第3話

「――お嬢さん。お嬢さん」

ハッと我に返ると、目の前に白髪の老婦人の心配そうな顔があった。距離がものすごく近い。

「だっ、誰っ?」

「あ、ごめんなさい。大丈夫? あなた、目の前で急にふらふらって倒れたのよ。死んじゃったかと思って驚いたわ」

「えっ?」朱里は、混乱して辺りを見回した。そこに見えるのは、何の変哲もない住宅街の風景だ。

「救急車呼びます?」

「だ、大丈夫です! お気持ちだけで。ただの立ち眩みです」

「そう? ……ならいいけど。若いからって無理しないで。お仕事もほどほどにね」

「はい。気を付けます。ほんとすみません。えっと、あの……ひとつお伺いしたいのですが。この近くに猫カフェってありますか?」

「この辺りに? 猫カフェどころか、喫茶店もありませんよ」

「で、ですよね。……変なことお伺いしてすみません。ありがとうございました」


朱里は駅へと向かった。

現在、時刻は17時近く。記憶によると、猫カフェに入る前の時刻と変わらない。あれだけの出来事があったのに? あれは白昼夢だったのだろうか? にしても、何かが引っ掛かる。胸がざわざわする。この感覚は何?

朱里が急に立ち止まったせいで、後ろから来ていた男性と肩がぶつかった。「すみません!」その瞬間、パッと弾かれたように、朱里は手の甲を顔に寄せた。

「……っ!!」

記憶の通り。できたばかりの引っ搔き傷が残っている。

引っ掻き傷を指でなぞると、きなこの温もりが鮮やかに蘇ってきた。

「ありがとね……きなこ」

朱里は慈しむようにと、手に残る引っ掻き傷を頬に寄せた――。

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猫カフェ・レインボー 知縒 @chiyori_

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