墜昇

 俺を乗せたポッドは遂に地上しか見えないところまでやってきていた。

 そこまでは良い。だが、少々突入速度が、いや本当に、着陸予定とは思えないくらい早くて......!


《メインスラスター再起動

 5...4...3...2...1...

 発火》


 唐突にアナウンスが流れ、もう地形が詳細に判るまで地面に近付いていたポッドは、下部から爆炎のような光と煙を噴き出し、徐々に減速していった。


 が、しかし。

《メインスラスター燃料が不足

 VTOL着陸プロシージャを適切に実行できません

 予想される対地速度:50m/s》


 それって180km/sじゃないですか、何でスーパーカークラッシュ並の衝撃をまた受けねばならんのか。


 実際スラスタ燃料の不足は結構致命的なレベルらしく、姿勢制御すら失ったポッドは回転、横倒しになって地面に近付いて行った。


「クッソマジかよ!」


 もう衝撃に備えるしかない。しかしどうするんだろうか......?

 飛行機に乗ったときの耐衝撃姿勢しか知らないが、ベルトのおかげで前傾できないので、そのままシートに縛り付けられているほかなかった。


 ゴドオォォッッ!!!と最早何度目かわからない鼓膜が破れそうな衝撃が横殴りに襲ってきて、シートの頭部周辺にクッションが無ければ思いっきり頭をぶつけるところだった。


 手元のコンソールは着地の衝撃のためか若干逝かれていた。

 とにかくベルトが出ている部分のボタンを何度か押してみると、一応効いて、シートから這い出すことができた。

 ブレードもどうにか回収。ロック解除を何度押してもドアが開かなかったので仕方なく蹴り開け、地上に出た。


「荒涼としてるなぁ......」


 そして周囲は砂漠だった。


―――― ――――


 昼間の砂漠で動くものではない。

 というわけで、ポッドの外側に何か補給品が無いか探した後、滅茶苦茶潰れたパッケージに非常食っぽいものが入っているのを確認したが、開けてみるとボロッボロの炭化したようなものが入っていて、当然食えるわけ無さそうなので、一旦戻しておいた。

 超危機的状況になったら食べざるを得ないかもしれない。


 今はポッドの中でどうにか引っぺがしたクッションを敷き、横たわっている。この世界何なんだろうな、とは再三の疑問だが、どうにも異世界要素が予想外過ぎた。


 まずもってこの世界、日中?は色彩が、消える。

 全てモノクロームの明度でしか見えなくなるのだ。今は蹴破ったドアを完全ではないが閉じているので、ポッド内はLEDっぽい照明が発する光で色付いているが、外に出てみると身に着けていた物やポッドの色さえすべて消えてしまう。


 色を殺す光でも、あの空の大穴が出してるんだろうか。


 さて、次には宇宙ステーション内の環境。とか、あのポッドのアナウンス。

 何か問題なく聞き取れていたが、相当変な言語で、英語とスペイン語とアラビア語をごたまぜにしたみたいな変な発音だ。

 

 しかも文字の方は、何故か物凄い歪んでいたが、ラテンアルファベット、漢字、そしてアラビア文字の3種類で書かれていた。


 これは未来の地球系とか、そんなタイプの世界なのだろうか?

 まあ右も左もわからない状況で言うことではない。


 とにかく今は、あの剣戟と負傷の嵐で傷んだ身体を回復させたかった。起きたときにも増して、貧血と疲労が凄いのだ。


「......っふぅ......」

 

 身動ぎして仰向けになると、思わず声が出た。何というか、自分の身体に言うのも何だが、色っぽい。


 そういえばもう一つ気付いたことがある。

 この身体、美少女の極みみたいな外見をしている。


 ポッドの中の金属板の反射でぎりぎり顔が見えたのだが、全く顔に欠点が見つからなかった。

 肢体は長くて本当に自分で言うのも何だが蠱惑的だったし、身体も引き締まっている。


 そう、美少女なのだ。この「身体は」美少女なのだ。

 これは夢見るべき異世界要素だが、残念なるかな、自分がなってどうするん、としか考えられない。

 大体この子相当面倒くさい状況に居たのだし、不穏な気配しかしない。この身体に載ってこれから生きていくのかもしれないが、実のところちょっと勘弁願いたかった。

 確かにあれほど巧く、思いっきり身体を動かせるのは楽しかったが、痛みも忘れられない。大体肉が盛り上がって回復する気持ち悪い感覚とか、切れていた神経が繋がる瞬間の衝撃みたいな痛みとか、一生感じることを避けたかったものを山ほど体験している。


 そう考えている内に疲労が滑り込んできて、瞼が重くなってきた。

 意識が睡眠の快楽に滑り込んでいく。脱力と麻痺が全身を覆った。


―――― ――――


「んっ......んう......」

 目が覚めた。外は大体もうあの大穴?が沈んでしまったのか何なのか、闇に覆われてきている。


 起き上がろうとした。

 しかし体は動かない。その上、別にそうしようとも思っていないのに体が伸びを始めている。


「ふあ......

 あれ、ここどこでしょう」


 待て、なぜ思っても居ない事が声に出る?


「あの幽鬼は?

 ステーションは......

 うーん、明らかに天井ですね......」


 身体が勝手にドアに這い寄り、外を覗き始める。

 これは、もしや......


 間違いない、身体同居だ。元の持ち主が目覚めたらしい。

 何で俺知らない美少女に寄生するなんていう事態になってんのかなぁ......


『あーっと、その、説明いい?』

 話そうとしてみた。物理的に声は出なかったが、なんか話せる感覚みたいなものがあった。


「ん?今何か......幻聴?」

『いや、一応幻聴じゃないかな。正直自分がこの状況こそ幻と信じたいくらいなんだけど......』


「......なるほど?」

『こうやってやるのですね?これは何でしょう、脳に直接って言う類でしょうか?

 実際に体験すると思いませんでしたが』

『......順応早いね』


 脳内対話しているわけだが、それでも居住まいを正したいのか、彼女はドアを左にして座る。彼女自身の視界から見る限り結構淑やかそうな座り方だ。さてはお嬢様だな。


『それで、この状況を説明できる、と仰りましたよね?

 頼めませんか?先程から困惑し続きですので』

『ええと、まず、俺はどうやら何でか知らないが君に憑依か何かしてしまったらしい。それで、起きたら君の身体を操ってて、何か宇宙ステーションみたいな場所に居たから出ようとしてみたんだ。

 そしたら謎の四足歩行の機械に襲われてさ』

『......なるほど。それで、その機械はどうされたのです?』

 

 多分だが語彙にすれ違いがある。向こうは一部の単語に合点が行っていないらしかった。

 しかしそれはそれとして、先に経緯を聞く構えらしいので、続ける。


『攻撃されたからとにかく避けて、避けてるうちにそいつが壁にぶち当たってガス管が露出したから、銃で撃って爆発させた。

 それと後はそこにあるブレードで無力化したかな。まあ、何発か食らっちゃったけど。そこは何というか、ごめん......避けきれなくて身体傷付いちゃった』

『......わかりました。それで、状況からするに脱出ポッドか何かがその「ウチュウステーション」にあったのですね?』


 返事の前に若干不穏な溜めがあった気がしたが、一旦無視する。


『うん、そうだね。どうにかそれで脱出して、この地上に墜落してきたってわけ』

『地上......?

 なるほど、どうやら語彙の食い違いがあるようなので確認しましょう。

 まずそちらの認識からですが、あの白羊宮の研究施設......あなたの言うところの「ウチュウステーション」は何処にあったと考えられますか?』

 

 どこにあったって、そりゃあ、

『宇宙じゃないの......?』

『......「ウチュウ」とは呼ばれてませんね。奈落です』


 そう彼女は言う。そして、この世界の構造の話を切り出した。


 まずもってこの世界の惑星は球体ではない。

 全方角に次元の歪みを伴った折り畳み構造の平面で、大地の上の大気圏を含めると、はるか遠くまで続く円柱構造をしている。


 大気圏を抜けた空域は単純に「高空」とか「大気外高度」とか呼ばれているそうだ。

 そしてその高空の無限遠に太陽があるらしいのだ(無限ならどうやって光が飛んでくるんだよと言う話だが、どうやら光束を含む複雑な関数であらわされる極限値らしく、要するに光以外は抜けられない時空の収束みたいなものが太陽周辺にあるとかそんな感じらしい)。


 それじゃあさっき彼女が言った奈落とは何かというと、これがまたややこしい話である。


 どうやら先程の円柱構造は地下にも延々と続いており、ある程度言ったところで中性障壁なるエネルギー滞留圏があって、そこを抜けた瞬間重力方向が完全にぎゃくになるんだとか。

 なんだそれ重力場に近似的でも連続性とかないのかよ、とかいう疑問は沸くが置いといて、この中性障壁を超えてまだ進むと、今度は別の地表と大気が現れ、そしてさらに遠くにはまた極限点がある。


 この極限点に居座るのが、もう一つの太陽みたいな存在である、あの大穴、「太陰」である。


 そんでもってこの裏側の世界は全体で「奈落」と呼称され、地表は「奈落の天井、太陰のある極限点は「奈落の底」となる。

 つまり上下感覚がそのまんま逆さになっている。重力方向に従っていない。

 ちなみに室内では普通で、重力方向が下、逆が上である。


 何でこんなややこしい名付けになったかというと、どうやら人類の生誕地である地上を忘れないためとかなんとからしい。


 なんかそこはかとない宗教的信仰の匂いを感じたため深堀しないことにした。


 さてそんな奈落であるが、底の方には(つまり太陰がある方には)「星」という名前の、太古人類の遺跡みたいな宇宙船群(厳密には大気圏に半重力装置を利用して浮いているので、実質ラピュタみたいなものらしいのだが)があり、彼女が居たのはその一つ、白羊宮「イアソンの舟」と呼ばれる場所らしい。


 じゃああの時は、その白羊宮が墜ちていたのかというとそんなことはない。

 そこには複雑な経緯があるようなのだが、彼女は話し辛そうにしていた。


 とりあえず話が進め辛かったので、お互い自己紹介を先にやることにした。


―――― ――――


 そして困った。大いに困った。

 なぜなら、日本とか、地球とか、元の世界の知識はあるのに、エピソード記憶が全く出てこないからである。


 何やら怠惰な人生を過ごしていた気がするのだが、親の顔も友人の顔も何なら自分の名前すら思い出せない。

 どうにか思い出そうと頭の中でうんうん唸っている俺を見て、彼女は

『話したくないのであれば構いませんよ?』


 と言ってくれたが、そういうことではなく、こんな突拍子もなくヘンテコなことになっているのをどう説明しようか悩んでいるのである。


 しかし結局名案も記憶も出なかったので、手短に事実だけ言うことにした。


『ド忘れした』

『......ど忘れ?』

『ごめん、何でかわかんないけど、自分個人の事は全然思い出せない。

 名前も解んないし、家族構成も確か親は居た様な気はするけど、どんな親だったか完全に忘れてる。

 その......記憶が傷付いてるかも。確かに言えるのは、地球、っていう球面の世界の、日本っていう国の関係者らしいことくらいかな』


 住んでたとすら言えなかった。日本の文化が一番馴染み深い気がするのだが、それと結びついた個人の記憶が無いもので、もしかしたらルーマニア出身の日本オタクとかそんな存在であったとしても不思議ではない。


 何なら、言語だけならアラビア語だろうと中国語だろうと読めるのである。

 じゃあ、何処の人間かと言われると、さあわからんとしか言いようがなかった。


『では、呼び方を決めた方が良いですね?恐らく』

『まあ、うん。君の頭から出る方法も解んないし、付き合い長引きそうだしね』

『何か名前にしたいものは?』


 何だろうか。適当に配慮してみても良いし、自分が言いたいことを語にしても良い。

 そういえばあのブレード握って剣戟やるの楽しかったな、とふと頭に浮かんだ。

 ちょうど日本っぽいし、いいやと選んだその言葉は、


『それじゃ、ローニンで』

『わかりました、ローニンさん』


 なんか勘違いジャパンみたいになった。

 まあ、うん、ブ〇ードランナーとかタイ〇ンフォールとか頭に過ったのは否定しない。

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