第4話
カナリアと共に孤児院の中庭に出る。
すでに俺たち以外の子供が、孤児院の職員と協力して衣服を洗っていた。俺とカナリアもその中に混ざる。
この異世界は、俺が知る地球に比べて文明レベルというか、技術力が幾分か低い。
使い慣れた洗濯機なんて無いし、乾燥機も存在しない。
衣服は全て手洗いだ。洗い終わったら手で水を絞って干す。冬の冷水は地獄だとよくぼやいたものだ。
今の季節は夏。
多少暑いくらいで、水はまだ冷たい。手が痛むほどではないため、春や冬より遙かにマシだ。
ちなみに男女の服は適当に混ざられてるから、誰が誰の服を洗うかは分からない。
幸いなのは、孤児院に残っていられる年齢が最年長でも15歳。
俺とカナリアが14歳で現在最年長だから、危険な物は洗わなくて済む。
孤児院だからな。当然、パンツを含めた下着なんて無い。みんなノーパンだし、女性はブラジャーも付けていない。職員たちの分は自分で洗うから、間違いも起きない。
それが孤児院のルールだ。俺もホッとしてる。
カナリアの下着なんて洗ってみろ、気まずい。超、気まずい。
「レイヴン? 難しい顔してる」
「あ……いや、水が冷たいなって」
「そうだね。これからどんどん暑くなってくるし、それまでの我慢だよ」
「分かってるさ。残り、頑張って終わらせよう」
「うん」
できるだけ急いで衣服を洗っていく。
俺とカナリアの分が無くなると仕事は終了だ。基本的に一日、午前中に二回の仕事が割り振られる。
今日は掃除と洗濯。だからもう終わりだ。あとは自由時間。何をしても怒られることはない。
「──よし、洗濯終了。お疲れ、カナリア」
「レイヴンもお疲れ様。このあとは何する?」
「俺は部屋で本でも読むよ。……おっ」
きたきた。
話してる最中に例のメッセージ画面が表示された。俺の願望通り、掃除以外でも経験値を得られるらしい。
【洗濯を達成。経験値3を獲得しました】
相変わらず一度に獲得できる量は少ないが、これで効率は二倍になった。
次から掃除も洗濯も経験値が0にならない限りはな。
「カナリアは? たまには外で羽根でも伸ばしてきなよ」
「一人で?」
「一人で」
ぶっちゃけると、彼女が俺にぴったり張り付いていると、まともに能力の検証ができない。
かといってカナリアが一人行動するとは思えないし……。
「え~。私、レイヴンの傍にいたい。落ち着かない」
ほらね? 5年前くらいからずっとこうなんだ。
前世の記憶を覚醒させる前、俺はひたすら孤立していたカナリアに声を掛け、仲良くなろうとした。
最初はすっごく嫌われていたが、何度か彼女のピンチ? に手を貸した結果、心を開いてくれるようになった。
今じゃ、四六時中俺の傍を離れないくらいには親しくなれた。
問題は、その信頼というか、信用が重いということ。
やっぱりカナリアにだけは、能力のこと話しておくか?
協力者が一人いたほうが、孤児院の中で検証などがしやすい。
これから俺はどんどん奇妙な行いを積み重ねていくだろうからね。カナリアが近くにいてくれるのは、リスクと同時にリターンでもある。
ううむ……。
「何よその顔。私がいると邪魔?」
しゅん、とカナリアの表情が哀しみに変わった。
俺、あの顔が苦手なんだよね……しょうがない。
よりよい安全のために、俺はカナリアを巻き込むことに決めた。彼女の性格上、バレるのは時間の問題だろうしね。
ついさっきまで隠そうとしてたくせに、無駄な思考だったな。
「邪魔じゃないよ。一緒にいるならカナリアには説明しておかないとね。俺の秘密を」
「レイヴンの秘密? 私が知らない秘密があるの?」
「俺自身、今日知ったことだからね。カナリアが知ってるはずがない」
「どういうこと?」
意味不明、と言わんばかりにカナリアが首を傾げる。
俺は彼女の手を握り、部屋まで歩いていった。室内に誰もいないことを確認したあと、部屋の隅に座り込む。
「ここで話そう。声も抑えてくれ……って、顔が赤いよ? カナリア」
俺の目の前で座り込んだカナリアの頬が、若干赤かった。
何かあったのか? この短時間の間に。
「な、なんでもない! それより話! 聞かせて、レイヴンの秘密」
不自然な態度だが、まあいい。今は俺の話のほうが大事だ。
「誰にも言わないでほしいんだけど……どうやら俺は今日、不思議な力に目覚めたっぽい。スキルとは違った、よく分からない能力に」
「能力? どんな?」
「簡単に言うと、スキルを習得できる能力だ」
できるだけ分かりやすい言葉を選んでカナリアに説明する。
全て聞き終えた彼女は、真面目な表情に戻って言った。
「なるほど……理不尽でふざけた能力ね。理論上、スキルは幾つでも習得できるんでしょ?」
「おそらく」
「ふうん。でも、スキルが無限に、何のリスクも代償も無く習得できるとは思えない。違う?」
「その通り。さすがカナリア」
彼女は出会った6年前からクールで頭がよかった。物事を客観的に捉えることができる。
そんな彼女だからこそ、俺も秘密を打ち明ける気になった。彼女が傍にいてくれれば心強い。
「ぽんぽん自由にスキルを得られるなら、わざわざ私に話す必要がないもの。いくらでも隠せるし、レイヴンは孤児院を出て行ったはず」
「そういうイメージなんだ」
「ええ。レイヴンの夢は世界中を見て回ること。孤児院の人間なら誰でも知ってるわ」
「恥ずかしい限りで」
実は前世の記憶を取り戻す前から、俺は俺だったらしい。
夢は冒険と語っていたくらいだ。そのせいで1年はカナリアと険悪だった。それもまた懐かしい思い出。
「スキルの習得に必要な条件は?」
「経験値だよ」
「経験値?」
「何かしらの行いで貯まるお金だと思ってくれ。今のところ、掃除と洗濯でそれぞれ3ずつ経験値が入った」
「スキルに必要な経験値は?」
「100。最低でもね」
「……ずいぶん地道ね。一つのスキルが半月もあれば手に入るって考えると、破格だとは思うけど……」
カナリアも俺と同じで渋い顔をした。
だよなぁ。破格だと分かっていても、人間、欲が出る。
「できるなら早く強くなりたい」
と。
「街を出るためね」
「ああ。この能力のおかげで俺は夢に手を伸ばせる。やがては禁足地にだって行けるかもしれない」
「本気なの? 禁足地は足を踏み入れたが最後、決して戻ることができないって言われてるのよ」
「危険は承知の上さ。それを上回る俺の好奇心を恨むよ」
これはもう性みたいなものだ。
転生しても治らない。むしろ転生したことでより一層強くなったと言ってもいい。
まだ見ぬ未知に心が躍る。死すらも怖くない。何もできずに死ぬほうが恐ろしいくらいだ。
「レイヴンらしいわね……昔から」
くすりとカナリアが笑う。
「レイヴンの覚悟はよーく分かったわ。一応確かめたかったの。私も覚悟を決めるためにね」
「……カナリアが?」
どういう意味だ?
頭上に「?」を浮かべる俺に対して、彼女は母性すら感じさせる優しい微笑みを見せる。
「私もレイヴンと一緒に旅をする」
「なっ⁉」
嘘だろ⁉ と俺は狼狽える。
「カナリアは旅に反対してただろ? 両親が……」
「私の両親は、私より探求心を優先した。それは揺るがない事実で、今も許せてない」
「なら」
「だとしても、私はレイヴンの傍にいたい。私の居場所はあなたの隣よ」
そう言ったカナリアの顔には、不安は無かった。
魔物に住んでいた村を滅ぼされた俺と違い、彼女は両親に捨てられて孤児院に入った。
彼女の両親は、俺と同じ夢を掲げた冒険者。
奥さんと一緒に街の外へ、世界へ羽ばたく道を選び、そのためにカナリアを捨てた。
彼女と出会った6年前、俺は彼女に夢を語って頬を叩かれた。
それくらい彼女にとって、冒険は忌むべきものだ。人に興味が無いのも、信用して裏切られたくないがゆえ。
そんな彼女が俺の夢に手を貸してくれるなど……素直に喜べるはずがない。
「大丈夫。昔から考えてたことよ。一人で行かせるわけないじゃない」
「カナリア……」
「それより、ほら! レイヴンの能力を検証するほうが先決でしょ。私のことはひとまず置いといて、ね?」
「……そう、だね」
彼女の言う通りだ。
カナリアが俺の旅に同行するか否かは、また別の機会にでも話し合えること。
時間が彼女の気持ちを変える可能性は充分にある。
「ひとまず、経験値をどう稼ぐか考えよう」
「それに関しては一つ、私の中で仮説があるわ」
「仮説?」
「どんな意図があってレイヴンに能力が宿ったのか。それを証明するヒントになるかも」
「どういうこと?」
「説明すると長いわ。その前に、──運動しましょ?」
「……運動?」
「体を鍛えるの。それだって立派な経験よ」
「確かに」
元々、街の外に出るには筋肉も体力も必要不可欠。
仮に、経験値ももらえるなら一石二鳥だ。むくむくとやる気が出た。
今は自由時間、早速、室内でできる筋トレから初めてみる。
腕立て伏せに腹筋、スクワットなど体に負荷を掛けていく。
当然、これまで平凡な暮らしを送っていた俺の体は、軽く体を動かすだけでも悲鳴を上げた。
もっと前から筋トレくらいしておけよ! と過去の自分に文句を垂れながら、床に転がる。汗がびっしりだ。
「お疲れ様。経験値は?」
「えっと…………あ」
【運動を達成。経験値10を獲得しました】
手に入った。しかも、掃除や洗濯より遙かに多い。
「もらえたよ、カナリア。10。家事より三倍以上も多い!」
思わず喜んだ俺に、カナリアはにやりと笑って返事する。
「やっぱり……体を動かすほうがもらえる経験値は多いのね」
「何か分かったの?」
「レイヴンの能力は戦うための力。強くなるための仕組みがある」
「仕組み、か」
「スキルはほとんど戦闘に関するものでしょ? それを得られる能力なんだから、最終的な目標は、魔物の討伐。それに必要なことほど得られる経験値は多くなるんじゃないかしら」
「それで戦闘にまったく関係のない家事のほうは、獲得できる経験値の量が少ないのか」
「あくまで予想だけどね」
割と当たってる気がする。
この能力を与えた何者かは、俺に強くなってほしいのか? 強くなって何をさせるつもりだ?
なんであれ、俺のやることは変わらない。
「望むところさ。力が得られるなら、用意された道を馬鹿みたいに突っ走ってやる!」
休憩は終わり。息を整えて再び筋トレに励む。
「頑張ってね、レイヴン」
「ああ。カナリアも何か分かったらその都度教えてくれ。頼りにしてるよ」
「任せて。私は決して、レイヴンの足を引っ張らない」
ささやき、カナリアは俺から視線を外して思考にふける。
お互い、一生懸命に走る。夢に向かって。
今や、俺たちは共通の夢を持ってる。
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