第2話 『主人公、浦風武士』




「病気じゃないのに」


「いいから今日は休みなさい! 熱はないのね? 軽い熱中症かしら。とにかく今日は、一日ちゃんと寝てなさい! いいわね!?」


 三都子は有無も言わさぬ勢いで舞翔をひと睨みした。


「学校にも連絡しなきゃ」


 それから慌ただしく部屋を出る。


 ひとり残され、強制的にベッドに寝かされた舞翔は、思わず大きな溜息を漏らしていた。



(前世を思い出した、なんて言えないしなぁ)



 空調の利いた部屋で、タオルケットを顔まで被る。

 そして舞翔は改めて先程思い出した記憶を整理しようと試みた。


 前世の記憶では、この世界は大好きだったアニメ、『烈風飛電バトルドローン』の世界そのものだ。


 前世の自分は、このアニメが大好きで、ドローンが大好きだった。


(しかも前世も今もソゾンが推しって、魂レベルで好きじゃん)


 舞翔は思わず乾いた笑みを浮かべる。


「って、いやいやちょっと待って!」


 次の瞬間、舞翔は亀のようにひょっこりと、タオルケットから顔を出した。


「うちのクラスに主人公いるじゃん!?」


 舞翔は飛び起きると、学習机に座り引き出しから、紙とシャープペンを引っ張り出す。


 紙には『中継』『第5話』などの単語が、すらすらと書き出されて行く。


「私はモブだし大人しくしてれば本編に関わる事はないと思うけど、問題は」


 言いながら、舞翔はとある単語をぐるぐると丸で囲った。


「浦風くんが根っからのバトルドローン馬鹿ってこと」


 浦風武士うらかぜ たけし


 『烈風飛電バトルドローン』の主人公にして、舞翔のクラスメイトである彼は、東にバトルドローンがあれば行ってバトルし、西にドローンバトラーあれば行ってバトルし、南にバトルドローン会場があれば行ってバトルし、北にバトルドローンの気配があれば行ってバトルする、自他ともに認める世界一のバトルドローン馬鹿なのである。


「私がバトルドローンをやってるってことは、絶対に隠し通さなきゃ」


 言いながら、舞翔は学習机の脇に置かれた作り途中のバトルドローンに視線を向ける。


 そう、舞翔もまたバトルドローンの選手、この世界で言うところのドローンバトラーなのである。


 この事が少しでもバレれば、誇張抜きで武士は絶対に、舞翔のもとを訪れるだろう。


 そうなれば、半強制的に主人公と関わりを持つ事になる。


 それはつまり、アニメの世界に介入するということだ。


 少し接触したくらいで、大きな影響があるとは限らないとはいえ、不確定要素はなるべく排除しておきたい。


「そうよ、私は『烈風飛電バトルドローン』を愛するものとしてアニメ本編の流れを変えるなんて愚行は絶対に許されない! あくまでもモブに徹するのよ! あぁでも、モブとしてなら少しくらい生でアニメの展開を見ても許されるかなぁ?」


「舞翔! あんた何起きてるの!?」


「げ、お母さんっ」


 母に一喝され、ベッドに戻った舞翔は、絶対にモブに徹すること、浦風武士にドローンバトラーだとバレない様にすること、この二つをとりあえずの方針とすることにした。


 するとひと心地ついたからか、それともなんだかんだ脳が疲労していたのか。

 まだ明るいというのに、舞翔の意識は気付けば深い眠りへと落ちていた。




※・※・※・※



「おはよう、絵美ちゃん……」


「おはよう、舞翔! 昨日は大丈夫だった? て、すごいくまだよ」


「あはは、寝不足かなぁ?」


 次の日、教室に登校するや否や仲の良い友達、絵美えみに声を掛けられた舞翔は、曖昧に苦笑した。


 昼間に寝た所為で夜眠れず、結局夜なべでドローンをいじっていた、などと口が裂けても言えない。


「あ、さてはまた深夜までドローンいじってたんで」


「静かにっ!!」


 もはや反射的に、舞翔は絵美の口を塞いでいた。


 それからまるでコソ泥のように、周囲をきょろきょろと見回す。

 舞翔は目標がいないことを確認すると、ほっとしたように手を放した。


「ぷはっ、ていきなり何するのよ舞翔!」


「浦風くんは来てないよね!?」


「はぁ? 武士? あいつはいつも遅刻ぎりぎりじゃん」



 舞翔はそれを聞いて、ほっとしたように大仰に息を吐き出した。


 今の話を聞かれていたら、危なかった。

 しかし何とか回避できたようである。


「何だよ空宮、お前武士に気でもあるのかぁ?」


 しかし、一難去ってまた一難。


「ちょっと信二! 何よその言い方!」


 絵美は頬を膨らまし、クラスメイトの信二を睨み付けた。


「うるせぇ! 俺は空宮に聞いてんだよ! どうなんだ、空宮!」

「あー」


 昨日までの舞翔だったなら、ムキになって「ちがう!」と喧嘩になっていたことだろう。


 しかし、前世を思い出した今の舞翔は、昨日よりも少し大人である。


 対処に困りながらも、心の中で小学生の男子あるあるだなぁ、相手をするの面倒だなぁ、などと考えていたのが、思い切り表情に出てしまった。


 それを見た信二の方が、カっと逆上する。


「へっ、女のくせにバトルドローンなんかやって恥ずかしい奴! お前なんかが日本代表の武士に敵う訳ねぇだろ!」


 舞翔は動揺した。


 悪口には一切ダメージを受けなかったが、そんなに大声で騒がれては困る。


 しかも丁度良く予鈴まで鳴り響いたものだから、舞翔は更に慌てる。


 予鈴後はいつ武士が教室に滑り込んで来てもおかしくないのだ。


 それなのにこんな騒ぎを起こしていたら、絶対に舞翔がドローンバトラーであることが、武士にバレてしまう。

 しかもアニメ的に大騒ぎなどしていたら、モブどころの騒ぎでは無くなってしまうのでは?


「わ、私は!」


 舞翔は追い詰められていた。


 だからだろう、自分でもびっくりするほどの大声が出て、舞翔は自分で自分に驚いた顔をする。


「もう、バトルドローンはやめたから!」


 そうはっきりと告げた、直後だった。


「セーフ!」


 武士が本鈴と共に、教室に駆けこんできたのは。


担任教諭も、武士の後ろから続けて教室へと入ってきた。


「げ、斉藤先生」

「信二くん、何してるの? 早く席に着きなさい」


 信二が振り向けば、既に舞翔と絵美は席に着いていた。

 少しバツが悪そうな表情で、信二は席へと戻った。


「あんたのそれ、好きな子へのアピールとしては逆効果だから」


 隣の席の絵美が信二を小突く。

 信二は泣きそうな顔をしていたが、それはまた別の話である。


 舞翔はほっと胸を撫で下ろした。


 幸いなことに、武士の席は一番後ろの窓際、舞翔の席は前の方の廊下側である。


 これでもう関わることもあるまいと、舞翔は安心して朝の会にいそしんだ。


 しかし、そんな舞翔の目算もくさんは、残念ながら甘いと言わざるを得ない。



「バトルドローンをやめた、かぁ」



 浦風武士、主人公にしてバトルドローンに関しては地獄耳である。


 教室に入る前とはいえ、舞翔の話をしっかりと聞いていた彼は、じっと舞翔の後ろ姿を見詰めていた。


「気になるなぁ」




※・※・※・※




 前世の記憶が蘇ったとはいえ、学力が向上するわけではないようだ。

 舞翔はいたって普通に学校の授業を受け、帰りの会が終わると、帰宅するべく立ち上がった。


「おい、空宮!」


 そこへやって来たのが、信二である。


 帰りたいのに出口を塞がれ、舞翔は明らかにげっという顔をする。


「お前、バトルドローンやめたって本当なのかよ?」


「あー、うん。そうそう」


「んだよそれ! そんな簡単にやめられる訳ないだろ! 適当なうそ言ってんじゃねぇ!」


「っ悪いけど、急いでるから!」


 これは強行突破しか無い、そう思った舞翔は即断即決、信二にややぶつかりながらも横をすり抜け駆け出した。


「あ、おい待てよ! 逃げるな!」


 そもそも舞翔は、前世でも現世でも、こういう男子が苦手である。


 今のように絡まれたり、大声を出されたり、馬鹿にされたり。


 バトルドローンという男子の領域に、女子が割り込んでいたからだろうか、何かと因縁を付けられることが多かったのだ。


 目をギュッと瞑って走り抜ける。


 そんな舞翔を止めようと、信二の手が反射的に、舞翔のランドセルに付いていた、防犯ベルを掴んだ。


 ぶちりと紐が切れる音と、カシャンと防犯ベルが落ちた音。


 しかし舞翔は必死に走っていたため、その事に気付かずに行ってしまった。


 そして落ちた防犯ベルを拾ったのは。


「これ、空宮のだよな?」


「げ、武士」


 落とした張本人ではなく、横からひょっこり現れた武士だった。


「俺が届けて来るよ、じゃあなー!」


 武士はそう言って、爽やかな笑顔を浮かべると、少年の是非を聞くことなく、防犯ベルを持って走り去ってしまった。

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