第4話
「美桜、ケチャップとって」
手にとって渡すと、丸皿の隅の方にちょこんと出し、それを箸で切り分けた目玉焼きにほんの少しだけ添えて颯太は口に運んだ。
「ねぇ、いっつも思うんだけどさ、そうやって目玉焼きに結局つけるなら目玉焼きに直接かけちゃえばいいのに」
私と颯太の前に置かれている丸皿の上には目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンが二枚とトーストがある。あと、栄養を考えてサニーレタスとミニトマトを添えている。颯太の目玉焼きはまだ本来の卵の白さや黄色といった食材の色を維持してるのに対して私の目玉焼きは赤く染まってる。
「こうやって食べた方が節度を保ちながら綺麗に食べれるじゃん。っていうかさ、逆に美桜はいつもケチャップかけ過ぎなんだって」
颯太は私の丸皿をみながら顎でしゃくった。
「そうかな」
「そうだよ。美桜の目玉焼きだけいつも真っ赤じゃんか。卵が可哀想だわ」
「そんなこと考えたこと無いかも。卵の気持ちとか分かんないし」
赤く染まった目玉焼きを箸で切り分け口に運んだ。ケチャップの酸味と甘味が卵の味と絡まって美味しい。私はこれでいいや、と咀嚼していると、呆然と自分の丸皿をみつめる颯太に気付いた。
「なに? どうしたの?」
問い掛けると、「今、卵の声が聴こえた。私を真っ赤に染めないでって言ってる」とまた超能力者みたいなことを言い始めたので、無視することに決めた。私の無視を決め込むという意思を読み取ったのか「もう悪ふざけはやめるから無視しないで」と箸を手にしたまま身体を擦り寄せてきたので咄嗟に身体を突き飛ばした。尻もちをつくようにしてソファの方へと転がったのに、何故かその瞬間颯太はけらけらと笑った。
「ちょっと箸! ソファにケチャップつくじゃんか」
言いながら、私も颯太も24歳にもなるのに一体何をしているのだろうと思った。まるで子供のように朝っぱらからじゃれあっている。颯太と二人で過ごしていると、高校の頃に時が遡ってしまったのではないかという錯覚に陥る時がある。でも、それが心地良かった。颯太と二人でいる時は、何も着飾らなくていい。自然体の私でいられるのだ。
「今日は俺の方が帰り早いだろうからスーパーによってカレーでも作っとくよ」
スーツを身に纏い一歩外に出ると、颯太は途端によそ行きの表情を顔に貼り付ける。さっきまでいた高校生はどこにいったのだ、といつも思う。
「えっ、楽しみ! 早く帰れるように頑張るね」
「おう。楽しみにしといて! 美桜も仕事頑張って」
マンションの前で「じゃ」と互いに手を振り合って別れた。颯太は海外の企業との取引を主とする商社に勤めており、私は生命保険会社で働いている。お互いに働いている為、掃除や洗濯、料理などの家事は全て、その日に出来る方がやるというのは同棲する前に決めたことだった。
駅前のポストに前日書いた母への返信の手紙を投函した。母に大嫌いだと告げたのは、これで96回目になる。電車を待っている間に携帯に指を滑らせ、早速梓に報告した。
〈96回目達成しました。〉
LINEを送信し、携帯を鞄に仕舞ってからすぐに振動した。梓はいつも返事が早い。
〈おっけ。美桜ママからの返事が届いたらすぐに教えて。あの居酒屋予約しとくからw〉
届いたLINEをみながら一瞬笑ってしまいそうになったがそれをなんとか抑えた。気を紛らわせようと、ホームのベンチに腰掛けながらぼんやりと空を見上げた。触れただけで割れてしまいそうな程に透き通った、綺麗な空だった。
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