第5話 契り
結論は何日悩んでも出なかった。そんな中、とうとう約束の日は来てしまった。その日は、登校日であったが授業そっちのけで考え込んでいた。それでも答えはでない。少しでも時間を引き延ばす為に、六月末に事実上引退した図書局を訪れた。
カウンターや本棚の周りをのっそのっそと熊の様に歩き回る私に図書室にいる後輩は不思議そうな視線を向けて来る。その中に私に「北側の道に何があるんでしょうか」と聞いてきた奴がいるのを見て腹が立ったので、一瞬視線を合わせてこれ見よがしに舌打ちをしてやったらビビリ散らかしていたので溜飲が下がった。
カウンターの中の掲示板を見た。そこには不明図書のリストが貼られている。自分も一度参加した事があるのだが蔵書点検で見つからなかった不明図書のリストはミスをなくすために不明図書が見つかるたびに線が引かれ消されていく。しかし
、大抵の本は不明のままだ。見つかる本が多いのは点検をやった局員が手抜きをした証左でもあるので少ない方が良いのだが、少々残念な気もする。図書室から本が消える時、それは人為である場合が多い。頭の中では人の世から本を守らねばならないという彼女の台詞が繰り返し再生されていた。 行かなくても彼女が警察に駆け込むようなまねは多分、しないだろうと考えていた。根拠は無いがそういうことをしそうなタイプには見えなかった。だからといって、返事をしない訳にはいかない。どっちにせよ今日、彼女の所に行くのは既定事項なのだ。私は、時計のありにせっつかれながら考え続けて重くなった頭を図書室で抱えている。
すっかり陽が落ちた頃、私は例の洋館の前に来ていた。この前とは違い、強い決心の下に地下の図書館に向かった。
案の定、彼女はいた。私は息を無理矢理肺に押し込み静かに伝えた。
「一ヶ月前のお返事をしに参りました」
彼女は私が来るとは思っていなかったらしく驚いた表情をしていた。
「私を、眷属に、貴方の眷属にしてください」
彼女は少し間を置いてから答えた。
「それで後悔はしないのね?」
「はい」
「理由、聞かせてくれる?」
「はい。人類は文字の発明により後世に自らの物語を、あるいは自ら生み出した物語を伝えてきました」
「それで?」
「しかし、それは完全ではありません。ですから数多くの人々が、そして私がその物語の保全に努めるべきだと思ったのです」
「その代償として貴方の人としての生を捨てることになるとしても?」
「物事には必ず代償があります。この場合物語を守って、永遠の命も貰えてなのでむしろお釣りが来るほど良い取引かと」
「そう」
「そして、何がしたいのか、あるいは何をしたかったのか分からないまま一生を過ごすよりも、生み出された数多の物語を伝えながら、永遠の時を過ごす方が有意義だと思ったからです」
「非日常的なサイキックバトルなんて期待しないでよ」
「勿論。それに、非日常であってもそこを住処とするならばその非日常すらいずれは日常になります」
「決心は固いのね」
私は何も言わずに頷いた。確かに家族と別れるのはつらいがどうせする離別なのだ。今か未来かの違いしか無い。
「片膝を着いて首を左側に傾けなさい」
「はい」
私は言われた通りにした。まるでおとぎ話の騎士にでもなったような気分である。
「ありがとう。・・・・・・そして、さようなら」
これが、私の人として聞いた最後の言葉だった。
永遠の暇つぶし @Susukinohara2024
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