第5話 『邂逅!ソゾンVS武士』
「乗り切った!」
舞翔は自室へ戻り扉を閉めた直後、そう言って天に拳を突き上げた。
時は
適当な手ぬぐいでほっかむりをし、周囲をきょろきょろと警戒しながら歩く姿は、不審者極まりなかった。
しかしおかげさまで、無事病院へと辿り着くことが出来た。
おじいちゃん先生の「問題ないけど念のため今日は安静にしてね」、という言葉をもらい、意気揚々と帰ろうとしたところ。
「あ、ちょっと舞翔、スーパーに寄るわよ」
「は!?」
舞翔はハっとした顔をすると、胡散臭い笑みを浮かべた。
「っじゃあ、ちょっと疲れたし、私は先に帰るね!」
三都子の返事も聞かずに、舞翔は駆け出した。
そして拳を突き上げた、今に至る。
達成感にベッドに寝転がり、思わずうとうと眠りに就いて、太陽も段々と西に沈み始めた夕暮れ。
「ちょっと、舞翔!」
突然開いた扉と、母の声で舞翔は跳ね起きた。
「唐揚げの粉を買い忘れちゃって、買って来てくれない?」
長い沈黙。
「何で!?」
舞翔は顔を梅干を食べた時のように皺くちゃにした。
「買い忘れちゃったのよぉ」
「自分で行って来たら良くない!? 私絶対安静だよ!?」
「念のため安静に、でしょ。そんだけ大声出せればもう大丈夫よ。お願いよ舞翔! 母さんこれから推しの出てるドラマの再放送見なきゃいけないの!」
「いやいやいやいやいや録画しよ!?」
※・※・※・※
「娘の心配より推しリアタイってどういうこと!? てか再放送だからリアタイでもなく無い!?」
日が暮れ始める中、舞翔はスーパー浦風への道を、とぼとぼと歩いていた。
あの後もしばらく粘ったのだが、舞翔は結局、母のお願いを断り切れなかった。
推しをリアタイしたい、その気持ちは痛いほど、胸をドリルで貫かれるくらい、リアルに共感出来るのだから仕方がない。
例のごとく手ぬぐいのほっかむり、という怪しいスタイルで、危険地帯スーパー浦風へと舞翔は辿り着いた。
緊張と不安で高鳴る鼓動を、深呼吸して落ち着けようと、入り口の前で一度立ち止まる。
それからいざ、と決意を固めて店内へと足を踏み入れた。
二階建ての店内、入ってすぐに階段があり、端にはエレベーターも設置されている。
一階にはスーパーが、二階には百円ショップや雑貨類の店舗が入っており、昔からの常連さんには、浦風百貨店などと呼ばれている。
しかしこのスーパー浦風、最大の特徴は別にある。
それこそが、二階フロアの半分以上を占める、バトルドローンフィールド!
その名の通り、誰もが自由に(しかも無料で)使える、バトルドローン練習場である。
「ソゾンが来てるってマジ!?」
「マジだよ! 挑戦した奴等のドローンをのきなみ破壊して、十連勝だって!!」
と、突如として背後から舞翔を押し退けるように、男子二人が階段を駆け登って行った。
それと同時に、二階からも普段聞いたことが無い程の、歓声が沸き上がる。
「何々!? ソゾン!?」
「うっそ、俺も見たい!」
どこからか現れた子供たちが、口々に騒ぎながら二階へと集まっていく。
その光景に、舞翔の鼓動は尋常ではない早鐘を突き始めていた。
ソゾンが、居る。
そう認識した瞬間、舞翔の体中を興奮の熱が駆け巡った。
「駄目、我慢、我慢!」
服を強く握り締め、舞翔は目をぎゅっと瞑った。
ソゾンがスーパー浦風に居るという事は、武士も居るということだ。
今二階では、何百何千と繰り返し見て来たアニメの名シーン、ソゾンVS武士が、今まさに始まらんとしているのだ。
二階から先程とは比にならないくらい、割れんばかりの歓声が響く。
アニメの通りなら、すごい数の子供たちが集まっている筈である。
そうだ、と舞翔は顔を上げた。
今二階には、フロアを埋め尽くすほどの観客が集まって来ている筈。
だとしたら。
「紛れたら、私なんて見えないのでは?」
舞翔の思考は、高鳴る鼓動の音に支配され始めていた。
そもそも自分は、元々がモブなのだ。
ちょっとバトルドローンをやっていて、武士とクラスメイトで、話しかけられたというだけで、どこにも特別な要素なんてない。
それこそ何の変哲もない、モブじゃないか。
そんな舞翔が少し主人公と関わったくらいで、本編に影響を与えてしまうなんて、そんなことがあるか?
思い上がりもいいところである。
モブの行動のひとつやふたつ、この大きなアニメ本編という流れには、何の影響もある筈がない!
舞翔の瞳は輝いて、頬は薔薇色に染め上がる。
完全に推しを目前に、興奮状態である。
気付けば、うずうずする気持ちを抑え切れず、階段に足を掛けていた。
だがしかし、その一歩で足が震えた。
「駄目よ舞翔、もし万が一、億が一にもアニメ本編に影響したらどうするの!?」
そうだ、もしそうなれば、舞翔の知るストーリーとはズレてしまう可能性がある。
そうなってしまったら、大好きなあの名シーンもバトルも、見れなくなってしまうのだ。
だがその中でも、屈指の名バトルである、ソゾンVS武士の初バトルが、今まさに舞翔の目と鼻の先で行われようとしているのである。
見たい。
舞翔の中で、どうしようもない熱が湧き上がる。
「もう何回も見たじゃない! 我慢、我慢!」
でも画面越しだったよね?
耳元で悪魔が囁き出す。
推しをリアタイしたい気持ち、トンカチで心臓を殴打されるくらい、分かるよね?
前世からの推しが、今生で見れる場所に居るんだよ?
画面越しじゃない、アニメの中の絵空事じゃない。
ともすれば、手の届くほどの近い距離、紛れもなく現実で、推しのバトルが見れる。
そんな機会は、一生でもうこの一度しかないのではないか?
世界大会は会場が大きいため、見れたとしてもかなり遠目になってしまうだろう。
それでも会場で観られれば良い方で、途中から会場は日本を離れアメリカ、ロシア、ヨーロッパと海外へ飛び出す。
そうなったらもう、画面越しの中継である。
ぶるぶると握りしめた手を震わせながら、舞翔は目を瞑った。
「っ見たい」
推しが見たい、ソゾンが見たい。
生でソゾンを、一目だけでも、たった一度でいいから!
心というのは、かくも素直なものである。
舞翔は気付けば階段を駆け上がっていた。
喧騒が近付いてくる、そこには何度も、アニメで観た光景が広がっている。
忘れてはいけないが、空宮舞翔は浦風武士に負けず劣らずの、バトルドローンバカであり、生まれ変わっても推しが好きという、筋金入りの『烈風飛電バトルドローン』ファンなのである。
「そうよ、台詞だって全部覚えてるっ。武士は次に“俺が勝ったらここにいるみんなに謝れ!”と言う!」
「ソゾン! この勝負、俺が勝ったらここにいるみんなに謝れ!」
気付けば舞翔は人ごみを掻き分け、バトルフィールド目前までやって来ていた。
スーパー内にネットをかけて造られた、ベーシックなバトルドローンフィールド。
その周りには、ドローンを破壊され泣いている子供たちが、ちらほら蹲っている。
舞翔は高揚した。
フィールドには、鴉の羽ように青く輝く黒髪を持った主人公、武士が毅然として目の前の人物と対峙している。
意志の強そうな太い眉を、珍しく険しく寄せて、睨んでいる相手。
舞翔は夢の中に居るような気分だった。
何やらふわふわとして、ここが現実では無いように思える。
全身の神経を視力に集中したように、舞翔の脳内はその人だけを映し出す。
額から後ろに撫でつけたラズベリーレッドの髪、一房だけ垂れた前髪、短い眉の下には、きつい印象の切れ長な吊り目がちの瞳、まるで絵画のように整った顔。
ソゾン・アルベスク。
舞翔の唯一にして前世からの推しが今、目の前に、余りにも近くに、そしてアニメの通りに、そこに立っていた。
「っ」
涙の香りが鼻腔を擽る。
膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えて、高鳴り過ぎて痛みすら感じる心臓を、片手で押さえ付ける。
アニメでは描かれなかった、少しごつごつとした手と甲の血管まで見えてしまって、思わず卒倒しそうになった。
現実に、ソゾンという人物が、そこには居る。
「来世まで推せる」
その余りの神々しさに、舞翔が思わず拝むように手を合わせた瞬間。
「空宮?」
それは、起こった。
「え?」
「やっぱり、空宮だ!」
会場がざわめいた。
声の方に思わず、視線を向けてしまった舞翔は、その行動を激しく後悔する。
くりっとして意志の強い瞳が、はっきりと自分を見詰めている。
「っっ!!」
舞翔は武士に見つかった。
この、重要で重大なアニメのシーンの、真っ最中に。
ホビーアニメに転生したけど私はモブです!~なのにどうして逆ハーレムになるの!?~ ひゃくえんらいた @tyobaika
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