山奥の古民家でエルフのお尻に敷かれている僕の日常がこちら↓

神楽耶 夏輝

第1話

 ここは九州地方の山奥。

 古くから神々が宿ると言い伝えられている神話の郷、神話村。


 鋭く切り立つ山々が、澄み渡る天を突き、深い森の中にはどこか古の気配が漂う。

 風が木々の葉を揺らし、小川のせせらぎが透き通り、鳥の声が静寂を飾る。


 森に守られるようにして佇む古い一軒家。


 それが僕の住まいだ。


 柱は年季が入って黒ずみ、土間にはかすかに木の香りが残る。そんな古民家で、僕は一人……いや、一人ではない生活を送っている。


「きょうは~、だ~いすきなハルに、ごはん、つくりまぁす!」

 カメラに向かってペロリと、ピンク色の舌を出す、銀髪の幼女。

 キラキラと無邪気な笑い声を上げながら、土間の方に駆けていく。

 それを、スマホのカメラで追いかける僕。

 ピンと尖った耳は、いつもクルクルとよく動くのに、今はなぜかじーっとしている。それは彼女が今、わき目もふらず何かに集中している事を物語っている。

 彼女の名前はルミナ。見た目は5歳ぐらい。

 実際の年齢は不詳だが、中身も振舞いもどう見ても保育園に通っている女の子のソレであるから、5歳という事にしておこう。


 何を隠そう彼女は森を住処に……いや、この家を住処にする正真正銘のエルフだ。


「どいしょ、どいしょ」

 なにやら独特の『よいしょ』を連呼しながら、ふみ台を流し台の下に運ぶルミナ。

 よいしょと、どっこらしょの造語のような物で、ルミナの口癖である。

 まだこの世界の言葉が完全に修得できていないのか、それとも一周回って彼女は独自の言語を進化させたのかは不明だが、それも含めてこの物語を楽しんでもらえたら幸いである。


 因みに、ルミナは普段料理はやらない。それは僕の仕事だ。

 今日は動画の撮影用という事で、張り切って台所に立っている。

 この動画は、もちろんネットなどで配信するつもりはない。

 この頃、YouTubeにドはまりしているルミナの配信ごっこ的な物であるが、それだけでもないんだ。


「ルミちゃん、包丁かなり危なっかしいですけど大丈夫ですか?」

 配信者のカメラマンよろしく、真剣な面持ちのルミナに訊ねる。


「はい。とっても大丈夫、です! ハルはちゃんと撮っててください」


「ふふ、わかりました。ちゃんと撮ります」


 これは、僕とルミナの日常の記録。


「ルミちゃん、今日は何を作るんですか?」


「えっとね、キノコばっかしのスープ~!」

 包丁を天に向かって突き上げた。


「おっと危ない! きのこたっぷりのスープですね。は~い、キノコたっぷりのスープ、楽しみですねぇ」


「だいじょうぶ! ルミナ、料理プロ!」

「ルミちゃん、料理プロなの? 日頃ぜんぜんしませんけど、大丈夫?」

「うん」

 と不器用にうなづき、トン、トン、トン、とどうにかキノコを刻んでいく。


「えっと~、かなりカラフルなキノコですが、毒は入ってないんでしょうか?」


「毒は、入っていても、死にません」


「いやいや、死ぬよ? 僕は死ぬ自信あるよ? 君はエルフだから大丈夫かもしれないけど、僕は人間だからね」


 狼狽える僕をルミナは横目にみて、「うふふ」と不敵にほほ笑んだ。


 およそ30分後。


 芳醇なキノコの香りと、温かな湯気が家に充満する。


「完成です! キノコばっかりのスープ!」

 大きなミトンを手に持って、ふみ台からぴょんと飛び降りた。

「ルミちゃんには危ないですから、ハルがこたつに運んでください」

 そう言って、ミトンをひょいと差し出す。

「わかりました、僕が運びましょう」

 カメラをルミナに渡し、カメラマン交代。


 年季の入った土鍋をミトンで掴み、掘りごたつに運ぶ僕。

 その様子を、きゃっきゃとはしゃぎながら撮影するルミナ。


 鍋からは湯気が立ち上り、森の香りが部屋中に広がった。


 テーブル代わりの炬燵に入ると、ぴょこんと僕の膝に乗っかるルミナ。

「おいおい!」

 勢いに気圧されて、後方に仰け反った。

 滑らかな細い髪が鼻先を撫でる。

 膝にのしかかる幸せは、なかなかに重い。


「熱いからね、ルミちゃんが冷ましてあげるね」


 小さな木のスプーンを手にした彼女が、僕の口元にスープを差し出す。


「いや、自分で食べようかな」

「だめ! ハル、最近ちょっと痩せた。ルミナ、お世話する!」

「痩せた? そう? けど身長は伸びたでしょ?」

「うん。伸びた」

 そう言って、ルミナは僕の頭をポンポンと叩いた。

 僕は25才だ。

 それなのになぜか身長は伸び続けていて、現在183㎝。

 ここ3年で2センチほど伸びた事になる。


「ふぅふぅふぅ、はい、あ~ん」


「はいはい、ありがとう、あ~ん」


 ルミナは言い出したら聞かない。一歩も引かないので、大人しく従うと言うのが、僕がこの3年間のルミナとの暮らしで学んだことだ。


「美味しい! 信じられないぐらいうまいよ。キノコの香りがすごい!」

「わぁーいやった! もっと食べて! おかわりあげる!」

「はいはい、ありがとう」


 結論から言うと、カラフルなキノコは毒キノコだったと思う。

 けれど、不思議と体に異変は起こらなかった。

 ただただ美味しかった。

(いい子は真似しないでね)


 僕とルミナの出会いは3年前に遡る。

 それは一通のとある通知だった。


『ご祖父、徳田誠二郎様のご逝去に伴い、宮崎県神話村に所在する山林および住居の相続権が確認されました』


 初めて知る祖父の存在。

「山林」と「住居」という重そうな遺産。

 会った事も見た事もない祖父の遺産である。僕には『放棄』という選択肢以外ないはずだった。



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