8 灰色の四十年
図書館から戻ったハルは、再び授業に臨んだ。
この日の科目は歴史学。今のハルにとって最も興味を引かれる学問だった。エルニアの歴史に関する知識を深めたいという強い思いが、この授業を特別なものにしている。
教室に入ると、歴史の教師が前に立っていた。それは、キングスフォード校長その人だった。校長は白い貴族風の洋服を身にまとい、威厳ある佇まいを見せている。その姿には洗練された気品が漂い、生徒たちの注目を一身に集めていた。
キングスフォード校長は黒板の前に立つと、落ち着いた声で授業を始めた。彼の言葉には深い知識と経験が感じられ、ハルは思わず前のめりになって耳を傾けた。エルニアの歴史の流れが、校長の語る一言一言によって鮮明に形作られていくようだった。
「ええ、皆さん。お元気ですか? 今から、歴史の勉強をしましょうね」
その声は優しくもあり、時に厳格な響きを持っていた。
「エルニアの歴史と聞いて、思い浮かぶものはありますか?」
ハルには、校長の話の内容がどこか現実感を伴わず、ピンと来るものがなかった。
おそらく、それは彼がエルニアの果ての小さな村で、自然とともに過ごしてきたため、こうした歴史や文化に触れる機会がなかったからだろう。
同じく授業を聞いていたユンやビガも、特に何か反応を示すことはなかった。
そんな中、隣に座るヨウが手を挙げるのがハルの視界に映った。ヨウの自信に満ちた仕草に、ハルは思わず目を向け、何を言おうとしているのかと興味を引かれた。
「はい。では、ヨウくん」
「はい。聖笛の奇跡です」
「おお。そうじゃな。みんな、知っているかな」
ヨウは頷いたが、ハルとともにユウやビガは若干首を横に傾けた。
「知らなくても大丈夫。私が今から説明しますからね」
校長の話によると、“聖笛の奇跡”とは、約六百年前に起きた出来事を指している。その時代、エルニア王国は「灰色の四十年」と呼ばれる歴史的な大旱魃に見舞われた。
空から雨は一滴も降らず、大地は乾ききり、農作物は枯れ果てた。さらに、それらを糧としていた家畜も次々と命を落とし、王国全土が飢餓と疲弊の波に飲み込まれた。
絶望的な状況の中で、人々は生き延びるためにあらゆる手段を試みた。雨を呼ぶ祈祷や祭事、古代の魔法を用いる試みも行われたが、いずれも効果はなかった。国中には不安と混乱が広がり、人々の希望は次第に失われていった。
校長はその時代の様子を厳かな口調で語りながら、聖笛の奇跡はその苦難の中で訪れた一筋の光明であったと話を締めくくった。その言葉に教室の空気が張り詰め、ハルは続きの話を聞き逃すまいと耳を傾けた。
校長は、ここで一旦、息を切り、一同を見回した。
「しかし、王国西部のキシンの森にグリマール・セファリアスという修道士が現れました。彼は、ある伝承を人々に語りました。それは、エルニア建国の黎明期に、かつて同じような大旱魃が起こった。そして、それは、ある笛を使って解決されたと」
ここでまた、校長は息を整えた。
「そして、それはゴールデンルーシェという動物から作られるということも」
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