ホビーアニメに転生したけど私はモブです!~なのにどうして逆ハーレムになるの!?~

ひゃくえんらいた

第一章

第1話 『烈風飛電バトルドローン』


貴様きさまっ、いったい何者なにものだ?」



 空宮舞翔そらみやまいかは、その言葉と共に、凄まじい形相で自分を睨む“推し”に、ただ冷や汗をかき黙り込むしかなかった。


 何者か?


 そう聞かれても、舞翔には答えるべき返事が無い。

 いや、正確にはあるにはあるが、恐らく馬鹿にしているのかと、怒らせるであろう答えしか持ち合わせていない。


――何者かって、私はただのモブなんですけど!?



(それなのに何で、推しとバトルして勝っちゃってるの、私!)




※・※・※・※




「お母さん、おはよう~」


「おはようって、あんた早くしないとまた登校班に遅れるわよ!」


「大丈夫大丈夫、私準備早いもん」


「そう言っていつも髪も整えないで! 小6にもなってまったくもう」



 舞翔はエアコンが効いた涼しいリビングへ、欠伸あくびをしながら入って来た。


 ボーイッシュに短く切り揃えられた栗色の髪が、母、三都子みつこの言う通り、寝癖であちらこちら跳ねており、逆にセットしたようになっている。


 三都子は、呆れ顔でダイニングテーブルにトーストを置いた。なんだかんだ優しい母は、舞翔が起きて来るのに合わせて、トーストを焼いてくれる。


 舞翔はまずは洗面所へと向かうと、水道管の中で熱されて、ぬるくなった水で顔を洗った。


 それから寝癖を直すべく鏡を見る。 


 大きくつぶらだが睫毛まつげが短く、一重ひとえで日本人らしい目。


 形は悪くないのに、薄くてぱやぱやして見える眉毛。


 そんな自分の顔が嫌いではないが、男の子みたいだと舞翔は思っている。


 実際は丸みを帯びた輪郭と、小さ目の口がいかにも女の子らしいのだが、そこには気付いていないようである。


「ちょっと、結局寝癖そのままなの?」

「いいのいいの、それっぽいでしょ」


 舞翔は食卓へと戻ると、テーブルに着いて早々そうそうトーストを頬張った。


「あんた、本当に登校班間に合うんでしょうね?」

「もう着替えてるもん、あとはランドセル背負って家を出ればいいだけだよ? 遅れない遅れない」


 舞翔は安心してゆっくりと朝食を味わうことにした。

 絶妙な焼き加減に、バターが溶けた匂いが鼻腔をくすぐり、口の中が幸せに包まれる。


 実に平和な朝。


「あ、いつもの始まる時間だわ! 舞翔、チャンネル変えて」

「ん〜? あぁ、リモコンリモコンっと」


 舞翔はパンを持っていない方の手でテーブルの上のリモコンをとる取ると、ボタンを押した。

 ちょうど良く、テレビから情報番組のオープニングテーマが流れ始める。

 それを眺めながら舞翔が咀嚼そしゃくしていると、三都子が牛乳をコップに入れて持ってきてくれた。


 片手にトーストを持ちながら、もう片方の手でコップを持ってごくりと一口含む。


 テレビでは騒がしく何やら中継が始まるようだ。


『今週末、日本で開会式が行われます! 第一回バトルドローン世界大会に出場する選手が、ぞくぞくと空港に到着しております!』


 リポーターがそう言って、到着口に現れた選手たちのもとへと、人波をかき分け向かって行く。


 空港内はすごい人で、選手を生で一目見ひとめみようと、たくさんのファンが押し寄せている。


 テレビの向こう側とは言え、暑そうだ。


「あら、これってあんたがいつも夜遅くまでいじってるやつじゃない?」


 三都子はアイスコーヒーを片手に、舞翔の向かい側に座ると、そう言って舞翔を見た。


「バトルドローン! ドローンを操作して戦って、相手を先に墜落させた方が勝ちというシンプルな競技ながら、ドローンのタイプや操作テクニック、更には風や地形を利用する知識まで要求される実はめちゃくちゃ奥深い競技で……」


「あ、ほら。あんたが好き好き言ってる選手が来たわよ」


「え!? ソゾン!?」


 舞翔はテレビを食い入るように見詰めた。


 フラッシュがこれでもかとたかれる中、ひとりの選手が、颯爽と警備に確保された通路を歩いて行く。


 肩程まであるラズベリーレッドの髪を、前髪から殆ど後ろに逆立てるように流し、一束だけひょっこりと顔の前に垂れている。


露出した額に短めの眉、きつい印象の切れ長な吊り目から覗く、透き通るようなシアン色の瞳。


 流れるような輪郭に、一本筋の通った鼻梁が彼を美青年たらしめている。


「すごい、黄色い声援ねぇ。相変わらず女性ファンの多いこと」


「うっ、確かにソゾンは容姿が良いから女性ファンは多いよ」


「でしょうねぇ」


「でもでもっ、本人はファンサービスなんて一切しないんだから! 常に無表情で、笑顔を見た者はいないって噂まであってっ!」


「はいはい、また舞翔のいつものが始まったわね」


 三都子は少し呆れたように目を閉じて、ごくりとコーヒーを飲む。


『ソゾン選手のバトルスタイルは、冷酷非情と言われていますよね』


 テレビの画面が、中継からスタジオへと戻った。

 アナウンサーが大きなパネルを使って、選手の説明を始めるようだ。


『相手を捕らえ吸血鬼が血を吸うように、じわじわと確実に相手を堕とすのが特徴的ですよね』

『そうなんです、【冷血れいけつ吸血鬼きゅうけつき】、なんて二つ名が有名ですよね』


 そこで再び、画面は中継へと切り替わる。

 舞翔はきらきらした目でテレビ画面越しのソゾンを見つめた。


「あんたはこういう顔が好きなのねぇ」


「顔じゃない! ソゾンはエフォートって言うバトルドローンのエリート施設で常にトップを守り続ける超努力家なの! 私はトップになっても研鑽を続けるところを尊敬して」


「ほら、インタビュー受けるみたいよ」


「え!? ソゾンがインタビューなんて、めちゃくちゃレアじゃん!」


 舞翔は三都子の方に向けていた顔を、ぐるりと首がもげるのではという勢いで、テレビへと向けた。


『ソゾン選手! 今回ついに開かれます世界大会への意気込みは!?』

『どんな選手が来ようと倒す、それだけだ』


 テレビ画面いっぱいに映ったソゾンの顔。


 その台詞。


 直後、舞翔の視界が大きく揺れた。


 激しい既視感と眩暈に襲われた舞翔は、思わずテーブルに倒れ込む。


「舞翔!?」


 三都子が慌てて自分に駆け寄って来るのが分かる。

 けれども、まるで濁流のように押し寄せるに、舞翔は起き上がることが出来なかった。


(どうして、なんで私が『烈風飛電バトルドローン』の世界に居るの!? しかもテレビには死ぬほど大好きだった推しのソゾンが映ってるんですけど!? これって、思いっきりアニメの場面じゃない!)


 先ほどまでの、小学6年生の空宮舞翔の記憶に、突如として別人の記憶が混ざり合っていく感覚。


 舞翔はまるで教科書でも読む様に、その知識を反芻した。


 『烈風飛電バトルドローン』、それはで大流行した、ホビーアニメのタイトルである。


 当時の小学生のほとんどが観ていた、と言っても過言ではない。

 学校では男子も女子も、『バトルドローン』の話で持ちきりだった。


 このアニメの大ヒットにより、一玩具いちおもちゃであったバトルドローンは、子供達の間で一躍いちやくメジャーとなった。

 クリスマスプレゼントに欲しいものランキングでは、5年連続1位に輝いたほどだ。


 やがて各地のホビーショップや、ショッピングセンターで大会が開かれるようになると、人気はさらに過熱。


 ついには世界にまで流行は波及し、アニメ放映後5年で、バトルドローン世界大会まで開催されるにいたる。


 舞翔が前世でバトルドローンに出会ったのは、まさにその人気の渦中。

 『烈風飛電バトルドローン』は、聖書バイブルとも言える作品だった。


 アニメのDVDはお小遣いにお年玉、お手伝いを駆使して全巻初版でコンプリート。

 クリスマスプレゼントにはバトルドローンをお願いし、ホビー雑誌を見ながら魔改造。


 楽しくて楽しくて仕方が無かった。


 そんな頃だった、両親が事故で逝去したのは。


 悲しみを誤魔化すように、孤独な少女は寝ても覚めても寝食しんしょくよりも、バトルドローンに傾倒するようになっていった。


 子供から青年になっても、執着にも似た情熱は絶えなかった。


 やがて、各地の大会を総ナメするほどのレベルにまで登り詰め、第一回バトルドローン世界大会に、見事出場みごとしゅつじょう

 惜しくも優勝は逃したものの準優勝を果たす。


 そんな舞翔の前世の青春は、まさにバトルドローン一色いっしょくと言っても過言では無い。


 そして、そこまでバトルドローンにひたむきになれたのは、推しの存在があったからこそだった。


 『烈風飛電バトルドローン』に出て来る“ソゾン・アルベスク”。


 アニメ第一部のボスであり、主人公の最大のライバルである彼は、ルーマニアのいわゆるストリートチルドレンと呼ばれる存在だった。


 そこで、子供たちを束ねるリーダーをしていた所を、“エフォート”に拾われる。

 エフォートとは、表向きこそバトルドローンのエリート教育施設を銘打っているが、裏では身寄りのない孤児たちを集め、人道に反する過酷な訓練を課し、落ちこぼれた物は容赦なく切り捨てる。

 冷酷非道な無法組織である。


 ソゾンは、そんな恵まれない生い立ち、環境に置かれ続けながらも、努力することを決して辞めない、強靭な精神力を持っていた。

 挫けず、弱音を吐く事も無く、ただ真っ直ぐ突き進み、頂点に立ち続ける。


 彼のその姿勢、精神力が、親を失った直後の少女に、勇気と希望を与えてくれた。

――前世の舞翔にとってソゾンは、永遠の憧れだった。


(そうだ、私はバトルドローンが大好きで、ソゾンが大好きだった)


 けれども、ブームというものは、やがて去っていくものである。


 第一回世界大会開催後、バトルドローンの人気は、下火となっていった。


 同じく時が過ぎ、前世の舞翔も少女から大人となり、周囲の目や環境から、玩具おもちゃを手放さざるを得ない状況がやって来る。


 お世話になった親戚の家を出て、ドローン操縦士として、大手ゼネコンに就職。


 その技術を、インフラ整備の点検等に使うようになった。


 朝から晩まで、働き詰めの忙しい日々。

 ひとりの家に帰宅して、孤独に食事をしながら見つめるのは、テレビの中の『烈風飛電バトルドローン』。


 薄暗い部屋でただひとつ、あの頃のまま、きらきら輝いている世界。


 孤独に過ごす日々の中で、『烈風飛電バトルドローン』は希望であり、心のよりどころだった。


(そうだ、そうだった)


 舞翔は、全てを思い出した。


 就職して一年、滑落事故であっけなく死んでしまった、前世の記憶。


 全てが豁然かつぜんと繋がった瞬間、がばりと起き上がり、思わず天を仰いで叫んでいた。


「私、モブに生まれ変わってる――!?」

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