最終兵器陛下

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」で宜しく

第1話:詩吟が流れなかった日

 西暦1941年12月8日、南雲忠一率いる大艦隊が今にも本懐を成そうとしている最中のことである、突如としてその旗艦赤城に飛来する航空機が存在した。敵機ではない。その証拠に識別章は偽装でなければ目にも鮮やかな真っ赤な丸が書かれており、さらにはタイヤを丸出しにして着艦体制に入っている。攻撃の意思がないことの証明であるバンク――つまりは、翼を振っている――を何度も行い、強引に着艦を行ったその機に搭乗していた人物は、誰もが驚くべき人物であった。

「山本長官、いかがなさいましたか」

 搭乗していた人物は、連合艦隊司令長官である山本五十六であった。否、それだけではない、東条英機もいれば豊田副歩、嶋田繁太郎など、そうそうたる顔ぶれであった。だが、彼達のような人物すら「ただの添え物」に過ぎないほどの重要人物が登場していることを、歴史は強く記している。と、いうのも……。

「緊急事態だ、南雲君。……奇襲、中止にできるか?」

「は、し、しかし、いかがなさいましたか」

 突然の作戦中止命令を聞いた南雲は、理解が追いつかないのか説明を求めようとした。無理もあるまい、今まさに剣を抜き、攻めかからんとしている時に攻撃中止命令である、発艦準備前ギリギリのタイミングであり、強引にその機体が着艦しなければ今頃航空隊を発艦させ敵の本陣に攻めかかろうとしていたのである、故に、それは本当に緊急事態であった。

「……説明は、追って行う。できるな?」

「は、長官の命とあらば。……詳しい説明は、後で聞かせて頂きますぞ」

 そして、布哇基地の日曜は、至って普通に暮れていくこととなった……。


「おい、どうしたんだ」

「さてな。上の判断で攻撃が中止になったんだと。詳しいことは、源田が今聞きに行っている」

「隊長もご存じなかったのですか」

「ああ」

 動揺するパイロット。中にはあからさまに失望している者もいた。だが、攻撃部隊の隊長である淵田もまた聞かされていないことだったらしく、彼は旧知の仲である源田が説明を聞きに行っていることもあって、しばらくはパイロットをなだめていた。そして、事態は本当に緊急を要することだったようだ……。


「それは、本当ですか」

 航空参謀である源田は、攻撃部隊の司令官である南雲を問い詰めていた。だが、南雲自身も不服があるのか、あるいは理解が追いついていないのか、憮然とした表情をしていた。

「ああ、儂も信じられんが、本当だということを先ほど聞いた」

 南雲自身も、その攻撃中止命令が出る原因となった一報を信じていないのか、かぶりを振って、しかし肯定した。その情報元が嘘であればしゃれにならない隙を晒すことになるが、一応本当であるらしかった。

「しかし、そうなると……」

「一応、確かな筋だ。でなくばあのような面々がまとめて中攻に搭乗して来るものか」

 中攻、つまりは陸上攻撃機のことなのだが、山本五十六だけではなく政府高官のほぼ全員がすし詰めに近い状態で搭乗していたその機は、一機ずつが正規空母に着艦すべく合計で六機が編隊を組んでいたわけだが、一切の無線を封鎖していた現状、そうやって知らせる以外にことの重要性を知らせる術は存在しなかったわけだ。

「……長官に直接聞きに行ってもよろしいですか」

「許可する。儂が言うよりも、君が言った方が説得力があるだろう」

 若干の皮肉も混じっていたが、それは事実だった。南雲が発言するよりも、源田が発言した方がその内容は真実味を帯びる。それだけの重要な情報であり、さらに言えば源田は攻撃隊長の淵田と旧知の仲である、説得力としては申し分なかった。

「それでは、聞いて参ります」

「おう」

 駆け出す源田。しかし、山本長官に向かって駆け出した彼が目にした光景は、彼の予想を些か超えていた。と、いうのも……。

「入れ」

「失礼します、山本長官……!?」

「源田か。南雲君がよこしたのならば、質問の内容も見当がつく。事実だと言っておこうか。それとも、別の質問かね?」

「…………」

「どうした?」

 源田の眼前には、山本五十六が存在していた。だが、そんなことが些細なことに見えるほど、源田は驚いた。と、いうのも……。

「お、恐れながら……」

「おう」

「なにゆえに、陛下が此処にお出ましになっているのでございますか……」

 ……源田の耳目が炎症を起こして幻覚を見ているので無ければ、そこにいる人物は、「陛下」……つまりは、今上天皇であった……。


「……朕が中止を呼びかけて、向こうが承諾した。他に、情報が必要かね?」


「…………」

「……無いなら、そう伝えよ」

 あまりの威厳に、源田は少し、言語中枢が麻痺した。若干、間があった後に、停戦が叶ったことを伝えた今上天皇は、それを伝えるように源田に言ったが、源田が硬直から解けるのにはさらに若干の時を要した。

「! ……は、ははっ!!」

 そして、源田が硬直から解けた頃には、今上天皇はめがねを拭いており、いつもの歯に衣着せない物言いをする源田は、何も質問を行うこと無く使いっ走りを承知した。そして、そんな源田を呼び止めた今上天皇は、いともたやすくさらなる無理難題を源田に投げかけた。

「ああ、そうそう」

「は、ははっ!!」

「質問がある将卒がいるならば、朕の名を使っても構わんぞ。あるいは、直接来ても良い。今日、今だけはそれを許す」

「は、ははっ!!」

 ……結局、源田は何も言えなかった。背後関係を後で知った源田は、そんなことよりも天皇陛下に直接会ったことを生涯の自慢としていたという。



 1941年12月8日、現地時間では12月7日のことである。第32代大統領、ルーズベルトが急死したという一報が国際社会に伝わったのは、比較的早いタイムラグであった。そして、駐日大使であるグルーがその職を賭して行った最後の賭けは、見事に成功した。

 世界大戦を、今でも第一次・第二次ともに「ヨーロッパ戦争」と名義するのは、それが原因であるとされている。

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