【06 猿】
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・【06 猿】
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私の机の上に、一体の服を着た猿が出現した。身長は六十センチくらいだろうか。二足歩行というか二足で立っている。
Tシャツに短パンで、そのTシャツにはとらさんのような縞柄があった。
「あっ、とらさんが……」
と言ったところで、淳樹がデカい声で叫んだ。
「虎が消えたと思ったら猿になった! 俺! 猿得意だから!」
するとその猿がジャンプして、近くに立っている淳樹の頭をぺチンと叩いてから、こう言った。
《うるさい。黙れ。話が進まない》
淳樹は正確に批判されたので、その場に俯いて黙った。
猿は話を続ける。
《もうこの世界は私の思い通りになればいい。そうなれば私の好きな通りになるから》
それに対してノキアが、
「いいや! アタシの好きな通りにしてやるんだから!」
と言うと、猿が今度は横方向にジャンプして、ジャンプ中にノキアの頭をぺチンと叩いて、そのままノキアの机に着地した。
するとクラスメイトの一人が、
「SASUKEじゃん」
と言うと、猿が溜息をついてから、
《SASUKEではない。これだからバカは》
と言って、そのクラスメイトはシュンと肩を落とした。
その光景を見た淳樹がまた顔を上げて、
「いいや! SASUKEを連想することはいいことだ! SASUKE! 俺得意だし!」
猿は顎のあたりを触りながら、
《なるほど、オマエは誰かが落ち込んでいると得意だと言って鼓舞するわけか。そこまでバカじゃないみたいだ。良かろう、私の奴隷にしてやろう》
「よっしゃ! 奴隷得意だぜ!」
と叫んだ淳樹に私は、
「それはダメだろ! 絶対!」
とツッコむと、猿がまた横跳びしてきて、私の頭をぺチンと叩いて、私の机に戻ってきてから、
《絶対ダメなんことなんてないんだ。自分の脳で考えるべきだ》
と言った。
「正論かよ」
と私が呟いてしまうと、ノキアが、
「セイロンティーね」
としょうもないことを言った。
すると猿が、
《それがオマエの詩か?》
と言うとノキアは嬉しそうに立ち上がって、
「アタシの詩はコミカルなお笑いの詩! 詩は感情を揺さぶるモノ! そしてアタシの揺さぶりたい感情は笑いだ!」
すると葛葉が鼻で笑ってから、
「何それイミフ、この状況もだけど」
と言うと、猿が、
《バカには理解できない》
と呆れながら言った。
すると葛葉がイラついた表情をして、
「そもそも猿って何! 偉そうだし! ちょっと霧子! アンタが出したんでしょ! どうにかしなさいよ!」
アンタが出したという言葉が胸に深く突き刺さった。
確かに私の心に反応したんだろうけども、この猿の感じが全く私じゃないのだ。
別に私は偉そうな猿なんて考えたこともなかったし。
そもそも私も猿に頭を叩かれているし。
自分で自分のことを叩くとかある? まあ無いことも無いけども。
すると私の表情から何か察したノキアがこう言った。
「何かね! さっきいたとらさんが人の心に反応して変化するんだけども、これがその状況なんだ! 誰か正直な心になれていない人いないっ?」
そっか、もしかしたら私以外の心に反応しているのかもしれないんだ、と思ってクラスメイトを見渡すと、葛葉が明らかに不愉快な表情をした。
そっか、猿と言われたのは葛葉なんだから普通に考えたら葛葉の心に反応しているんだ。
でも今まで、とらさんと私とノキアの時は、ノキアには反応しなかったんだけどな。
いや待てっ、ノキアは自分の心に正直で裏表が無いから、反応していなかっただけで、裏表ある人には反応するということか!
じゃ! じゃあ!
「葛葉、何か他に言いたいことがあるんじゃないの?」
「何それ、私の心に反応しているということ? じゃあもうハッキリ言うわ! ポエムってキモイ! 何、感情がどうのこうのとか! そういう中二病は中学生で卒業しろよ!」
するとノキアが大きな声で、
「キモくない! 人間にとって言葉も感情も大切でしょ! というか恋愛の言葉なんて全部ポエムだからね!」
「恋愛はポエムじゃない! そんなキモイもんじゃない!」
「いいや恋愛はポエム! 愛の言葉とか全部ポエム!」
「恋愛のどこがポエムなんだよ! 全然違う! 崇高なもんだから! 恋愛は!」
「ポエム! ポエム! 恋愛はポエム!」
何か変に白熱してきちゃった。
ノキアは立ち上がり、ちょっとずつ前に出て、葛葉もちょっとずつ前に出て、もう二人の間には人がいなくなっている。避けていくから。
葛葉はノキアの肩を軽く突き飛ばしながら、
「恋愛とポエムを一緒にすんなよ!」
と言ったところでノキアが大きな声でこう言った。
「一緒でしょ!」
こんな怒っているノキアは正直初めて見た。
昔は気の小さい子で、私以外と会話しているところなんて見たこと無かったのに。
幼稚園の頃はずっと私と詩を言い合って笑っていて。
いやいや、そんな『声出ていいね』みたいな成長を喜ぶんじゃなくて。
何か私も言わないと、と思った時、言葉が思いついたので言うことにした。
「表現方法が違うだけだよ」
私の台詞に反応したノキアと葛葉。
あと何か猿も反応した。さっきまでずっとやれやれといった表情だったのに、真剣な面持ちになったような気がする。
いや猿はこの際、今はいいや。
私は続ける。
「私とノキアは感情と言葉を全て詩と呼んでいて。ほら、人間って感情と言葉がコミュニケーションのほぼ全てじゃん。それを詩と呼んでいるだけ。葛葉はそれを詩と呼んでいないだけ。ただそれだけのこと」
それに対して淳樹がハッとしてから、
「じゃあ言い方が違うだけってことだな! 俺いろんな言い方できる人間でそういうの得意だから分かる!」
私は頷いてから、
「私とノキアにとって思考は全て詩で、だから私とノキアから見たら考えて喋ること全てが詩で。でも葛葉はそれをそう呼んでいないだけで、私とノキアは詩と思っているだけ。使っている辞書が違うだけなんだよ。内容は一緒で見出し語が違うだけというか」
すると葛葉は「う~」と唸ってからこう言った。
「……違う違う違う違う! ポエムはダサいもんで!」
と言ったところで、なんと普段は絶対争いごとに首を突っ込まないような茜が座りながらも淡々とこう言った。
「何かポエムをダサいと思うことがあったの? 辞書が違うで大体理解できるもんじゃないの?」
葛葉は今までで一番声を荒らげて、
「だってポエムって黒歴史じゃん!」
この言い方、私はハッとした。
もしかしたら、でも口にしていいのかな、と思っているとノキアが、
「葛葉って、ポエムを恋人に読んだことあるんじゃないのっ! それで振られたんじゃないのっ!」
と私が思っていることと同じことを言うと、葛葉は顔を真っ赤にし始めた。
完全に図星だ。それで否定されたんだ。だからずっとポエムを否定していたんだ。
私は言う。
「図星でしょ、でもそれは相手の言語レベルが低かっただけだよ。好きな人の言葉はどんな言葉だって美しいはずなのに。そんなしょうもないパートナーとなら別れて良かったんだと思うよ。やっぱりどんなポイントより、その人との言葉が共鳴し合うような人と付き合ったほうが私は良いと思う」
葛葉は黙って俯いた。
するとノキアが葛葉の両肩を両手で掴んでこう言った。
「何かバラしてゴメン! でもアタシはバカにはしない! 若ければ若いほどプレゼントできるもんなんてたかが知れてるからさ! 言葉のプレゼントしたんだよね! そんなことも分からないヤツは止めたほうがいいよ! だから良かったんだって!」
葛葉は小さな声で、
「キモくない?」
と言ったので、私とノキアは大きな声で言った。
「「キモくない!」」
葛葉はその場にゆっくりと膝をつき、目を手で覆った。
ノキアはしゃがんで、葛葉の頭を撫でながら、
「アタシたちはポエムが、詩が、言葉が、感情が、思考が、好きだから詩の部活動をするんだ。いろんな人に自分のことを伝えたいんだ。きっとアタシもパートナーができたら、いろんな詩をぶつけちゃうと思う」
「ホント?」
「ホントだよ! ただし上手くね! だから部活動を始めてみんなで研鑽を積むんだ! でもまあ恋愛を上手くするには詩をやるよりも実践あるのみって感じだね! 葛葉は葛葉で頑張って!」
「……私、ドラマ観るの好きなんだ、恋愛だけじゃなくていろんなの、台詞が好きで、ノートに丸写しすることもあって、だから、一人で楽しめる趣味あるよ……」
それに対してノキアはすごく嬉しそうな顔で、
「すごくいいじゃん! というかそれ普通に詩の勉強になる!」
「何でも詩だね」
「勿論! アタシはアタシの詩で全世界中の人を笑わせたいんだ!」
「何それ、変なの」
と言って顔を上げた葛葉の瞳は潤んでいたけども、確かに笑っていた。
解決した。
きっとこの猿は葛葉が作り出した猿だからきっと消えるはず……ん? 全然消えない。
何ならまたちょっと偉そうにしている。腕を組んで顎を上げている。何なんだ一体。
私は猿のほうをじっと見ていると、そのことに猿が気付いたみたいで、猿が私のほうを見ながら、こう言った。
《まあそこそこ喋れるみたいだな、よし、ノキアとやらとまとめて霧子、オマエも奴隷にしてやろう。ノキアの親友らしいからな》
何だこの猿、まるで猿の惑星の猿くらい自分のことを頂点だと思ってんな、と思った時、分かった。この猿の正体が。
私は横を見ながら、こう言った。
「茜、猿の惑星好きでしょ」
急に話を振られた茜は目を丸くしてビックリしつつも、
「えっ、まあSFの名作だから……」
猿の今までの反応を頭の中で反芻する。
つまりは。
「茜ってもしかすると、私とノキアの詩の部活動に入ってみたかったりする?」
「えっ?」
と言いつつ、ちょっと嬉しそうな表情をした茜。
何か、気付いてくれたみたいな感じ。
そうか、この猿は茜が出したんだ。
本当は詩の同好会に入りたかったのに、葛葉がみんなの前で詩をディスったから、言いづらくなってそれで怒ったんだ。
だから私は改めて葛葉に聞いた。
「葛葉、もう詩が、ポエムがキモイって言わない?」
すると葛葉はハッと乾いた笑いを口から漏らしてから、
「もう言わないって、そんないちいち意地悪しないでよ、ホントゴメンだって」
私は茜の目を真剣に見ながら、
「もし興味があるなら一度詩の同好会に入ってくれないかな。とは言え今のところは何するわけじゃないんだけどね」
茜は強く一回頷いてから、
「わたしも実は詩に興味があって……うん、わたし、やる!」
と言ったところで、廊下のあたりがキラキラと光り出した。
クラスメイトたちは何だか美しい流星を発見したかのように指を差したが、私はそこに透明な膜があったんだと冷静に思った。
そして猿がとろとろに溶けだしたと思ったら蒸発して、その場から消えていった。
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