【04 ノキア先攻・私後攻】

・【04 ノキア先攻・私後攻】


「じゃ! アタシからいくね!」

 詩作している時、ノキアをチラチラ見ていたが、ノキアは詩を書いている素振りすら見せず、隣に座ったとらさんを抱きかかえて、とらさんと遊んでいた。

 両者うろ覚えのアルプス一万尺をずっとやりやがって。あんな不正女には負けてられない。

●●●

『豚の行進曲が掛かったから今日は豚練り歩き記念日』


月に二、三回、この街中に豚の行進曲が掛かる。

すると道という道を豚が練り歩き始める。

有り難がる老人に、爆笑する子供たち。

何が有難いのかは分からないが、爆笑する気持ちは分かる。

俺も子供の頃は爆笑していた。

まあ豚が良い笑顔で練り歩くのだ。

豚の行進曲のパフッという音も相まって、本当に滑稽なのだ。

でも大人になると分かる。

豚練り歩きは邪魔なのだ。

車が運転できなくなるのだ。

それも豚の行進曲はランダムで掛かるため、

行きは車で移動し、帰りに曲が掛かったせいで歩きになり、

後日、また歩いて車の元に戻らないといけないことがあるし、

今日がまさにそれだ。

今まさに歩いて家へ帰っているところだ。

スーパーに行ったところで曲が掛かって、だから帰宅は歩きだ。

邪魔だ。鬱陶しい。消えてほしい。

そんなことを考えながら練り歩き豚を歩きながら見ていると、

一匹の豚が俺に対して、申し訳無さそうな表情で会釈した。

すると何匹に一回は俺に対して、そういう会釈をしてきた。

その時の表情が本当に

『みんなを楽しめさせられなくてゴメンね』といった、

プロの苦しみみたいな表情だったので、

俺は「プロ意識あったんだ」と思った。

会釈する豚を見た子供がさらに爆笑している。

情けない顔の豚も面白いというところだろう。

でも、でもだ、俺はつい声を出してしまった。

「弱くなっているところは笑うんじゃねぇ!」

その場がシーンと静まり返った。

豚の行進曲も止まった。

でも俺は止まらない。

「こっちは芸を楽しませてもらっているんだ!

 心の野次によって弱く怯んだところを笑うなんてイジメと一緒だ!」

その言葉に眉毛を八の字にして頭を下げた子供。

すると豚たちは一斉に笑顔になった。

『えっ、今度は豚が子供の弱いところを見て笑ったの?』と思ったら、

豚がこう言った。

「僕たちは存在自体がエンターテイメントだから、

 どんな姿に笑ってもいいし、どんな姿に怒ってもいいんだよ」

喋れるんだと思いつつも、その意識の高さに俺は感動した。

すると老人が優しく俺の肩を叩いてきた。

そうか、老人は皆、俺が豚に対して怒ったり、

でも豚のことを尊重したい気持ちもあったり、

というような道を、俺と同じこの道を通ってきたんだ。

そんな道にさえも練り歩く豚。

俺もプロの道を、プロ人間としての道を歩みたいと思った。

そんな道にさえも練り歩く豚。

●●●

 何ちょっとエモい感じで終えているんだよ。腹立つな。

 ただ締めがあることにより、形にはなっている。

 ノキアは自慢げな表情で、

「これを越えられるかな!」

 と言った。

「当然だろ!」

 と私は声を荒らげてから深呼吸。

 今回はとらさんを完全にノキアに抑えられていたので、とらさんと一緒に詩を書くことはできなかった。

 でも私自身のスタイルだってある。だから大丈夫。

 朗読を開始した。

●●●

関係無いこと言っていいですか?

高速道路を豚が練り歩いていて渋滞を起こしています。

いや私が今、花瓶を割ったことで怒られていることとは何の関係もありませんし、事実かどうかも分かりません。

豚が練り歩いていることは絶対に事実じゃない、ということですか?

でもその根拠は無いですよね?

でも私が花瓶を割ったということも貴方の推測ですよね?

でも状況的証拠的に?

神目線の小説ですか?

豚目線で言わせていただきます。


ブー。

ブーブー。

ブヒー。


いいえ、ふざけていません。ただ面倒だと思っているだけです。

勝手に犯人扱いして、怒鳴ってくる貴方が面倒なんですブヒー。

キレないでください、キレないでください。

もう大混乱です。

今、私の頭の周りにはヒヨコが飛んでいて、豚も練り歩いています。

ちょっとだけ足を挫いた豚もいます。

どうにかしてあげたいですね。

それが私です。

貴方の怒鳴りに私は心が壊れたんです。

もう終わり終わり。


ブヒー。

ブヒブヒ。

ブーヒー。


知らない知らない花瓶なんて割っていない本当に私じゃない本当に私じゃない時ってじゃあどう言えばいいんですか貴方は自分の正解を押し付けているだけじゃないですか知らない知りたくない終わりたい終わりだサヨナラ豚は練り歩く脳内は大渋滞。


ゴメンなさい。

最初に言ったこと、

関係あることでした。

もう渋滞しているんです。

犯人扱い。

言葉言葉言葉言葉言葉言葉。

言葉言葉言葉言葉言葉言葉言葉。

言葉言葉言葉言葉言葉言葉言葉言葉。


うんざりだ。


言葉言葉言葉言葉言葉言葉言葉言葉。

言葉言葉言葉言葉言葉言葉言葉。

言葉言葉言葉言葉言葉言葉。


谷の奥底で壊れて動けなくなった豚が死んでいる。

●●●

 ノキアは「うむむっ」と唸り始めた。

 ノキア的には私の詩が完全に負けというわけじゃないと考えているのかもしれない。

 あとはもうノキアの良心に、そしてとらさんの良心に任すしかないなと思ったその時だった。

《ほほほほー、悩むって素敵なことー》

 と言ってまたとらさんが宙に浮いて神々しく輝き始めたのだ!

 さっきと同じようにとろとろを溶けだしていき、宙に霧散したので、私は焦りながら、

「ちょっと! 家の中で三メートルとか無理だから! 天井突き破る!」

 と言った刹那、目の前には手乗りサイズの豚が十匹くらい出現した。

 その豚には背中に何か虎っぽい模様のある豚で、二足歩行をしてうろうろしている。

「もしかすると、この豚もとらさん……?」

 と私はノキアのほうを見ながら言うと、ノキアは激しく頷きながら、

「絶対そうだよ! またとらさんが変化したんだ!」

「別の形になるんだね……」

 十匹の豚はうろうろと動いているが、みんな一列になって整列して歩いている。

 どうすればいいか分からず、私はじっとその豚を見ていると、ノキアが、

「君たちは何をしているの?」

 と果敢に質問し始めたので、かなりアタック精神あるなぁ、と感心してしまった。

 列の先頭の豚がこう言った。

《うんざりだ、帰りたい、帰りたくない、このままいたい、ブヒー》

 ノキアが私のほうを見てから、

「この豚さん、多分霧子の豚さんだよ、だって私の豚さんは笑顔で練り歩く豚さんだからね」

「私の豚さん……」

 そのままオウム返ししてしまった。

 もしかすると、とらさんって、私の心に反応して変化するの?

 ということは、もしかすると、と思ったその時、ちょっとだけ気付いてしまった。

 そうか、そうなんだ、でも、どうしよう、そんなことを思っているとノキアが私の顔をじっと見てきて、

「何か分かったの?」

「い! いやいや!」

 私はつい大きな声が出てしまった。

 ノキアは懐疑的に私のほうを見てから、また豚に話し掛けた。

「豚さん、今のはどういう意味?」

《嫌なんだ、全部全部嫌なんだ、だから良いんだ、やりたいんだ》

「何これ……支離滅裂じゃん……」

 そう溜息をついてから、またノキアは私のほうをチラリと見た。

 私はつい目を逸らしてしまった。

 その時だった。

 この豚が床に座っていた私にどんどん登ってきたのだ。

「わわわわっ」

 私は慌てたけども、豚は別に重くはなく、さらには何だかお花の良い香りがした。

 まるで、軽やかな春のイメージ。

 少し酩酊しているように歩く豚には似つかわしくない香りだった、ということも、何かもう分かっているんだ。

 そう、私は分かっている。

 豚はそのまま私の頭の周りに移動して、空中闊歩し始めた。私の詩と同じだ。

「やっぱりこの変化は間違いなく霧子なんだね」

 そうノキアが頷きながら言った。

 すると豚がまた喋り出した。

《犯人扱い、バカにするな、バカじゃないんだ、頭が良いんだ、好きなんだ、嫌いなんだ、好きすぎるんだ、誰か助けて》

 ノキアは喋っている先頭の豚を両手で捕まえると、列の歩みはストップした。

 ノキアは深呼吸してから、語気を強めた。

「助けるよ! アタシが!」

 するとその豚が悲しそうな顔でノキアに会釈してから、

《君に振り回されている、君に振り回されたい、好き勝手やってくれ、うるさいな黙れ》

 と言ったので、ノキアはビックリして手を離すと、また私の頭の周りを空中散歩し始めた一列の豚たち。

 ノキアは悲しそうな顔で、

「豚さんから黙れと言われたぁ」

 と言って私のお腹あたりに抱きついてきた。

 私はノキアの頭を優しく撫でてから、こう言った。

「ゴメンね、ノキア、これ私の気持ちなんだよ」

 ノキアは上目遣いで私のほうを見ながら、

「霧子の、気持ち?」

「そう、私の気持ち」

「どういうこと? 教えて、何でこんな支離滅裂なの?」

「両方の感情があるからだよ」

「両方」

 そうオウム返ししたノキアに私は少し距離をとると、ノキアが上体を起こしたので、正面から目を見て喋り出した。

「私だって詩の部活をやって、詩をバカにする全校生徒を見返したいと思うよ。でもそんなことができるのかどうか怖いんだ」

「そっか! 霧子はやりたいけどもやりたくないという気持ちなんだ!」

「そう、きっと、とらさんって私の気持ちに反応して変化するんだと思う。私に本音を喋らせるために」

「じゃあとらさんは霧子の代弁者なんだ! ナイスコンビネーション!」

 そう言ってサムズアップしたノキア。

 いやでも、

「いい迷惑でもあるけどね」

「ううん! アタシは霧子の本当の気持ちが知れて嬉しい! だって霧子ったら本当何も言ってくれないから!」

「別にそんなことないよ」

「いいや! そんなことある!」

 そう言ってまた私の手を強く握ったノキア。

 何だか意を決したような表情でこう言った。

「アタシはいつだって霧子の味方だから! 何でも言いたいこと言ってよ!」

 何かやけに真剣な面持ちだったので、私は思っていることをハッキリ言うことにした。

「私も詩の部活をしたい。小さなところからコツコツと頑張っていきたい。だから一緒に高校に作ろう」

 すると私の頭の周りを歩いていた豚がどんどん床に着地していって、先頭の豚が私のほうを見ながらこう言った。

《やっぱり正直者がブーだよね》

 最後にニカッと笑って、その豚たちは空気に溶け込むようにいなくなった。

 最後の正直者がブーって……本当に良い意味? いや表情は晴れやかだったけども。

 そんなことを思っていたら、いつの間にか目の前にとらさんがいて、

《やっぱり霧子とノキアは仲良しねー、ほほほほー、いいねー》

 と言って笑った。

「確かに、私とノキアは仲良しだね」

 となんとなくそう言うと、ノキアが急に強く私に抱きついてきて、

「そうだよー!」

 と声を上げた。

 何だかその感じがとらさんみたいだったので、私はノキアを強く抱き締め返した。

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