機鬼ケルベロス
『私達の最新の作品、ケルベロス――――故国防衛のための、戦略的効果性の高い不整地走行ドローンを紹介いたttttttaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaag』
そんなアナウンスが目の前の4足歩行機械から流れてきた。ケルベロスってなんやねん、JIN-ROHかよと突っ込む暇もなく、その機械は脚を曲げ、こちらに突っ込んできた。
「おいっ!何だこれ!」
出てきたのは存外高い女声だった。
しかし自分の性別とか気にしてる場合ではない、何しろあれが衝突する音からして、衝突した瞬間男女の区別はつかなくなる可能性がある。
機械から逃れるべく左に跳ぶ。ゴドォッッ!!という思い金属同士の衝突音が響き、先程入ろうとしていたEVAエアロックの扉は盛大に拉げてしまった。
それで大質量で明らかに硬そうなケルベロスがどうにかなるわけもなく、アームを展開して壁に突き立てると、その助けを得て前胴部を抜き、こちらに向かって周ると再び突進しようと前肢を曲げる。
その間に中央のラボの扉まで走り着いていた俺は、扉が上へあがり始めると同時に、その奥の部屋へダイブした。
巨大な運動量がラボの壁に激突し、ガラスを割り、それでも止まらずに奥の電子機器類に衝突して停止する。
身体を跳ね起こしてみれば、もうリカバリーを済ませたケルベロスがブレードを振ってきて、掠りかけた。
こいつ、容赦も躊躇もない!
そこは施設保全のために設備は傷付けないとかないのかよ!
何を考えようと状況は変わらない。
やたら関節の多い腕で両腕のブレードを変幻自在に振り回してくる。
右から薙ぎ払ってきたブレードを横に避けた瞬間、急に直角にアームが軌道を描き、ギリギリ接地した両脚の間に突き刺さる。
俺は地面を蹴って回転した反動で壁に接地し、目の前に走っていたダクトと思しき管に捕まって次撃を避け、ケルベロスがぶち破った壁から外に跳んだ瞬間、手を突いて右前方へ跳んだ。
更なる突進はこれで避けられたが、代わりにケルベロスは再び外壁に衝突を起こし、遂に穴が空いてしまったらしく、一挙に空気が外の真空へと噴き出した。
「クソてめえ何やってやがんだッ!」
勿論奴に悪態を聞くマイクロフォンはない。
そのまま突っ込んでくるケルベロスを転がって避け、その先にあったマシンピストルを手に取る。
奴の突貫前右斜めに跳んだのは一応これが狙いだ。最初回収し忘れていたが、こいつを使えば奴に有効打とは行かずとも、なんらかの足止めくらいはできるのではないだろうか。
起き上がり、こちらを向いていたボットの前面に光るカメラらしき部分を狙って弾丸を撃ち込む。
3発撃ち込んだ瞬間、あちらは一方のアームのブレードを落とし、謎のシールドのようなシアンに広がる場を展開して弾丸を停止させた。
「ネオみたいなことしやがって!」
咄嗟に跳んだ。
右足首に鋭い痛みと衝撃が走る。
接地が崩れ、左足首までも捻った。一瞬体重がかかった右足が、骨の芯に走るような痛みを訴える。
「うあっ、ぐっ......!」
休んでいる暇はなかった。再び空を切るような突進音が響く。上半身を起こしただけの状態では、横に転がる以外なかった。
ブレードが腕にかすれる。痛いことには痛かったが、アドレナリンともっと酷い傷のおかげで反射的にフリーズしたりはなかった。
反撃のタイミングはない。あるとしたらあのエアロックから逃げおおせることだけだが、扉が拉げてしまっている。今の超人的な膂力でもこじ開けられるかどうか怪しい状態だ。
そうこうしている内に再びケルベロスが体勢を立て直そうとしていた。そして今しがたケルベロスが突っ込んでいた壁、その外装が剥がれて露出している内部を見た瞬間、閃いた。
ガス管かもしれない。
俺は躊躇なく、ケルベロスのすぐそばを撃った。
轟音。
太陽表面みたいな熱さと投げ飛ばされるような衝撃。
次の瞬間、壁に背中が叩きつけられ、ひゅっと音がして肺の中の空気が一気に抜けた。
鼓膜が逝き、耳鳴りが酷い中で、辛うじて守れた眼は、爆発でダメージを食らい、左半身と片方のアームが大きく損傷したケルベロスを捉えた。
こちらも中々ひどいが、向こうも瀕死だ。とりあえず、立ち上がろうとして、気付いた。
右足が治っている。
服の当たった場所には穴が空いているのに、その下の皮膚は全く傷が無く、ただあったはずの傷口を囲うように血が付いているだけだった。
余りにも早い再生。
なら......
先ほどの爆発で左腕に刺さったガラス片を引き抜く。
ジュクジュクと音がするような勢いで肉が盛り上がり、血が止まり、皮膚が広がって隆起し、それも均されて傷は完全に消えた。
「嘘だろ......」
どうやらこの身体はアンデッド系かヴァンパイアか何からしい。
しかし僥倖。これなら、ある程度無理ができる。
周囲を見回してみると、ケルベロスのアームの一本が、ブレードと共に転がっていた。
それを拾い上げ、壊れかけのジョイントを外して、ブレードを構える。
ブレードが付いていたリンクは、断面がうまい具合に楕円形をしていて、手に思いのほかよく馴染んだ。
試しにマシンピストルでケルベロスを撃ってみる。
やはり傷の少ない方のアームがシールドを展開し、弾丸を捉えた。返って来た弾丸を弾き、ケルベロスに再度当ててみたが、損傷の中央、割といい場所に入ったはずなのにダメージはない。
じゃあ、
振ってみる。割と肉厚で、刃渡りは十分。重さもまあ、扱える程度に収まっている。
ケルベロスがガタガタとパーツが拉げる音を出しながら立ち上がろうとしていた。
アームが折りたたまれ、銃座が立ち上がってくる。
どうやら回復と状況の再確認に時間をかけ過ぎたらしい。銃座にブレードで対処するのは厳しい。
かくなる上は......
俺は壁に向けて駆けだした。銃撃がすぐ後を追う。
床を蹴り上げ、壁に脚を突き、左手を壁に沿えたまま壁を走る。
減速してきたタイミングで壁を蹴り、左手にブレードを持ち換えて逆側の壁に移ると、ケルベロスの向かって右斜め横で壁を大きく下に向かって蹴り、跳ね上がった。
やはりか。
銃座の形状から予想していたが、仰角が大して大きく取れないらしい。接近しても、ケルベロスは俺を追いきれていなかった。
ブレードを逆手に持って振り上げ、損傷したケルベロスにスラムする。
回転する銃座のバレルを半ばで折り、爆発で損傷した部位の中心付近に、深くブレードが突き立った。
受け身のためケルベロスの向こう側に転がった瞬間、背後で2度目の爆発が響いた。
更なる衝撃を殺す暇もなく吹き飛ばされる。どういった偶然か、拉げていたEVAエアロックのドアに右肩から突っ込み、既に損傷していた鈍重なドアは、金属が引き裂かれる音を立てて外れた。
そして、起こそうとしていた頭を右にそらした瞬間、吹っ飛んできたブレードが壁に突き刺さった。
正直これが一番背筋が冷える瞬間だった。
多分頬が引き攣っている。泣き笑いでもしそうなくらいだ。
しかし、このブレードは使える......何より、理由は分からんが、随分この身体はアクロバットが得意らしい。それを使えば剣戟で生き残れるのではないだろうか。
ドアの向こう側の研究所は燃え盛り、壁の穴から抜けてゆく空気を補うためか、空調から気体が猛烈な勢いで噴出していた。
とりあえずこんなところには居られない。
俺は中で緊急脱出ポッドを探した。
EVAスーツがある逆側にポッドはあった。もはや悠長にスーツを着ている暇もなさそうなので、ポッドの扉を開き、入る。
中にあったのはゴテゴテした操作盤の付いたシートが2つ。
一つに座り、どうにか固定しようと考えて、ブレードはシートの一つにベルトでどうにか拘束した。
多分とんでもないことをやってる自信がある。それでも、こうでもしなけりゃ死ぬのが確実なのだ。
操作盤の言語はネジくれ曲がっていたが、何とか読めないでもなかった。
見るところドアのロックと
ドアロックを押すと案の定扉が閉まり、空調からガスが噴き出してポッド内が与圧された。
ドアに嵌ったガラスの向こうを睨みつつ、切り離しレバーを引く。
ガコン、っとステーションから分かれる音が響き、ポッドは射出された。
ドアの向こうには、相変わらずきりもみしながら黒い太陽みたいな天空の穴に落ちていくステーションが見えた。
......にしてもこれ、このポッドもあの黒い太陽みたいなのに落下してないだろうか。
あわててシートの手元にあるコンソールを確認する。
《周囲状況確認中......
進捗:75%》
多分これが100%になったらGUIが拡張されるのだろう。そう思ってみていると、本当に拡張された。SFでよく見る立体投影になって出てきたのである。
《着陸に理想的な地点を算出しました
軌道修正のためスラスターの利用が必要です
承認/非承認を選択してください》
そんなもの承認に決まっていた。
ご丁寧に承認が緑、非承認が赤に点灯しているGUIを押すと、VRでモノを押した時みたいに感触が無いけど押し込めて、
《承認を確認しました
姿勢制御スラスターを起動します》
その声と共に急に出鱈目な方向から加速度が襲い、ゆっくりと回転していたドアの向こうの景色が安定し、モノクロームに輝く大地の表面が見えた。
なんだあれ、エキュメノポリスだろうか?
そう考察していると、アナウンスが再開して、
《姿勢安定
メインスラスターを起動
5...4...3...2...1...
発火》
今度は遥かに大きいGが襲って来た。
横のシートでガタガタ音を立ててブレードが震える。
こいつ外れんだろうなと恐々眺めていたら、徐々にGは収まり、白っぽい光を帯びた大気が、随分近くなっていた。
徐々に地上が近付いてくる。見れば見るほど過密な都市とブルータリズム建築の集合にしか見えなくなってきた。
巨大な滑走路みたいなものが見え、それが定期的に紫電が散るほどの電力を蓄えたと思いきや、何か黒い塊を上空へ発射している。
おまけに、更に変だったのは、本当に底が見えない穴が一つ、ポカンと地面に空いている事だった。
目算3km以上の直径があるデカい穴で、周囲は建造物がタイムズスクエアみたいな密度で囲っている。
「何だこの世界......本当になんなんだろうこの世界」
とりあえず、自分の出自が全然わからないし、何が起きてんのか分かんないし、環境の知識は一切ないので、その収拾が先だな、と一人ごちた。
そして応えるのはまだちょっとシートでガタガタ言ってるブレードだけだった。
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