第3話

 本当に突然、不思議な画面が目の前に表示された。


 それはゲームでいう、「メッセージウィンドウ」のようなもの。

 青い半透明の板だ。左側から流れるように白い文字が刻まれている。


「経験値……?」


 文字を読み上げる。


 意味は理解できるが、こんなものが出てきた理由までは伺えない。

 細かい説明分が無いのだ、俺にどうしろと?


 十秒ほどの間、俺はジッと青い半透明の板を見つめることしかできなかった。

 だが、俺の疑問を察してくれたのか、唐突に画面がパッと切り替わる。

 文字が消え、代わりに新たな文章が記された。


 細長の長方形だったウィンドウ画面が、今度は大きく広がって正四角形に。

 画面の一番上、中央に添えられた文字は「スキルリスト」。さらにその右側、端に「保有経験値3」と書いてあった。


 これだけだとまだ意味が中途半端だ。俺がもっとも注目したのはそこではない。

 さらに下、画面のど真ん中から一番下までずらりと並んだ文字。そちらのほうがよほど気になった。


「剣術に、身体強化、火魔法に風魔法……これって」


 幾つかの文字列に覚えがある。レイヴンとして生きてきた記憶の中に。


 ≪スキル≫だ。この世界で神様が人間に与える恩恵。それとまったく同じ。


「どういうことだ? スキルリストって名前といい、保有経験値といい……何より膨大なスキルの量。ひょっとして、ひょっとするのか?」


 右手が自然と動いた。

 前世の知識ゆえか、この手のパネルには「触れるもの」と体が覚えている。

 震える右手の人差し指が、撫でるように優しくスキルの一つに触れる。直後、またしても画面が切り替わった。


 新しい画面には、俺が触れたスキルの名前が中央にデカデカと表示され、名前の下に「必要経験値100」と書いてある。


 やっぱりそういうことか。


「獲得した経験値を消費してスキルを習得できる?」


 真っ先に頭の中に浮かんだ答えはそれだった。

 先ほどの、最初に表示されたメッセージでは、掃除を達成したから経験値を3獲得したって記してあった。

 そしてこの画面。他に考えようが無い。


 理屈も理由も依然謎のままだが、少なくとも分かったことはある。

 この能力? 恩恵? を用いれば、俺に必要なモノが手に入るってことだ。


「は、はは……マジかよ。そりゃあスキルを望んでたけど、ここまで用意してくれるのか?」


 たぶん、このスキルリストって力には意味がある。

 何者か……おそらくこの世界で信仰されている神様が俺にくれた恩恵。特典。


 じゃなきゃ、わざわざ俺が知ってる形でこのシステムを表現する必要は無い。

 これまでのレイヴンとしての記憶に、似た能力を持っている人間の話は出てこないし……この世界では、複数のスキルを持ってるだけで破格の待遇が約束される。

 それくらいスキルは貴重なもの。


 誰も彼もが俺と同じ力を持っているなら、人界はもっと開拓されていたはずだ。禁足地なんて指定して怖がることもない。


 要するにこれは、俺の固有の能力。スキルとは異なる加護のようなもの。


「まあ何でもいい。もらえるモノはもらっておく主義だ。ありがとう、俺に力をくれた誰か。この力は有効に活用してみせる」


 懸念があるとすれば、俺に何をさせたくてこんなチート能力を与えたのか。

 それと、今のところまったく取扱説明書が無いこと。


 前者は知りようがない。

 教えてくれるか判明するまで待つ。


 後者は要検証だな。推測くらいなら立てられるが。


「まずは、掃除をもう一度やってみるか」


 メッセージは俺に教えてくれた。掃除をしたから経験値を得たと。

 同じことを繰り返せば、スキルの習得に必要な経験値が貯まるって算段だ。


 適当に近くを掃いていく。

 もうほとんどゴミなんて残っていない。それでも俺は五分ほど掃除を続ける。


 しかし、いくら待っても先ほどのメッセージは表示されなかった。


「ふむ……掃除がし足りなかったのか? けど、すでに掃除は終わって床は綺麗だしな……」


 考えられるとしたら、他に、一日の獲得経験値量の上限が決まってるか、同じことを繰り返しても経験値はもらえないのか。口に出した掃除のクオリティ? 問題を含めれば三つ。

 パッと思いつく限りだとこんなもんか。


 そもそも経験値を獲得できるのは掃除だけなのか?

 それとも、だからなんでも経験さえ積み重ねればいいのか。


 仮に掃除だけなら、一度に得られる経験値が少なすぎて、スキルを習得するまでに時間が掛かる。


 画面を戻していろんなスキルに触れてみたが、基本的に「物理」にカテゴライズされたスキルは、経験値が100必要。

 魔法にカテゴライズされたスキルは、経験値が300必要だ。


 まあ、高火力高性能の魔法スキルのほうが高いのは納得だな。獲得できる経験値量に見合ってるかどうかは、人による。

 時間さえ掛ければスキルを得られるんだ、たとえ一日3でも嬉しい。


 だが、俺にはやや不満だ。

 本当なら今すぐにでも街の外に飛び出して冒険を始めたいというのに、一日たった3しか経験値がもらえないのでは、物理スキルを習得するのに一ヶ月以上掛かるじゃないか。


 それも外へ出るのに必要な最低限のスキルの話だ。

 禁足地と呼ばれる人界の外にある領域へ行くには、スキルが幾つあっても足りないと言われてる。


「他にもあるはずだ……何か、経験値を得られる条件か何かが」

「──条件? 何の話?」


 後ろから声が聞こえてきた。

 振り返ると、今朝顔を合わせた幼馴染のカナリアが立っている。彼女は怪訝な顔で俺を見た。


「カナリアか。なんでもないよ、ただの独り言」

「そう? それならいいけど、次は中庭で洗濯よ。いつまで掃除をやってるの?」

「ちょっとね。考え事をしてて」

「どんなこと?」

「秘密。女の子には話せない内容さ」

「エッチなことね」

「なんでだよ⁉」


 濡れ衣だ!


「男は常にエッチなことを考えてるって聞いたわ」

「誰に⁉ 違うよ! ただ、今はまだ話せないってだけ。俺自身、困惑してるから」

「なにそれ……意味分かんない」


 ぷくぅ、と頬を膨らませてカナリアが拗ねる。

 彼女は俺にだけこの顔を見せる。彼女は俺以外の人間が嫌いらしい。正確には、興味が無いと言うべきか。


 どちらにせよ、彼女の感情を一身に受けてちょっとだけ気まずくなった。

 でも、能力のことを話すべきか迷う。


 この力はとても大きなものだ。扱いを間違えれば災いを呼ぶ。信用できるカナリアとはいえ、素直に相談するべきかどうか。


 正直、彼女になら言ってもいいが、気付かれるまでは放置でもいい。

 今は何より、能力の検証や解析が優先される。相談は、彼女にバレるかどこかで躓かない限りいいだろう。


 慎重にこしたことはない。


「ごめんね、カナリア。洗濯、一緒にやろうか」

「……うん」


 不満そうな顔で、しかし彼女は大人しく頷いた。


 なんだかんだ、俺の言葉には従ってくれる。疑問は消えていないはずだ。あとはそれを彼女がどうするか。

 踏み込んでくるなら、相応の覚悟を問わねばならない。


 俺の目標は、あくまで世界中を見て回ること。能力の解析じゃないのだから。


 カナリアの隣を通り抜け、俺は指定された中庭のほうへと向かった。カナリアもすぐに俺の背中を追い掛けてくる。




 それはそうと……果たして洗濯をしたら経験値は得られるのかな?

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