彼女の事情

 そして次は彼女が話す番だった。

 一瞬黙りこくった後、彼女は、

『私はアイネスフィール・リッター・フォン・シュヴァルツフェルトと申します』


 思いっきりファンタジーなかっこいい名前が来た。

 それにしても、


『フォン、かぁ......何か貴族とかそんな感じ?あ、リッターついてるし騎士爵だっけ?』

『貴族では、ないです。

 ですが元は地上の貴族称とは聞いたことがあります。奈落では都市管理者に与えられる名前として普及しました』

『それじゃあシュヴァルツフェルト市とか、そんな感じ?

 直訳したら黒野だと思うけど』

『はい、市が行政に認識された当時はただの鉱石採掘拠点だったそうですが。

 尤も今は、他の幾つかの市とまとまって、ヴォイドフロントの一部になっています』


 なるほど。もしかして、そのヴォイドフロントが出身とかそんな感じだろうか。にしても名前からして、奈落の何かに対処する前線基地になってそうな場所である。


『すると結構いいとこの生まれって感じ?』

『......はい、まあ、そうですね、特に金銭的な不自由はありませんでした』


 何とも嫌な感じの溜めが入った。闇が深そうである。

 そんなお嬢様が、聞いたところ謎のダンジョンみたいな白羊宮に入って、何してたのだろうか。

 ともあれ、彼女は一応帰る場所を持っているらしい。

 もしかしたら過去形かもしれないが。


『そんじゃまあ、これから家に帰るのかな。随分災難だったけど』

『......家には、戻れません』


 ......家出?

 随分重苦しく感情の籠った言葉だった。

 特にきっぱりと言ったわけでもないことからして、もしかすると戻りたくても戻れない感じだろうか。あるいは戻りたい感情と戻りたくない感情が同居しているのか。


『......その』

『うん』

『ローニンさんの世界には太陰が無かったということは、「忌み子」は居なかったのですよね?』


 思いっきり不穏な言葉が来た。忌み子。うーん、太陰とかいうネーミングからして不穏なのだから、ここでその太陰関係の忌み子がアイネスフィールさんで、そのせいで家に帰れないとかでも不思議ではない。というか状況からして、そうにしか見えなかった。


『それでは、その......

 どれだけ傷付けても再生するような人間は存在すると思いますか?』

『みんなそんなだったら楽だなと思うけど、まあ見たことはないね』


 自分で言いながら若干無粋だった気がした。多分忌み子とやらがそう言う特徴を持ってるんだろうが、それで悩んでいるのだろうか。


『では、再生するたびに別の存在に置き換わっていく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・としたら、それは最終的に人間に留まって居ると思いますか?』


 GHOST IN THE SHELLみたいな話になって来たぞ、テセウスの船かな?


 一つだけ言っておきたい(口には出さないが)。

 俺みたいな価値観崩壊野郎に言うことではない。

 SF作品に親しみ過ぎ、自分にも大して価値を感じていないせいで、トランスヒューマニズムで自分じゃなくなることを期待するような人間に言うことじゃない。


 彼女の悩みを本質的に自分は共有できないと感じた。

 人間性の定義なんていうものは、明確には存在せず、俺にそんな高尚で難解なものの議論は出来ない。

 加えてそんなものいらんわとまで言ってしまう様な無頓着さ、無頼さ、あるいは自暴自棄に駆られている俺には、彼女の本質的な、周りからの疎外感は理解できない。

 俺が孤独を紛らしていた解決策も、勧められなかった。何故ならそれはただ腐っていくことを意味しているからだ。


 だが一つ言えるのは、


『つまり、人間じゃないと生きてはいけないん?』

『......社会生活的に人間として生きられない存在は、勿論人間としては生きていけません』

『......開き直るわけじゃないけどさ、割と同じ人間か疑うような奴、死ぬほどいたよ』


 インターネットの魑魅魍魎の中にはそれこそ理解不能な人間も多く居る。

 それと比較して、彼女の問題との間には、主に精神性か身体性か程度の違いしか見受けられないし、何より心だけ見れば、彼女は多少屈折して悩んでいるかもしれないが、よほどああいった人間より人間らしかった。


『そう言った奴ですらニッチはあった。

 生きて行けるだけの隙間、包容力と言うか、そういったキャパシティが社会に会って、別に不自由がないとは言わないけど、十分生活できてる人間が大半だったんだ。

 結局幸福の形がそれぞれ違う以上、均質な社会とか築きようが無くて、だからこそそんな連中も受け止められる余裕があったんだと思う』

『......私の身体の問題とそういった人々の問題は似通っていると?』

『示唆とかなしで言えばそう。

 そんな感じで、人間と捉えられる範囲は社会によって違うんだから、自分が合うニッチも見つけられるんじゃない、って言うだけ。

 随分安直な着地だけど、俺の結論はこんなんかな』


 正直十分な回答だとは思えない。もっと深く解析して、もっと適切で、もっと真摯な答えを返せたらいいのだが、残念ながらそれほどの精神分析力はなかった。


 しかし彼女は若干楽になったらしかった。


『......ヴォイドフロントでずっと暮らしてきてましたけど、出るべきだったのかもしれないですね』

『かもね。成功は保証できないけど、息苦しい場所に詰まっているよりはマシだと思うよ』


 彼女は俺がヴォイドフロントを「息苦しい場所」と呼んだ瞬間、若干悲しそうな、あるいはある種の憤慨を若干感じているような顔をした。

 といっても顔は直接見えないので、目の前のポッド内の金属板の反射でどうにか見た感じなのだが。


『そういえば、アイネスフィールっていい名前だけど、毎回呼ぶにはちょっと長いね。

 なんだろう、渾名......アイネとかかな?』

『アイネ......ふふ、アイネですか。良いですね、ではそれで行きましょう』


 若干影のある笑い方だった。

 そこはかとない胸騒ぎを覚えていると、アイネさんが急に切り出す。


「そういえば......」


 彼女は髪を一房掴んで、目の前に持ってきた。


『髪が戻っているのですが、何時頃こうなってました?』

『あれ、そういやこんな白かったっけ。うーん.......』


 確かに、起きたときに視界に入った髪色は茶だった。

 ポッドに入った時どうだったっけ。視界にちらつく髪色とか、戦闘や状況に没頭しすぎて気にして無かったのだが。


『......白髪は忌み子の証なんです。外で見られると騒がれますので、隠す必要があります』

『あ、ほんと?

 でも都合のいい物ないなぁ......』


 何ならもう砂を被るとかしかないかもしれない。


「......もしかしてこれは魔力発生による反応?

 いや、でも......」


 そうぶつぶつ呟いていた彼女は、唐突に扉に手を向け、唱えた。


「開け」


 すると同時に、信じがたいことにリモートコントロールされたように、扉がスライドし、ギリギリ音を立てながら開いて行った。

 それはどちらかと言えば、手で強引に押し開けられたと言う方が近いような感じだった。


「......あれ、魔術、使えた......」

『え、魔法とかあるのここ』

「あ、はい、そう言えば説明してませんでしたね」


 曰く。

 この世界には二種類の力がある。陰力と陽力。これらを帯びた粒子は電磁気力みたいにひきつけ合う性質を持っていて、そのくせ、量子論の対の粒子みたいに、衝突すると対消滅を起こしてエネルギーを放つ。大体の場合は「中間性運動子」とかいう、どっからどうみてもこれが光子じゃん、というやつである。


 で、この陰力と陽力なのだが、人間は分子構造かなんかで溜めることが出来て、こいつをコントロールして目的の場所で対消滅させることで、爆発的なエネルギーを放出することができる。これが魔術、もとい広義にして魔法のメカニズムらしい。


 詳しいところ、つまり俺が知る電磁気力とかとの関係は複雑になり過ぎて、紙面での解説なしでは到底理解できそうになく、どころか定性的な理解すら、地球で物理を学んだこちらからすると理解が相当に難しいものだった。


 とりあえず、一旦陰陽師くらいの考え方に立ち戻ってから属性みたいなものとして捉えたところ、

・陰力と陽力は独自の系であり、電磁気力とは別の独立した力である

・陰力は通常の力や物質から、陰力生物及び太陰を通じることで発生し、

 陽力も同様、陽力生物や太陽を通じることで発生すること

・人間や大半の生物相は陽力生物だが、あそこで見た機械を含む幽鬼は陰力生物

 であること

・陰力を体内に取り込み、自分が持っていて生成する陽力と反応させて、

 運動エネルギーや光を生み出すのが魔法の基本で、この際発生する様々な力は

 総称して魔法システムを発生源とする力、魔力と呼ばれる

・人間は陽力と魔力の両方で生きており、光合成よろしく陽力を作っては、

 リバースして魔力にして、というのを日夜繰り返している。

 これが実はこの世界の代謝である

・陰力と揚力には段階としての相があり、相同士の組み合わせによって可能な

 エネルギー変換が異なる

・陽力生物は陰力生物に敵対されており、見つかれば問答無用で殺し合いになる。

 理由だが、陰力生物には陽力が足りないので、陽力生物を捕食して

 補給しようとするとのこと


と言ったことである。うん、纏めても随分ややこしい。特に相関係なんか、それ専門の学問がいくつかあるくらいだから、中々複雑だった。

 俺の陰陽力の基礎が全然できていないので、途中からアイネさんはちょっと講義っぽくなってきて、俺は漠然と、この人割と面倒見良いな、と思った。


 んでもって、忌み子の「人間じゃなくなっていく」のが何なのかと言うと。

 太陰によって呪われた彼女らは、成長するのに加え、大規模な再生を引き起こすことでどんどん陰力生物に近くなっていくそうである。

 では最終的には幽鬼になってしまうのではないかという疑問が沸くが、実は幽鬼になるわけではない。

 これは彼女が自分の体質について知り、調べて回った結果手に入った情報なのだが、彼女らは陰力生物化してしまうことにより、陽力の自給が出来ず、代謝が立ち行かずに生きていけないので、陽力を得るために陽力生物を摂取しなくてはならないのだが、これが中々厄介で、かなりすさまじい大食らいなのである。


 なんなら植物で全部補おうとすると腹が破裂して死ぬまで食べるしかないくらいの大食らいであるから、必然、肉食以外選択肢が無くなっていき、最終段階まで行くと、人間を食べるしかなくなる。


 ......そう、全然軽く扱える話ではなかった。グールかヴァンパイアみたいにならざるを得ない体質というわけだ。


 ......マジか。


『一応肉を食べなくても血でもある程度補給できるんですが、そうなると代替として魔力を大量に消費してしまって、結果、魔力を全然使えなくなりまして、身体強化もできないので、奈落では価値が低い人間になります』


 奈落と言うのは実はかなり厳しい土地であるそうだ。

 現在も、奈落の天井や底の星落に浮かぶ星々から偶に陰力生物の群れが発達し、中間層に浮かぶプラットフォームの都市を襲撃する。その防衛兵力の必要量は膨大で、なんなら全員予備役くらいの覚悟で行かなくてはならない。


 この生存競争環境はとんでもなく苛烈で、実は地上と奈落で比較すると、奈落の戦力と言うのは凄まじく強いらしい。

 まあ、それも魔力の下になる陰力が豊富に得られて、魔法使い放題なのだから無理もない話だった。

 尤もこの奈落の環境から離れた途端、行使可能な魔法が一挙に少なくなって、結局地上人レベルに戻ってしまうから、地上に侵攻しようなんて言うアイディアは全然出ないのだが。


 と、ここまで聞いていて思ったのだが、

『あれ、じゃあアイネさん、地上行けば結構片付くんじゃないの。

 陽力は十分だろうし』

『その......ところがですね......

 地上に行ったら行ったで、陰力が足りなくなってしまいまして......』

『あ~、そういうこと』


 よって彼女ら忌み子は時としてこう呼ばれる。

 暴食の怪物、ベルゼブブ、と。


 ちなみに陽力生物の人間たちはというと、確かに陽力は足りなくなるのだが、陰力生物より燃費がいいらしく、陽力生物を定期的に摂取するだけでよい。つまり普通に生活していればいいのである。


 なんだか陽力生物に有利にできているらしい、少々歪んだ世界である。

『......この世界って何なんだろう......』

 こんな感想が零れるのも無理からぬことかもしれなかった。

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プロメティウス・インタラクション EF @EF_FrostBurnt

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