9 新たな伝説の謎
「そして、それはゴールデンルーシェという動物から作られるということも」
ハルは再び頭を悩ませた。「ゴールデンルーシェ?」聞き慣れないその名前に、彼の中で疑問が膨らんでいく。ルーシェという動物なら知っていた。山岳地帯に生息する生き物で、鋭い爪と滑らかな毛皮を持つ獣だと聞いている。しかし「ゴールデン」が付くルーシェなど、これまでに聞いたことがなかった。
ハルは幼い頃から動物に囲まれて生活をしていた。農村の周辺には多くの家畜や野生動物が共存しており、彼はそれらの姿を間近で見て育った。
特に動物に興味を持つきっかけとなったのが、デルンからもらった色彩豊かな動物図鑑だった。挿絵が細部まで描き込まれているその図鑑は、彼の宝物であり、何度も読み返した記憶がある。
しかし、その中にもゴールデンルーシェという名前はなかった。
(一体、どんな動物なんだ……)
ハルは頭の中で想像を巡らせながらも、その答えにたどり着くことができなかった。その生物がどんな特徴を持ち、なぜその名前が語られるのか、ますます興味を惹かれていった。
ハルは思わず、手を挙げていた。
「お、ハルくん。何か質問かな?」
「あ、はい。そのゴールデンルーシェって動物とルーシェって動物は違うんですか?」
「ああ、いい質問じゃの。同じだが、太陽に当たると体毛が金色に輝いているのだよ。普通のルーシェは、灰色の体毛だが、ゴールデンルーシェは、夜になっても輝いている。なぜかは分からんがの。ただ、今まで誰も見たことがないという。歴史書に載っているだけじゃ」
ハルは、ゴールデンルーシェという生き物に会ってみたいという強い衝動に駆られた。そういえば、さっき校長が話の中で「キシンの森」という場所に触れていたのを思い出す。もしそこに行けば、ゴールデンルーシェに出会えるのではないだろうか。
さらに、昔耳にした噂が脳裏をよぎった。キシンの森で狩りをしたターリンたちが、森の最奥には何か得体の知れない謎があると言っていたのだ。
もしかすると、その謎とゴールデンルーシェが関係しているのかもしれない……
校長は、さらに続けた。
「その聖笛は、ある力を持っている……それは、天気を操ることができる力。しかし、この笛を使いこなせるのは選ばれし者だけということ」
そしてここで、校長は表情を暗くして続きを語った。
「しかし、隣国のトラバートルとトラスニアは、同盟を結び、この笛を奪おうと侵攻してきた。当時の二国も飢餓に苦しんでいたがら、笛を狙っていたのじゃ。それから、十年にわたって攻防戦が行われた」
当時、エルニア王国が大旱魃や飢餓だけでなく、隣国トラスニアとトラバートルからの侵攻に苦しめられていた時代、グリマールという人物が登場した。彼は、伝説の“聖笛”を手にし、それを吹いて霧を発生させ、敵の進軍を阻止したと言われている。
この戦術は一時的に効果を上げ、敵の軍を混乱させることに成功したものの、トラスニアとトラバートルの圧倒的な軍事力には抗えなかった。ついには敵軍がエルニアの首都にまで侵攻したとされる。
しかし、奇妙なことに、敵軍が首都に侵攻した時点で、聖笛はすでに紛失しており、その笛を用いていたグリマールも暗殺されていた。これらの出来事は、エルニアの歴史の中で“霧中の戦役“として語り継がれている。霧を操る聖笛を使い、国を守ろうとしたグリマールの勇敢な行いは、現在でもエルニア国民の間で讃えられている。
一方、侵攻側であったトラスニアとトラバートルでは、この戦争は“神聖奏戦”と呼ばれ、彼らの宗教的な歴史の中で正当化され、さらには神聖視されている。
彼らにとって、この戦争は侵略ではなく、神聖な使命として記録されているのだ。そして現在に至るまで、トラスニアやトラバートルの中には聖笛の所在を追い求め、手に入れようとする者がいるという。
ハルはこの話を聞きながら、理解するのに時間がかかった。歴史の中には多くの視点があり、同じ出来事が異なる国や文化の中で全く異なる意味を持つ。
それを理解するには、エルニアの歴史だけでなく、トラスニアやトラバートルの視点も知る必要があると感じた。それでも、ハルの中でこの物語は非常に興味深いものだった。人一倍好奇心が強い彼にとって、霧中の戦役や聖笛にまつわる伝説は、未知の世界への扉を開くように思えた。
そして、その興味はハルの中で次第に具体的な目標へと変わりつつあった。「ゴールデンルーシェに会いたい」という思いが、これらの歴史的な話と結びつき、彼の探究心をさらに掻き立てた。
聖笛、霧、そしてゴールデンルーシェ。これらの謎が絡み合う中で、ハルの目標は揺るぎないものとなり、心に新たな冒険への意志を燃え上がらせた。
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空を開け、光の種は芽吹かない 倉津野陸斗 @rin1812
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