第7話

――キミは世界を守るため 今日も敵に立ち向かう

――キミの行く手を阻むのは 魔物 魔獣 魔の戦士

――勇者! キミの戦いは 勇者! 誰のためのもの?

――勇者! 僕の見送りは 勇者! キミのためのもの


 花咲Pの新曲は、トーク動画で理音が使った、ボイスチェンジャーの声が歌ってた。コーラスの部分にオレの声も重なってて、歌った覚えがない分、胸が騒いだ。

 理音が直接歌ったのかどうかは分からない。オレの声と同様に、U・TaEで編集されたものかも。

 どっちにしろ、オレが関わってないことには違いない。凄ぇ悔しい。

 なんで呼んでくれなかったんだ、って思うけど、ゲームに夢中になってたのはオレの方だ。直接歌わせて欲しいって申し出たのもオレの方だ。

 オレの声が好きだって言ってたじゃないか。


――でっかい花火をあげてやるぜー!


 前に録ったオレの声が、歌の合間に能天気に響く。それに「おうー」と、既存キャラたちの声が重なる。勇者パーティなイメージなんだろうか? すげぇ凝ってる。でもその中に、メインの声、つまり理音のボイスチェンジャーの声はない。

――勇者! キミの戦いは 勇者! 誰のためのもの?

――勇者! 僕の見送りは 勇者! キミのためのもの


――見送りしかできない僕は 剣も振れない村人A

――キミが血を流そうと 僕にできることはない


 勇ましい歌詞。アップテンポで楽し気な曲。けど曲につけられた紙芝居のイラストは、色調を抑えたセピア系で、どこか寂しい気持ちになった。

 曲につけられたコメントにも「泣ける」「切ない」ってのが目立つ。

 この曲を、理音はどんな気持ちで作ったんだろう?

 オレが参加したゲーム実況、1回くらいは見たんだろうか?

 花火、そういや一緒に行こうって言ってたのに。自分で誘っといて、すっかり忘れてた。

 人混みは無理だ、なんて首を振ってた、色白のインドア派の天才Pの顔を思い出す。居ても立ってもいられないくらい、今すぐ会いたいと思うのは、きっと当然のことだろう。


 好きだ。

 花咲Pの曲が好きだ。天才なのに可愛くておかしい、理音の作る世界が好きだ。

 独占したい。

 理音の作る曲は全部、オレが専属で歌いたい。


 お昼の放送の途中から、当番を他の部員に代わって貰って、オレは放送室を出た。

「どこ行くんだよ?」

 部の仲間に言われて、「村人A!」とだけ告げる。実際は、村人Aでもモブでもない、天才Pなんだけど。

 昼休みの校舎、みんなが弁当食ってる最中の、人通りのあまりない廊下を早足で駆け抜ける。

「あれ、モリー君」

「放送は?」

 何人かに声を掛けられたけど、立ち止まってる余裕はねぇから、片手だけ挙げてスルーした。うちの教室を素通りし、そのまま廊下をずんずん進んで、目指すのは理音の教室だ。


 何を言うかは決めてなかった。頭の中はぐるぐるで、思考がうまくまとまらない。ただ胸が熱くて、とても黙ってはいられない。

 ガラッ、と教室の引き戸を開けると、何人かがオレの方を見た。

 「あ」とか「え」とか、言葉にならないざわめきが、馴染みのない教室に広がる。きょろりと中を見回すと、目的の人物はひっそりと窓際に座ってた。

 1人で弁当を食べながら窓の外をぼうっと覗いて、何を考えてるんだろう? 曲のことか? 歌詞のことか? ゲーム? 勉強? 宿題のことか? そこにオレの場所はあるんだろうか?

「理音!」

 大股で歩み寄りながら声を掛けると、理音はキョトンとこっちを振り向き、デカい目をまたたいた。


「もっ、モリー君! ど、どうかした?」

 声を張るとドモってしまう癖も、男にしては高く細い声も、相変わらずなのに胸が苦しい。

「新曲聴いた」

 オレが告げると、理音は白い顔をふわっと染めて、ぎくしゃくとうなずいた。

「どう? モリロイド」

「いいよ、いい曲だよ、いいけどさ。お前、オレの声好きだって言ったじゃん! だったらオレに歌わせてよ、破局の噂あるって知ってるか? 嫌だぜ、おい。絶対別れねぇ! お前の曲はオレが歌う。歌わせて! 捨てないで! もうゲームばっかしねぇから!」


 思いつくまま言葉に出し、喚きながら理音に抱き着く。

 その内、理音の座る足元に縋りつく格好になってしまったけど、そんなこと気にしてるだけの余裕はなかった。

「えっ、な、何? はきょくって、何の曲?」

 オレの腕の中で理音はひたすら戸惑ってた――とは、後になって聞いた話だ。

 オレはただ夢中で。花咲&モリーをまだ続けたくて。音声アプリより、AIより、モリロイドよりも、オレ自身を選んで欲しくて、アピールすることに必死だった。

 こんなの勇者な訳がない。ただの愚かな歌い手だ。だが、それでいい。


 これが、後にネットで拡散される「モリー君プロポーズ事件」の顛末だ。

 オレ自身、途中で何を口走ってるか分からなくなってしまっていたが、どうやら「好きだ」とか「オレだけにして」とか何とか喚いていたらしい。記憶にないが、動画はあった。

 誰だ、撮ってたの? 理音のクラス全員じゃねぇか?

 例の曲「シーイングオフ」は、すぐにセルフカバーとしてオレの声でも録り直ししたけど、オリジナルバージョンの方が地味にヒットして悔しかった。

 この件で、花咲Pの中の人だってことが周知されてしまった理音だが、本人は別に隠してるつもりはなかったらしい。喋らせたり、歌わせたりしなければ問題ないそうだ。

 今は、あのボイスチェンジャーを使っていいから、一緒に歌わないかって、口説き中。

 今秋の文化祭で、ぜひステージに上がって生演奏やらないか、って誘ったら「無理」って秒で首を振られたけど。これからもずっと一緒に花咲&モリーを続けて行くんだし、いつかうなずいてくれるといいなと思ってる。


 花坂理音は天才だ。まだ高校生だけど、技術を駆使して軽快な曲を幾つも作ることができる。

 元々使ってたのは音声アプリだったけど、今は歌い手担当のオレがいて。これからはずっと、理音の曲はオレが真っ先に歌うつもりだ。


   (終)

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花咲&モリーの馴れ初めの話 はる夏 @harusummer

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