第5話

 俺が前世の記憶を思い出して一週間が経った。


 何か目的を見つけると時間の流れは早い。

 一日二回の家事に、自由時間はほとんど筋トレをして過ごした。おかげで、俺は大量の経験値を獲得できた。


 しかし、ここにきて新たな問題が発生する。

 厳密には、能力の仕組みがどんどん判明していった。


「保有経験値77……か」


 目の前に表示された数値を見て、「うーん」と首を傾げる。


「一週間、あれだけ頑張った割には少ないね。スキルまであっと一歩だと思うと、結構な糧だけど」

「うん。どうやらカナリアの推測が当たったね。能力は俺にいろんな経験を積ませて強くしたいらしい。もしくは、魔物を倒すことこそが本懐なのかな?」


 一週間、俺は一度たりともサボらずに訓練と仕事をやり抜いた。

 けど、獲得できた経験値は合計61。予想より少ない。


 その理由はすでに分かってる。

 一日に経験値を獲得できるチャンスは一度だけなんだ。掃除と洗濯を何度繰り返しても、もらえるのは3。合計6。

 運動も一緒だった。

 一度経験値をもらったあと、いくら体を動かしてもメッセージは表示されない。だが、次の日にはもらえる。


 それだけなら、運動だけでも一週間で70は稼げたんだが、なかなかに厄介な仕組みが隠されていた。


 家事も運動も、やればやるほど、経験値を得るほどに少なくなっていく。

 最初は3だった家事も、次の日には2。二日後には1。そこからずっと1で固定。

 運動も一週間後には5まで下がった。

 これが予想より経験値の獲得量が少ない理由だ。


 ただ、家事の最低値が1だったのに対し、運動は5。それ以上は下がらない。

 これはカナリアが予想した、「俺に力を付けてほしい」という意図だろうか?

 かといって、魔物を倒しに行くには今の俺は弱すぎる。人界に生息している魔物にすら勝てる気がしない。


 このままでは停滞だ。新しい風が欲しい。


「だとしてもダメよ。スキル無しで子供のレイヴンが挑むにはリスクが高すぎる」

「だね。俺も無駄死にはごめんだ。せめてスキルを一つか二つは持っておきたいな」

「そうなると……新しい経験が必要ね。昨日言ってたあれ、本当に実行するの?」


 微妙な顔でカナリアが俺に問う。


 実は先日、この状況を打破するべく、カナリアとすでに話し合っていた。

 結論も出ているが、カナリアはあまり乗り気ではない。気持ちは分かるが、今は少しでも早く強くなることが先決だ。それが多少大変でもね。


「平気だよ。みんないい人だってアッシュさんが言ってただろ?」

「あのおじさんの言葉は信用できないわ。冒険者は荒くれ者が多いって有名じゃない。たとえ安全でも、あのおじさんが素直に引き受けてくれるかしら」

「そろそろ引退だーって言ってたし、きっと快く引き受けてくれるよ。たぶん」


 確証は無いが、うだうだ言っててもしょうがない。


 不満そうなカナリアを連れて、俺は孤児院を出た。

 午後の自由時間を使ってある人に会いに行く。目的地は──冒険者ギルドだ。




 ■




 冒険者。

 それは、人界各地で魔物を討伐する者たちのこと。


 冒険者ギルドはそんな冒険者を管理し、各地から様々な依頼を届けるのが仕事だ。

 要するに冒険者のための組織である。


 俺が住んでるここヴェンデルにも冒険者ギルドはある。

 そして俺が会いに行こうとしてるのは、6年前、まだ小さかった俺を魔物の群れから救い出してくれた人だ。


 名前はアッシュ。

 年齢は40歳。ベテランの冒険者で、スキルは持っていないが非常に優秀だったとか。10年ほど前には領主の護衛もしていたらしい。


 中央広場を突っ切って西側にある大きな建物の前に到着した。ここが冒険者ギルドだ。

 木製の二枚扉の向こう側から、陽気な声が聞こえてくる。


 まだ昼頃だっていうのに、すでに暇を持て余した冒険者が酒を飲み交わしてるのは明白だ。

 冒険者は割と自由な仕事ゆえ、そういう人が多い。


 先頭に立って扉を押す。室内に入ると、途端にアルコールの臭いが鼻をつく。


「相変わらず臭い……」


 後ろでカナリアがしかめっ面を作っていた。

 俺も同意見だ。口呼吸に切り替えてずんずんと室内を横断していく。

 入って左側に併設されている酒場にて、目当ての人物を早速見つけた。


 向こうもこちらに気付き、手をぶんぶん振って大きな声を上げた。


「おー! レイヴンにカナリアじゃねぇか。こんな所に何しに来たんだ?」


 俺たちを迎えてくれたのは、顔にゴルゴ線の入ったおっさん冒険者。

 足下に立て掛けてある傷だらけの鞘は、どれだけ危険な時間を共有したのか俺に教えてくれる。まさに歴戦の猛者って感じだ。

 今は頬を赤くした酔っ払いだがな。


「久しぶり、アッシュさん。今日はアッシュさんにお願いがあって来たんだ」

「お願いぃ? 俺みたいなダメな大人にお願いなんかしちゃいかんだろ~」

「酔ってるね。まあいいや、とりあえずお願いだけしていくよ」

「言ってみろ言ってみろ。俺ぁ金は無いが大人だぜ? 少しくらいは手を貸せるかもしれねぇぞ」


 ガハハ、と盛大に笑うアッシュさんに、俺は呆れながら言った。


「実は、アッシュさんに剣を教えてほしいんだ」

「…………あん? 剣だと?」


 急にアッシュさんの様子が変わった。

 酒の入ったコップをテーブルに置き、真剣な眼差しを俺に向ける。空気がわずかに冷たくなった気さえする。


「どういうことだ? まさかまだ冒険がしたいとか言ってんじゃねぇだろうな」

「そのまさかだよ。俺の夢は変わらない。力を付けて旅をする。だからアッシュさんに剣を教えてほしいんだ。稽古だけでもいい」

「ダメだダメだ! 危険すぎる。魔物がどんな生き物か、お前が知らないはずないだろう」

「知った上で夢は諦めない。たとえアッシュさんが断っても俺は行くよ。どんな方法を使ってもね」


 あっさり断られてしまったが、それならそれで今まで通り経験値を貯めてスキルを習得するだけだ。

 決して、夢は捨てない。


「レイヴン……お前やっぱり、まだ魔物のことが……」


 アッシュさんの瞳に優しさと後悔の感情が宿る。

 俺は首を横に振った。


「ううん、違うよ。何度も言ってるでしょ? 俺は魔物に復讐がしたくて強くなりたいんじゃない。本当に、まだ見ぬ何かを求めて外に出るんだ。魔物に対する憎悪がまったく無いわけじゃないけど……復讐は何も生まない。みんなの仇は、アッシュさんたちが取ってくれたから」


 6年前の記憶は今でも鮮明に覚えてる。

 目の前で魔物に両親が喰われた。友達も、知り合いも、好きな子も全員が死んだ。悲惨なものだった。心の傷はいまだに治らない。


 それでも俺は、好奇心を抑えられなかった。

 我ながら呆れる性格だとは思うが、過去に縛られてもしょうがない。俺が生きた意味を見つけるんだ。見つけて、せめて楽しむ。それが残された者の務めだ。


「……そう、か。分かった。お前の気持ちはよーく分かった。俺ももう無粋なことは言わねぇよ」


 アッシュさんがそう呟いて席から立った。


「いいだろう。俺がお前をテストしてやる。一騎打ちだ。お前に才能があるなら勝ってみせろ。そしたら稽古でもなんでも付けてやる。だが……才能が無きゃ、冒険者になるのも認めない。どうする? この条件でもお前は俺に挑むか? 俺にお願いするのか?」


 アッシュさんからの挑戦状だ。受け取れば俺の人生は茨の道になるかもしれない。


「無駄なリスクね。受ける必要は無いわよ、レイヴン」

「いや、アッシュさんの提案を呑むよ」

「レイヴン⁉ どうして……」

「確かに俺にとっては不利な条件だけど、ここで退くような奴が生き残れると思うかい? それに俺は、早く強くなりたいんだ。足踏みなんてしていられない。リスクも承知の上さ!」


 一番の理由は、恩人であるアッシュさんを無視して街を出たくなかった。

 彼に許可を取った上で、俺は世界を見て回りたいんだ。恩を仇で返すような真似はしない。


 だから、俺は正々堂々、アッシュさんの想像を超えていく!


「フッ。その心意気は褒めてやるが、俺のテストは甘くないぜ?」

「望むところさ」


 にやりと笑い、外へ向かって歩き出したアッシュさんを追い掛ける。


 ここからが、本当の始まりだ。

 俺はまだ、夢へ続く道のスタートラインにも立っていない。

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