第4話 『バトルドローンは、もうやめたから』
「お母さん、いってきます」
「あら、珍しく早いわね……って」
朝食後、自室で着替えを終え、階段を降りて来た舞翔に母、三都子は絶句した。
晩夏、既に空調が無い外は、日中茹だる様な暑さにまで気温が上昇する。
だというのに。
「そんな暑そうな服着て、あんた何考えてんの!?」
舞翔はどう見ても、秋冬物であろう長袖のパーカーを着ていたのである。
最近、少しおかしな言動が目立つようになった娘だったが、ついにここまで来たか、と三都子の顔面は蒼白する。
「と、とにかく着替えをっ」
「これが最新のファッションだから!」
三都子の二の句が飛んで来る前に、舞翔はランドセルをひっつかみ、家を飛び出した。
そう、今日は決戦の金曜日。
なにも舞翔だって、初めからこんなとち狂ったことをしていたわけでは無い。
主人公である浦風武士と邂逅後。
まず水曜日、舞翔は仮病を試みた。
「あー、いた、いたたた、お腹が?」
「あんた嘘が下手よねぇ」
あえなく登校である。
更に学校に着くや否や、いつも遅刻ギリギリ登校のはずの武士が、既に教室で舞翔が来るのを今か今かと待っていた。
その輝く瞳を捕捉した瞬間、舞翔はランドセルを背負ったまま、女子トイレへと逃げ込んだ。
「あんた壮絶な便秘でもしてるの?」
友人に不名誉な疑いをかけられながらも、舞翔はチャイムが鳴ると同時に、女子トイレへダッシュ。
何とか武士から逃れる事に成功する。
しかし同じ手は二日も持たなかった。
木曜日、武士は既に女子トイレの前に張っていたのである。
男子がそんな怪しい行動をしていたら、女子全員に不審がられるのが世の常だ。
しかしそこはドローンバカの肩書を、思うままにする浦風武士である。
変な行動をするのは、当たり前。
どうせバトルドローン関連だろうと、何故か受け入れられてしまった。
「いい加減にかまってあげたら?」
最終的に、舞翔の味方だと思っていた女子達も裏切る始末である。
それでも舞翔は諦めない精神で、粘り強く別の階の女子トイレに避難を続けた。
しかし、それが問題行動として先生に呼び出され、厳重注意を受けたのが、昨日の放課後である。
悩んだ挙句、舞翔が弾き出した答えが、フードで顔を隠して寝たふりにより無視を決め込む、という謎の結論である。
しかもフード付きの服は、トレーナーしか持っていなかった為、このような暴挙に出たという
夏にそんな格好をしていたら、むしろ目立つ。
しかしそのことに全く気付いていないのは、舞翔もまた、ドローンバカである故の宿命なのかもしれない。
※・※・※・※
「ちょっと舞翔! あんた大丈夫!?」
しかし、舞翔の作戦は結果的に功を奏することとなった。
「だ、だめ。み、み、水ぅ」
「舞翔ー!!」
夏休みを控えたこの時期の陽射しと、暑さを決して馬鹿にしてはいけない。
舞翔は登校中に、山ほどの汗をかき、体温は急上昇。
下駄箱に到着すると同時に力尽き、保健室へと強制搬送された。
先生曰く、軽い熱中症である。
「親御さんを呼んだから今日はもう帰りなさい」
瞬間、舞翔は朦朧としながらも心の中でガッツポーズをした。
(これで武士に会わなくて済む! ミッションコンプリート!)
空調の良く効いた保健室、経口補水液を飲み休んでいると、少しずつだが体調が回復していく。
ベッドに横たわった舞翔の視界には、普段あまり見上げることのない、学校の天井が広がっていた。
遠くから子供達の喧騒が微かに聞こえて来る。
とても静かな時間。
あるのはただ、達成感。
そのはずなのに。
何故だか胸に隙間風が吹き込んで、舞翔は気付けばぼんやりと呟いていた。
「私、何してるんだろう」
「よぉ、空宮」
直後、真横から聞こえて来た声に、舞翔の心臓は跳ね上がった。
勢いよく振り向けば、そこに居たのは弾ける笑顔を浮かべた少年。
今最も会いたくなかった人物、浦風武士その人である。
「な!? え!?」
「いやぁ、連日慣れない早起きしてたせいか、今日は寝坊しちゃってさー! めちゃくちゃ走って来たら校庭で思いっきりこけて、膝擦りむけたから保健室に来たら空宮が寝てるからびっくりしたぜ」
「いやなんでやねん!」と、舞翔は心の中で絶叫した。
何とか逃げ切れたと喜んだ矢先にこの仕打ち、この世界の神様は、浦風武士にどこまでも甘いらしい。
アニメでは可愛いと思って見ていた笑顔が、この瞬間だけ心底憎たらしく思えた。
そんなどうでもいいことを考えながら、半ば現実逃避で舞翔は遠くを見る。
しかし次の瞬間、武士の表情がふと真剣なものに変わり、舞翔はびくりと肩を跳ねさせた。
「俺、お前とバトルしたい。何で逃げるんだ?」
動揺が表情に出たのだろうか、舞翔を見ていた武士の目が僅かに見開く。
「空宮、なぁ」
「私は」
武士の言葉を遮る様に、舞翔は口を開いた。
開いてから、言うべき言葉を探す。
本当の事など、言える訳もない。
物語を変えないために、今はバトルは出来ないのだと。
舞翔だって、バトル出来るものならとっくに挑んでいる。
この世界で恐らく最強である、無敵の主人公、浦風武士その人に!
「バトルドローンは、もうやめたから」
けれども舞翔は、顔色ひとつ変えずにただ真っ直ぐに武士を見つめた。
そう言えば前世でも同じことを何回も言っていたっけ、と舞翔は心の中でごちる。
大人になって社会に出て、友達や親戚に聞かれるたびに、何度も紡いできた言葉。
何て事は無い、筈なのに。
どうしてこんなに、胸が苦しくなるのだろう?
「なんでだ!? あんなに上手いのに!」
武士の言葉に舞翔らしくもなく、思わずカっと頭に血が昇り言い返そうとしたその時。
「舞翔! あんた大丈夫!?」
いつの間にかいなくなっていた養護教諭と共に、三都子が現れた。
そこからは怒涛で、武士は養護教諭に教室に戻るよう注意を受け、何か言いたそうにしていたが、「空宮に、これ」と、防犯ベルだけ置いて去って行った。
舞翔は何も言えなかった。
胸の中で不完全燃焼した何かが胸を締め付ける。
けれども母は、そんな舞翔の様子を体調不良と捉えたようだ。
やたらと心配されながら家へと帰ると、舞翔は空調の利いたリビングのソファーに寝転がった。
「念のため午後病院に行くわよ」
母は真剣な表情だった。
舞翔はアンニュイな表情で休んでいたのを、一瞬で上半身を跳ね起こす。
「病院って、スーパー浦風のところの!?」
「そうに決まってるでしょ。あそこのおじいちゃん先生は間違いないもの」
「だっだめだめだめ! もう元気! 超元気! 必要ない!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 何といっても行くから、いいわね」
ここ数日の言動が、完全に裏目に出てしまった。
どうやら本気で心配しているらしい母の剣幕に、舞翔はそれ以上何も言えず、黙り込む。
親の愛に感動するシーンなのかもしれないのだが、今はそれどころではない!
しかしこれ以上わがままを言えば、本格的に心配をかけるような気がする。
舞翔はクッションに顔を埋めると、憂鬱な溜息を吐くことしか出来なかった。
スーパー浦風。
その名の通り、武士の両親が経営する地元密着型のスーパーであり、ソゾンと武士が初邂逅する舞台である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます