそう
このハナクソは弾力があるので、グミかも
自然由来のグミだ、と思ったが、アタシは動物性なので、
ビーガンは食べないんだろうな、と思いながら捨てた
●●●
一礼して終わった合図をしたノキア。
深々と一礼したことにより、そんな詩で深々と一礼すなといった感じに、めちゃくちゃウケた。
観客はさらに口々に、
「何これ」
「いやでもちょっと面白じゃん」
「ハナクソとビーガンを結び付けるな」
と言いながらウケている様子だった。
これはかましたの成功したな、と思った。
周りの、観客のざわつきも収まったところで司会者がまた喋り始めた。
「それでは次にいきましょう。後攻、エル、タイトルは『心。小言。』です」
さて、相手のレベルはどんなものだろうか。
風紀委員風のエルは中央に移動し、深呼吸してから口を開いた。
「全押韻詩『心。小言。』」
ん? タイトルの前に何か言った。
全押韻詩って何だろうか、そんなジャンルがあるのだろうか。
●●●
心。小言。
整わない。元から無い?
沈黙。深刻。
「何処か行かない?」「ここじゃ嫌かい?」
「だって変わんない」「待って、あ、案内」
「そんなん良いから行こう!」。根幹・意味ただ自称。
「動いたら楽しいよね!」。疎い、まだ青い意図で。
でも。手を。
握りたい。1みたい。
一緒。きっと。
●●●
一礼したエルに観客が拍手した。
いや、何この詩……全ての文字で押韻している……そのままだ……そのままだからこそ、すごいテクニックだ……。
詩のテクニックのことを、巧みな表現をする技法としてレトリックと言うけども、一般的なレトリックではないというか初めてだ。
何この全文で押韻するという手法。ヤバイ、文学同好会レベルが高すぎる。
もし全員このやり方だったら普通に負けてしまうかもしれない。
ずっと詩を書いてきた私やノキアも、新しく仲間に入ってくれた茜も全部飲み込まれるかもしれない。
いや違う、まだ勝負は決まっていない、これはセンテンスの勝負じゃなくてセンスの勝負だ。
朗読のテクニックだって要素の一つだ。
この風紀委員風のエルは淡々と読むだけで、抑揚のようなモノはあまりなかった。
詩を伝えるための声で、逆転してやるんだから。
私は俄然燃えてきた。
「それでは二回戦に参りましょう」
そう言うと、ノキアとエルが自分たちの袖に戻っていった。
ノキアは笑顔で観客に手を振りながらいなくなり、エルは真面目に真正面を向いて歩いていた。
「詩の同好会・茜vs文学同好会・ぽっちゃりん」
ぽっちゃりんという名前なんだ、と思った。
自分からイジリにいくほうなんだ。
茜とぽっちゃりんと言われたぽっちゃりとした男子が舞台に上がった。
「先攻・茜、タイトルは『噛んだあとのガム』です」
茜は明らかに緊張した様子で、カチカチの状態で歩いて、中央に着いた。
いや大丈夫かな、ハラハラしながら見ていると、茜は詩を読む前に一礼しようとしたらしく、頭を下げたところでスタンドマイクにおでこをぶつけて、スピーカーから”わぃ~ん”という音が鳴った。
何か変なウケが発生して、茜は顔を真っ赤にしてもう朗読どころじゃないといった感じで、挙動不審にキョロキョロしている。
司会者はちょっと待っていたけども、ずっと茜がおろおろしているので、
「それでは参りましょう! 『噛んだあとのガム』です! どうぞ!」
と、もう始めてくれ、といった表情で声を上げた。
茜はマイクに激しい吐息を入れながら、
「あの『噛んだあとのガム』でっす」
と言ってから喋り出した。
●●●
地球は銀紙に包まれた。
宇宙人からの侵略だった。
銀紙の中は保温性に優れて、太陽光が届かなくても温かかった。
でもさっき生き返ったばかりのマンモスが、
「また同じく暗い世界だ」と騒いでいて、
「君は慣れているはずでしょ」とみんなで笑った。
それが最後の笑顔だった。
地球は銀紙に包まれたままゴミ箱にポイ。
どうやら銀河系には要らない星だったようです。
当たり前だ。
こんなレベルの低いことで笑うんだから。
●●●
そう、私にはこう聞こえる、多分ノキアにもちゃんとこう聞こえたと思う。
でもそれは印字された文字レベルで茜の詩を私とノキアが知っているからだ。
実際には多分、何かこう飛び飛びというか、聞こえづらいというか、むしろ吐息のハァハァ音のほうがマイクは拾っていて、ちょっとエッチな男子なら興奮しちゃったと思う。
案の定、観客は良くないざわざわが出てきて、たまに男子が大きな声で、
「良かったぞー!」
と叫び、そのことにまた笑いが少し起きるみたいな感じ。
茜の詩がちゃんと伝わっていれば、そういう笑いへの皮肉だってことが分かるのに。
茜はもう一礼も何もせず、元いた場所に戻った。
司会者は良くないざわつきだと察して、すぐに、
「では後攻のぽっちゃりんに参りましょう。タイトルは『おやつ』です」
そう言われたぽっちゃりんという汗をかきまくっている男子は中央に移動して、
「ぽっちゃりんです。タイトルは『おやつ』です」
と言って、何だか早口に喋り出した。
いや! ぽっちゃりんも緊張している!
●●●
おやつ食べたい 何でも食べたい
でもプリンが大好き カステラも良い
黄色いヤツが大体美味しい
黄色信号とかも美味しいかもしれない
瞬間しか出ないから希少性も高いし
何味かな? やっぱり柑橘系かな
あんだけ光っていたら絶対美味しい
柑橘系のグミだと思う だったらいいなぁ
●●●
抑揚も無く、早口にそう言い切ったぽっちゃりん。
まるで面倒だから早く終わりたいといった感じで、何だか投げやりだ。
相手方の舞台袖を見ると、エルもガリガリメガネのおたくまも頭を抱えていた。
どうやら全然練習通りではなかったようだ。
というか詩の内容も全然エルとはレベルが違う。
本当小学生の詩みたいな、元気な小学生の詩だった。
観客も何だかつまらなそうな顔をしている。
自分の直前がウケすぎるのも困るけども、盛り下がりすぎるのも良くないなぁ。
でもまあいいや、あとはもう私が自分のやるべきことをやるだけだ。
茜もぽっちゃりんも俯きながら早歩きで袖に戻ってきた。
戻ってきた茜に対してノキアが、
「最初だから難しかったね! でもナイス・ファイト!」
と言うと茜が残念そうに肩を落としたので、私は優しく抱きしめながら、
「大丈夫! 私が全てを巻き込んで私の印象しかないようにするから!」
すると茜が、
「でも、わたし……恥ずかしい……」
「何でも最初から成功はしないよ。まあ私とノキアは幼稚園児の頃、ずっと詩を口頭で喋っていた仲だから詩を口に出すことに慣れているけどね。でも茜の詩の文章レベルは最高に良かったよ」
ノキアも同調するように、
「そう! 詩のレベルではもうアタシと同じくらい!」
茜は顔を上げて、
「ありがとう、霧子、ノキア……」
と言って私から少し離れてから一礼した。
そんなことをしていると司会者が声を張った。
「では次がラストバトル! 詩の同好会・霧子vs文学同好会・宮本琢磨!」
うわっ、おたくま、人前だからあだ名から本名に変えてるじゃんっ、何かそれがダサいわ。
私は舞台上に行き、宮本琢磨というかおたくまも前に出てきた。
「先攻は詩の同好会・霧子です。タイトルは『とらさんはとろとろ』です」
私は中央に行き、ハキハキと真面目に喋り出した。
「タイトル『とらさんはとろとろ』」
でもすぐさま、少しとろけたような、何だか生易しい感じで喋ることにするので、表情も柔和にする。
とらさんになり切って喋るから。
最初のタイトル読みはあくまで振りだ。
この落差を見せつけるためだ。
●●●
やぁ、僕はとろとろのとらさんだとらー。
もう人に飼われているとらだから牙も爪も無いとらー。
いいでしょー、そっちのほうがみんな安全でしょー、ほほほほー。
この世は安全が一番だとらー、安全とハグするとらー。
ハグした時、突起が合ったら刺さっちゃうでしょー。
とらさんの可愛さは突起が無くても心に刺さるよねー、ほほほほー。
牙も爪も突起もいらないとらー、言葉があれば十分だとらー。
ジャムのように甘い言葉を塗りたくり合いたいとらー。
というかとらさんがもうジャムになるとらー、とろとろになるとらー。
保湿ゼリーみたいな感覚とらー、優しく心を温めるとらー。
最後にとらさんから有難い言葉をあげるとらー。
「瓶には詰めないで、狭いは怖い」
●●●
一礼して終わった合図をすると、拍手が起きた。
さらに観客からは、
「絵本みたいだったね」
「何か可愛い」
「喋り方も何か優しくて暖かかったね」
「本当にこういうキャラがいるみたいで良かった」
と、どうやら好印象らしい。
よしっ、なんとか仕事はできた、はず。
最後は宮本琢磨というかおたくまの詩だ。
果たしてどんなレベルなんだろうか。
元の立ち位置に戻った私。司会者が喋り出す。
「それでは最後は! 文学同好会・宮本琢磨! タイトルは『俺』です!」
何か尖ったタイトルだなぁ、と思いながらおたくまのほうを見ていると、おたくまは堂々と中央に移動してきた。
これは強いのか? と思っていると、おたくまが、
「タイトル『俺』」
そう言って喋り出した。
●●●
俺は闇夜に浮かぶ八咫烏。
鋭い爪で薄汚い鼠を狩る。
圧倒的強者で存在は光。
俺に照らされた女は全て昇天する。
愛情なんて生易しいものではない。
狂気を口移しする。重ねる唇。交わる舌。
もう貴様は俺のモノだ。
●●●
「何かキモッ」
観客の一人がそう言うと、それが絶妙なタイミングのツッコミ過ぎて爆笑が巻き起こった。
おたくまは顔を真っ赤にしてぶるぶると震えだした。
いやまあキモイはキモかったけども、そんなハッキリ言わなくても、と思っていると、おたくまが叫んだ。
「でも良かっただろ!」
いや”キモッ”と言われて良かったことないだろ。
この勝負はまあ私の勝ちかなと思っていると、おたくまが地団駄を踏み始めた。
「もっとマジな大会なら俺のほうが賞賛された!」
まあそういうこともあるかもしれないけども、今回の審査員は観客ということにそっちが決めたんだろ。
始まる直前におたくまがそんなこと言ってたじゃん、最終的に観客の拍手で決める、って。
審査は三人目が終わった時点ですぐさまされるという話で、司会者は少々慌てながらも、
「それでは審査をします! 観客は良かったほうに拍手してください! まずは詩の同好会!」
と言うと、もう目の前の観客全員が詩の同好会で拍手をした。
もう完全に最後の印象だけだと思った。
全体通したら、エルが一番良かったはず。
いや朗読力では、私かノキアだったけども。
司会者は一応といった感じの表情で、
「文学同好会のほうが良かったと思ったら!」
さっき詩の同好会でも拍手していた人が二,三人拍手をした。
まあ勝ちは勝ちだし、まあいいか、と思っていると、私と共にずっと壇上にいるおたくまが、
「どうしても勝ちたいのに! 吸収合併したいんだよ!」
と叫んだ。
いややっぱり吸収合併ルールアリでやってたんじゃん、と思ったその時だった。
急に照明が明るくなったな、と思って上を見るとなんとそこにはとらさんが宙に浮いて神々しく光っていたのだ!
《ほほほほー、すごく良い気概ねー!》
観客も司会者もとらさんのことを見上げている。
改めて全員見えるんだと思った。
《じゃあとらさんは手助けしちゃうとらー!》
そう言うと、とらさんはまた宙に溶け込んでいった。
何が起こるんだ、何も起こらず終われると思っていたのに、一体何が起こってしまうんだ!
「わぁっ!」
突然舞台の中央にはマッチョが出現した。
それも何か毒素(私のママが再婚した男性)に少し似ている男性で、身長は低めな感じで、今、目の見える範囲で言えばおたくまと同じくらい? んでもって虎柄のパンツ一丁だった。
何が起きたのか分からず、会場は騒然となった。
当たり前だ。
マッチョの男性が急に舞台上に出現し、ポーズを決めているからだ。
それもボディビルダーのポーズではなくて、ファイティングポーズだからだ。
「とらさん! また変わったんだ!」
そう言ってノキアが壇上にいる私へ近付いてきた。
遅れて茜もやって来て、三人で団子になって、そのマッチョを見ている。
するとノキアが、
「何かちょっと霧子の再婚したパパに似ているね」
確かに似ているけども、微妙に違うというか、なんというか。
毒素にはヒゲが生えていないけども、このマッチョにはヒゲが生えていて、より男臭くなっている。
履いているパンツは虎柄のパンツでやっぱりとらさん由来っぽい。
また、私の心に反応しているっぽくはなさそうなんだけども、どうだろうか。
あんまり私ってそんな大変なこと考えていなかったし。
あえて言えば、エルって子の詩がすごいなとは考えていたけども、それがこう変化するとは考えにくい。
《ハハハハハー! 邪魔者は排除しましょう!》
そう言って笑ったマッチョはくるりと観客側から踵を返し、なんと私たちのほうを見た。
邪魔者って私たちのことっ?
《壊す壊す壊す! 私が正しいんです!》
ズンズンとこっちへ向かって歩いてきたマッチョ。
私とノキアは後ずさりしたんだけども、茜はその場にへたり込んでしまった。
「あっ! 茜!」
そう言って私は茜の前に出て通せんぼしようとしたその時だった。
その速度よりも速く、そのマッチョは、茜が何かずっと手に持っていたカンペ用の詩が書かれた紙を奪い取って、ビリビリに破ったのだ。
マッチョの横暴に何かウケた観客。
口々に、
「いいぞー!」
「面白いショーだ!」
「どっちもハイテク演劇部だったんだ!」
「ハハハ! マッチョはゴリラだー!」
と盛り上がり始めた。
確かにハイテク演劇部と言われても否定はできない流れだし、このマッチョ、もみあげまで続くアゴヒゲと相まって、本当にゴリラみたいだ。
毒素のような紳士さは一切無い。欲望の赴くままといった感じだ。
やっぱりコイツは私じゃない。
じゃあ流れからいったら!
「おたくま! オマエ何かこっちのこと壊したいと思っただろ! その願望が具現化しているんだよ!」
私は一か八かおたくまに対してカマをかけると、おたくまはめっちゃ驚きながら、
「えぇぇええええええ! 俺のその願望がぁぁぁあああああっ?」
と言って当たりだった。
おたくまは焦りながら、
「というかおたくまって言うなよ! 宮本琢磨として活動しているんだからな!」
「そんなことはどうでもいいんだよ! この状況をどうにかするにはその願望をハッキリ口に出して言うんだよ! そうすれば収まる!」
「……でも」
と、ちょっと溜めたおたくまはこんなことを言い出した。
「オマエらを攻撃するんだったらいっそそれはそれでいい! マッチョよ! コイツらの詩をビリビリに破いてしまえ! 吸収合併できないなら壊してしまえ!」
マッチョはおたくまのほうを見て、コクリと頷くと、私たちがいた袖のほうへ行こうとしたので、ノキアが手を広げて止めた。
その行動にまた会場が湧いた。
でもうん、確かに止めなきゃいけないんだ。
何故なら袖の中にはカンペ用の印刷した紙のほかに、私のカバンが置いてあって、そのカバンの中には三人で書いている詩ノートがあるからだ。
私もノキアと一緒になって、手を広げて通せんぼしたんだけども、マッチョは私とノキアの手の間をつるんと一瞬透過したように突破して、私のカバンを持って、なんと舞台の中央のほうへ投げ込んだのだ。
「わぁぁああ!」
あまりの暴力的な行動にただただ声を上げてしまった私。
会場のボルテージは上がっていき、観客は少ないのに、だいぶ大勢いるような錯覚するくらいの声になってきた。
茜はその場で腰が抜けたように動けなくなり、私とノキアは急いでカバンを守りにいこうとしたその時だった。
「カバンを守るのは得意だぜ!」
そう言って観客だった淳樹が飛び出してきて、舞台上にひょいとジャンプして上がり、カバンを守るように立ちふさがった。
マッチョと対峙した淳樹。
身長ではバスケ部の淳樹のほうがデカいけども、
《邪魔だ》
そうマッチョが言って、淳樹をビンタすると、淳樹はその場に倒れ込んだ。
そのコミカルな光景に会場が爆笑した。
つい私とノキアは淳樹のほうへ駆け寄ってしまっている間に、マッチョは私のバッグを漁り、詩ノートを見つけるやいなや、すぐにビリビリに破ってしまったのだ!
「あぁぁぁああああああああ!」
私はその場に膝から崩れ落ちてしまった。
せっかくみんなでいろんな詩を書いたり、ノキアが意味分かんない絵を描いたりしたノートが! いやノキアの絵思い出はいらないけども!
「ちょっとぉ!」
ノキアが声を荒らげて、マッチョのケツをキックした。
するとマッチョがノキアのほうを振り向き、なんとノキアのことをビンタしたのだ!
その女子がマッチョにビンタされてしまったというショッキングな事件が起きたことにより、会場は一気にトーンダウンし、口々に、
「えっ? ハイテク演劇じゃないの?」
「女子がビンタされる内容ってダメじゃないの?」
「もしやアドリブでやってる?」
「アドリブで女子をビンタって良くないだろ……」
と言い出して、私はノキア大丈夫? と思ったと同時に、淳樹の時は爆笑だったのに、と思って、ちょっと淳樹が可哀想だった。
とりま、
「ノキア大丈夫っ?」
「うん、何か手がとろとろであんまり痛くなかった」
「じゃあ逆に淳樹は! 淳樹は大丈夫っ?」
と私は淳樹のほうを向くと、
「俺はビックリして転んだだけで受け身は大丈夫だぜ!」
「受け身じゃなくて! ビンタ自体はどうだったと聞いたんだよ!」
「それも大丈夫だぜ!」
「それなら良かった!」
そう、それなら良かったんだけども、何か状況はかなり気まずい状況で。
さっきのカマかけにより、完全におたくまの願望が具現化したということが分かっていて、そのおたくまもマッチョに指令まで出しちゃって。
その結果が婦女暴行事件なわけだから、もう会場中、異様な空気に包まれて、
「ハイテク演劇……じゃないのか……?」
「えっと、あの、ハイテク演劇ではあるんだけども、文学同好会のほうがハイテク演劇で、詩同好会はただ巻き込まれているとか……?」
「それだったらマジでヒく……」
と端々から声が漏れていた。
おたくまは慌てながら、キョロキョロして、エルと目が合ったところで、
「おっ! 俺は何も悪くないもんな!」
と言うと、エルは目を吊り上げて、デカい声でこう言った。
「マジ情けない! 勝負で勝てなくて暴力って! 文学ってその真逆じゃないのっ?」
おたくまがシュンとすると、マッチョも同じように肩を落として、やっぱりリンクしていることが分かった。
エルは続ける。
「もう終わり! 終わり! こんなダサいヤツと同じ同好会なんて、わたくし的にありえないです! わたくし、文学同好会抜けますから!」
おたくまはエルの両肩を掴んで、
「お! おい!」
と言うと、すぐさまエルが、
「さわらないで! キモイ!」
と言っておたくまのことを思い切りビンタした。
おたくまはぶっ飛び、何故かマッチョも同じようにぶっ飛んだ。シンクロしている。
おたくまは床に倒れ込みながら、
「何だよ何だよ……せっかく女子と仲良くできると思ったのに……できないならもういいよ!」
と叫ぶとマッチョがどろどろに溶け始めて、そのマッチョの肌の茶色さも相まって一瞬ウンコみたいに見えて、汚っ、と思った。
そのマッチョのどろどろも蒸発していって、消えていった。
エルは深い溜息をつくと、こう言った。
「ゴメンなさい、わたくしは詩の同好会と接点が欲しくて、詩の朗読会を止めませんでした。でも最初からこう言えば良かったんですね。わたくしを詩の同好会に入れてください。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたエルにすぐさまノキアがエルに走り込み抱き締めをして、
「勿論いいよ! 一緒に楽しもう!」
と言った。
私はへたり込んでいる茜を腕で支えて起こして、一緒にエルの傍へ言った。
エルは嬉しそうに、
「良かった、こうすれば本当に良かったんですね。これからよろしくお願い致します」
と改めて頭を下げた。
四人、そう四人になれば同好会から部活動に格上げになる。
ちょうどクラス外のエルが加わったし、やっぱり部室が必要なようだ。
じゃあ破れてしまった詩ノートは新しく四人用にして、とか思っていると、なんと破られたはずの詩ノートが元に戻っていた。
そのことにノキアも気付いたみたいで、
「やった! アタシの詩くんの四コマも残った!」
と叫んだ。
あの落書きのキャラって、そんなそのものみたいな名前だったんだと思った。
結局茜のカンペ用の紙も全部戻っていた。まああれは印刷したヤツだからいいけども。
最後、エルが詩の同好会に入ったことにより、勧善懲悪みたいな感じになって、温かい拍手が観客から送られた。
でも観客は観客で、マッチョが暴れたら盛り上がって、ちょっと怖いと思ってしまった。民衆って恐ろしいね。
淳樹は味方してくれたからいいけども。
やっぱうちのクラスは最高ということが分かった。
最後に観客たちは、
「あのハイテク演劇すごかったな」
「ハイテク過ぎるよな」
「ハイテク演劇、また見たいぜ」
と言っていて、ハイテク演劇ということになってしまったが、まあ「とらさんです!」と説明するのも面倒なので、そのまま風化されることを待つことにした。
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