7 世界
「ねー、トラスニアとかトラバートルって行ったことある?」
「ないよ。行くには申請して、許可が出ないといけないからね。めんどくさい」
「そうなんだ」
図書館の静かな一角、深い色合いのソファに腰掛けながら、ハルはヨウに気になっていることを尋ねた。歴史書に出てきた「トラスニア」や「トラバートル」という国についてだ。それらがどんな国なのか、ヨウは何か知っているだろうか。そんな期待を込めて質問を投げかけた。
ヨウは少し考え込みながら答えたが、どうやら期待するような情報は得られそうになかった。
その答えに、ハルは肩を落としながらも、さらに疑問が湧き上がる。許可が必要ということは、エルニアとトラスニア、トラバートルとの間に何かしらの制約があるということなのだろうか。
国家間の関係はそれほど良くないのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
「じゃあ、どんな国かもわからないの?」
ハルがもう一度問いかけると、ヨウは少し申し訳なさそうに首を横に振った。
「地図で見たことがあるくらいかな。トラスニアは山岳地帯が多くて、厳しい気候らしいし、トラバートルは広大な平野が広がってるとか。でも、詳しいことは僕も知らないなぁ」
その説明を聞きながら、ハルは興味と同時に少しのもどかしさを覚えた。自分が知らないだけでなく、同じ国の人間でもそれほど知らない土地が存在するという事実が不思議だった。これほど情報が限られているということは、政治的な緊張や文化的な違いが背景にあるのかもしれない。
ハルは再び歴史書を手に取り、その国々についてさらに詳しい記述がないかを探した。許可が必要な国、行ったことのない未知の国。
その言葉は、ハルの中でますます強い探究心を引き起こしていた。
「あんまり仲良くないの? その国とは」
「なくはない。けど、わざわざ行くような国じゃないよ」
「そうなんだ」
ヨウの話によると、トラスニアの首都クレイヴンとトラバートルの首都レムフォードまでは、エルニアのオルディストン中央駅からそれぞれ一日一本だけ直行便の鉄道が出ているらしい。
その列車はエルニアを発ち、国境を越え、長い道のりを経て目的地に到達する。
しかし、その鉄道を利用できるのは限られた人々だけだ。
「乗れるのは行商人や、特別に許可を得た移民、それから貿易品を運ぶ業者くらいだって聞いたことがあるよ」と、ヨウは少し興味なさげに言った。
それでも、ハルにはその話が心に響いた。国境を越える鉄道。
それは彼にとって遠い世界と繋がる夢のような存在に思えた。クレイヴンまでは七時間、レムフォードまでは十二時間という果てしない旅だという。
列車は山岳地帯を縫うように走り、時に広大な平野を突き抜ける。その情景を想像するだけで、ハルの胸は高鳴った。
「そんな長い旅、実際にしてみたらどんな感じなんだろう・・・・・・」と、ハルは思わず呟いた。
ヨウは少し驚いたように彼を見たが、特に答えは返さなかった。彼にとっては、国境を越える旅は現実味がないものだったのかもしれない。
しかし、ハルにとってその話は、未知の世界へと続く扉を感じさせるものだった。
「その鉄道に乗るためには、許可が必要ってことは分かってるけど・・・・・・」とハルは考え込んだ。
そして思った。この旅を現実のものとするためには、まずトラスニアとトラバートルについてもっと知ることが必要だと。
歴史書に戻り、ページをめくりながら、ハルの心は次第に冒険の予感で満たされていった。クレイヴンとはどんな街なのか。レムフォードの平野はどれほど広大なのか。
列車に揺られながらその景色を目にする日は果たして訪れるのだろうか。
その期待が、彼の探究心をますます強くしていくのである。
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