第3話 『一番やっちゃだめなやつ』




 放課後。

 一度帰宅した舞翔は、照り付ける日光の下、まるで忍びの如く、こそこそと河川敷までやって来ていた。


 前世を思い出してから、初めて来る河川敷。


 ここはアニメでもよく描かれていた場所であり、そう思うと昨日まで何ともなかった景色が聖地のように感じられる。


 世界を鮮やかに照らす夏の強い太陽、輝く川の水、鬱蒼と茂る雑草。


 万感の思いで、そんな何の変哲もない河川敷を見詰めてから、舞翔は辺りに誰も居ないことを確認すると、持っていたボックスから何かを取り出した。


「遂に完成した、私のエレキスト」


 それは黄色と黒に輝く、四つのプロペラを付けた流線型のドローン。


「お姉ちゃーん!」

「あ、百花ももかちゃん」


 と、そこへ近所に住む、同じ登校班の後輩である百花が走ってやって来た。


「今日はドローンのこと、教えてくれる約束でしょう?」

「あ、そ、そうだっけ?」

「そうだよ!」


 舞翔は視線を明後日の方向へ泳がせた。

 完全に忘れていたのである。

 記憶を取り戻す前、舞翔は女の子のドローンバトラーを増やすべく、暇があれば布教を行っていた。

 百花はそれに引っ掛かった第一号だ。

 しかし、忘れていた。


 舞翔のとぼけた様子を見て、百花はぷっくりと頬を膨らませる。


「もう! あ、ねぇねぇお姉ちゃん、それって」


 百花は舞翔が手に持っていたドローンを、キラキラとした目で指差した。


「お、気付いちゃったかな?」

「これがお姉ちゃんのドローン? かっこいい!」

「ふっふっふ、これはねぇ、こだわりのクワッドコプターなの! 昨日徹夜して、やっと完成したんだよ!」


 舞翔は瞳を爛々と輝かせ、誇らしげにドローンを掲げてみせる。


「クワッドコプター?」

「うん。ドローンは搭載するプロペラの数によってそれぞれ呼び方があるんだよ」


 舞翔は興味津々と言った様子で、自分を見上げる百花に嬉しくなって、つい近くにあった枝を手に持っていた。


 それからしゃがみ込み、地面にガリガリとドローンの絵を描き始める。


「プロペラ3枚でトライコプター、6枚でヘキサコプター、8枚でオクトコプター、そして一番一般的な4枚のプロペラのことをクワッドコプターって言うんだよ」


「そうなんだ! じゃあ、お姉ちゃんのドローンはなやつ?」


「ふっふっふ、それがねぇ、エレキストはただのクワッドじゃないのよねぇ」


 舞翔は言いながら愛機をうっとりとした表情で見つめた。

 光を反射して輝くボディ。 


「エレキスト?」

「そう、それが私のドローンの名前! ドローンバトラーは、相棒ともいえるドローンのことは必ず愛称で呼ぶの」


 舞翔は目を細め、どこか懐かしげに微笑んだ。

 舞翔の愛機は“エレキスト”、前世でもそう名付け、呼んでいたのだ。


「本来は水の近くで試験飛行なんてしないんだけど、今日はまぁ、その、色々あって」

「色々?」


 不思議そうに自分を見上げる百花に、舞翔は渋い顔をした。

 武士に会いたくなくて、ドローンバトラーが避ける場所にした、などとは言いにくい。


「と、とにかく、とりあえず基本を教えるよ!」

「わーい! ありがとう、お姉ちゃん」


 舞翔はボックスからまずはゴーグルを取り出した。

 ARグラスとVRゴーグルの中間のようなデザインのものである。


「これはね、ドローンの視点と操縦者の視点がどちらも見れるようになってる、スーパーゴーグルだよ」

「スーパーゴーグル」


 百花は頷いている。

 次に舞翔が取り出したのは、二つの、手のひらサイズの送受信機、所謂いわゆるプロポコントローラーだ。

 舞翔はそれを、ヌンチャクのように両手にひとつずつ持ってみせた。


「普通ドローンのコントローラーはひとつなんだけど、バトルドローンはこの二つで操作するんだよ」


 ゴーグルも付け、プロポコントローラーも握り締め、舞翔は早速、コントローラーを操作してみせる。


「いけ! エレキスト!」


 コントローラーの動きに合わせ、エレキストが空へと舞い上がった、直後。


「っっ、お姉ちゃん、あれ!」


 百花が悲痛な顔で、草むらを指さしている。


 見れば大きなからすが、ばさばさと羽を広げ何かに襲い掛かっており、百花はそれを見て悲鳴を上げたようだ。


 直後天高く鴉が舞い上がる。


「あっ、猫ちゃんがっ!」


 鴉の足には、子猫が捕まっていた。


 その状況を把握した瞬間、舞翔は即座にエレキストで鴉を追いかける。


 自分自身も鴉の方へ駆け寄りながら、飛んで行く鴉へと、エレキストはぐんぐん追い着いて行く。


「子猫を返しなさい!」


 舞翔が叫んだ瞬間、エレキストは鴉の体に突撃した。


「よし!」


 攻撃は見事命中、狙い通り子猫の体は鴉から解放され、地面に向かって、真っ逆さまに落ちていく。


「てっ、やばい!」


 しかし、落下先には誰も居ない。


 家の屋根や電柱よりも高い場所から、しかも河川敷ではなく、運悪くコンクリートの道路目がけて落ちていく子猫。


 舞翔は必死で走ったが、間に合わない。


 落下後のことまで、咄嗟に頭が回っていなかったことを、舞翔は後悔した。


「っ誰か、助けて!」


 最悪の事態が頭をよぎり、思わずそう叫んだ直後。


「はーいよ!」


 その声と共に、誰かが滑り込む様にして、子猫の体を受け止めた。


 自分が怪我する事もいとわず、コンクリートに向かって、何の躊躇ためらいも無くダイブしたその人物に、舞翔は目玉を引ん剝く。


 鴉の羽の色に似た、青く光る黒い髪。


 短髪ながら、いたる所でつんつんと跳ねる、特徴的な髪形。


 意志の強そうな太めの眉に、くりっと大きい印象的な瞳という、少年らしいアンバランスさのある顔。


 極めつけは、一目見ただけでも元気だと分かる、眩しい笑顔。


「子猫は無事だぞ、空宮!」


「ひっ、ひぃぃ」


 喜びよりも先に、舞翔は引き攣っていた。


 そこに居たのは、ドローンを絶対に見られてはいけない相手であり、今最も会いたくなかった相手。


 『烈風飛電バトルドローン』の主人公、浦風武士その人である。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 百花が嬉しそうに、武士に駆け寄る。


「お礼ならあのお姉ちゃんに言いな、はいよ」


 武士は、夏の太陽も降参するのではないか、という笑顔で百花に子猫を渡した。


 その間に逃げれば良かったものを、舞翔はあまりの神々しい光景に、「これが主人公パワー!?」と、訳の分からないことを呟きながら、目を覆い隠すしか出来なかった。


 腐ってもヲタクである。


「お姉ちゃんも、本当にありがとう! 今日のところは子猫が心配だし、私いったん家に帰ってお母さんに相談するね!」


「そういえば、百花ちゃんの家って動物屋敷って言われてたっけ」


 百花はにっこりと微笑むと、舞翔にくるり背を向け、子猫と共にさっさと帰って行ってしまった。


「え? あ、待って! 行かないで!」


 そんな頼もしい百花の後ろ姿に、舞翔は思わず手を伸ばして縋る。

 が、後の祭りだ。


 その手の先にずずいと現れたのは、武士の満面の笑みと、好奇心を絵に描いたように輝く瞳。


 そしてその瞳が見詰めているのは、間違いなく舞翔であった。


「すっごいなー空宮! なぁ、俺と」


「いっけなーい! 用事を思い出したー! じゃあね浦風くんさようならー!」


 三十六計逃げるに如かず。


 舞翔は渾身こんしんのすっとぼけを発動し、ドローンとプロコンを光の速さでボックスに収納すると、全速力で走り去った。


 武士はその様子を、ぽかんと眺めていた。

 が、舞翔が見えなくなってから、手に持っていた防犯ベルを思い出し、あちゃーと片目を瞑る。


「まぁいいか、また明日学校で会えるし」


 言うと防犯ベルをポケットにしまい、武士は歩き出す。


 口笛を吹きながら歩くその姿は、いかにもご機嫌と言った風であった。



※・※・※・※




「いや一番いちばんやっちゃいけないやつ! 一番いちばん駄目なやつ!」


 帰宅してすぐ、舞翔は2階の自室へ駆け上がると、ベッドに飛び込み思い切り叫んだ。


「どうしようどうしようどうしようどうする!?」


 登校拒否くらいしか思いつかない自分に、がくりと肩を落とす。


 舞翔は己の愚かな欲から、最悪な結果を弾き出してしまったのである。


 ボックスからエレキストを取り出すと、舞翔はベッドに座りエレキストを縋るように見つめた。


「だって、だってあと少しで完成だったし作るでしょう!? 作ったら飛ばしたいでしょう!? 仕方ないじゃないぃぃ!」


 舞翔はエレキストに頬擦りする。

 忘れてはいけないが、舞翔もまた、バトルドローン馬鹿なのである。


 しかしただ悲しんでもいられない。


「えっと、昨日が中継でしょ? 今週末が世界大会の開会式。今日は火曜日だから、つまり水、木、金の三日間を逃げ切れば浦風くんは世界大会で忙しくなるはず」


 舞翔は急ぎ、学習机にエレキストを置いて座ると、再びノートとにらめっこである。


「その間のイベントは、ライバルであるソゾンとの邂逅かいこうのみ。これが水、木、金のどこかの放課後にあるから、それまで逃げ切れれば」


 舞翔はよしと大きく頷くと、今度はすっくと立ち上がり、エレキストを収めるボックスへと向かう。


 それからむんずとボックスを掴み上げると、エレキストを中に収める。

 舞翔は苦渋の決断で、クローゼットの奥深くへと、そのボックスをしまい込んだ。


「ごめんねエレキスト! 本編が終わるまでの少しの我慢だからね!」


 そうだ、アニメ本編が終わってしまえばその後は自由である。


 武士が戦いたいと言うのならばいくらでも相手をすることが出来る。


 だがしかし、今は駄目だ。


「逃げ切ってみせる、絶対に!」


「舞翔ー!? あんた脱いだ靴はちゃんと揃えなさいって言ってるでしょう!」


 階下から響く母の怒声を聞きながら、舞翔は瞳に炎を宿し誓うのであった。

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