弱者の楽園

周りの奴も平気で嘘をついているんだと思ってたんだ。

周りの奴もどれだけ悪い事を誇るのかって、

周りの奴もみんな同じ天使だと思ってたんだ。



厳格な父親を持つ一人の男がいた。

その男には周りの人とは違う羽と山羊のツノが生えている。

周りとは少し見た目が違かったけれど周りの人もそれを気にしないそぶりをしてくれたため男もそこまで気にはしなかった。

その男は幼少期にカエルを瓶に詰め、母親に見せた事があった。

少年は己より弱いものを支配したその権力を誉めて欲しく、誇示したのだが母親は父親に見つからないように「逃がしておいで」と言った。

しかし少年は母親の忠告を聞かず父親には褒めてもらえるであろうと考え、父親にも同じくそれを見せたのである。

当然褒められる訳はなく逆に、己の独占欲を満たすためのその行動は、酷く卑しい行動として父親から大目玉を食らった。

「お前はもっと天使としての自覚を持て」

父親が口を酸っぱくして言ってきたセリフだ。

懇々と怒鳴りつける父親のことを少年は畏怖の念と反抗する気持ちをも持ち合わせていた。

同年代の天使達はそんな俺を指差して、「あの子はどこかおかしいわ」そんな話をしながらも「まぁ、それも個性の内ですよ」と下卑た笑いをするでもなく、優しく嗤うのだ。互いに慈しみあうそんな世界が俺にはどうも生きづらかった。


少年は思った。

何故馬鹿にしないのか?強者が弱者から奪うのは当然で、強者たる周りの奴らには私を微笑う権利があると思っていたのに、周りはその権利を自ら放棄するのだ。

もっと表に出せばいいのに。

天使たちはいつでも優しさを盾にして劣等を罰していた。


あるときその少年と仲の良かった一人の天使が、悪魔界に身を投げてしまったという話が舞い込んできた。

悪魔界というのは天使達の住む天界から飛び降りた世界で、規律や模範を良しとする天界とは違い、無秩序こそが至高とする世界である。

この少年はその天使が飛び降りるところを目撃して、少年はその天使に尊敬の念を覚えた。


その翌日大人たちは行方不明になった天使がどこに行ったのかと騒ぎになっており、少年はそれに対して大声でこう話す。

「あの天使は悪魔界へと身を投げた!これは凄いことだ!俺は最低だ!そいつの姿を見てなんでか知らないが、興奮したんだ!カッケェってスゲェって、だってよ全てを捨てて一から悪魔としてやり直すんだぜ!?そこに関して本人以外が口を出すのはナンセンスだったと思うぜ。」

一瞬の静寂のもと嵐がやってきた。

「馬鹿者!」

「悪魔だ!アイツはやっぱり悪魔だったんだ!」

「お前が唆したんだろう!そうだ。そうに違いない!」

「あの子を返してよぉ、あなたが!あなたが堕ちればよかったのよ!あぁぁぁぁぁぁ...」

「違う、俺は悪魔じゃないよアイツこそが本物の悪魔に...」

「黙れぇっ!」

父親の雷にも似た怒号が響き渡った。

「お前を育てたのが、間違いだった」

「...え?」

「お前は...悪魔だ。」

母親は泣いていた。

「今すぐ、悪魔界へ帰れ」

「そんな急に言われたって」

少年の口角は上がっていた。

ワクワクを隠せなかったのである。

「...今すぐに」

少年は悪魔界へと身を投げた。

それほどの恨みをぶつけられたのは生まれて初めてだった。


それからは自由だった。

隠れる奴からはツノを奪い、飛びたいと悩む奴からは羽を奪った。

楽園について、最初は居心地が良かった。

弱者をいじめ、強者たる格好をしていれば、誰からも慕われたからだ。

ただただ楽しかった。

あるとき高所から名前を呼ばれ、そっちの方を振り向くと誰かが飛びおりた。

殺すつもりはなかった。

信じてくれ。

アイツが死んだ。

周りの奴らは楽しそうだった。

「いやぁマジで死にやがった最高だな!」

「高所から飛び降りてさ。馬鹿だから羽もがれたこと忘れたんじゃね?」

「もう飛べないってことすらわからんじゃないの?」

もっと慈しまないのか?

天界で習った道徳が男の覇道の邪魔をした。


そのとき初めて天使の奴らと同じことをしていたことを知った。

自分のルールを押し付けて、自分の生きやすい居場所は他の奴にとっては生きにくいことを知り、その瞬間から男はいじめられる側に立つことになった。

羽をもがれツノを折られ、何も残らない。

何度も死のうと考えたが、その逃げを選ぶ勇気がその男にはなかった。

死んだアイツはどんな覚悟だったんだろうか?日々そんな考えがよぎるのである。

怒りと無気力、罪悪感に苛まれ。

天使でもなく、悪魔にもなりきれない。

私はいったいなんなんだ?

何故生まれてきた。

悪魔も天使ももううんざりだ。


ここではないどこかへ行きたかった。

「新しい世界を作らないか?」

その男は、ツノと翼を手折られた、仲間達と共に壁をよじ登った。

必死に登ったその先に、そこには天界でも悪魔界でも見たこともないような美しい世界が広がっていた。


男はそこを弱者の楽園とよんだ。

我々は自らを人間と名乗った。

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弱者の楽園 微風 豪志 @tokumei_kibou_tokumei

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