転生

 トラックに轢かれて死ぬ。

 電車に轢かれて。通り魔に刺されて。

 落下死。溺死。

 日本人は創作物の中で死に捲り、そして死後の世界に一旦行くかどうかを問わず、次の約束された世界へ飛ぶ。


 そしてそこで活躍する。

 使い古されたプロットだ。現実に倦み疲れた人々が別世界に救いを求める。


 かくいう俺はどうかと言うと。

 倦み疲れてはいなかった。生活の無価値さに辟易してはいるが、そんなもの多少の娯楽があれば吹き飛ぶし、大概これが終われば、義務に追われて社会人になる生活が始まるんだろうと思って、全てを後回しにしていた。


 だが、結局、現世に大した未練もなかったのは確かだ。

 親は早死にしてしまったし、友達も居るっちゃいるけどそんな深い関係ではない。

 ペットもない。嵌ってたゲームは最近ダレてきた。


 そういうわけだから、自分がいざその「転生」なるものに当たっても、確かにちょっと焦ったけれども、まあいっか、なったもんはなったんだからこっちでどうにかするべ、と思った。


 ただちょっと、自分の状況を確認してみたら、あれ、これ思ってたんと違う、となる。


 さてまず、俺はなぜか倒れている。倒れている先の質感からするに、床はフローリングっぽい。といっても大学の会議室みたいな、プラスチックっぽい床材。


 んでもって目の前に見える腕。毛が生えていなくて華奢なところからするに、女性?

 視界の端には茶色っぽい髪がかかっているが、こっちも結構長い。OK、多分女性だ。


 しかして一番の問題点、身体の状態がおかしい。何しろ心臓から脊椎に至るコア部分が熱くて、一方脚とかは萎えてコントロールが利かない。

 五感も、視覚は回復したがまだ聴覚と嗅覚は遠のいていて、口の中も麻痺したみたいに重い。


 どうにか立て直して立ち上がってみる。脚はまだ震えていたが、近くの金属っぽい壁を掴んでふらつく身体を支えた。貧血なのかくらくらする。


 で、さて、これ......

 うん、思ってたんと違う。ここ、ファンタジーやない、SFや。


 まずもって周囲。視覚で確認できる限り、あるのは白と金でできた、なんだろうか、バロックと東洋寺院を混ぜたみたいな、曲線の壁と天井のラインが連なる建築。おまけに窓の外は漆黒。宇宙かあるいは死ぬほど暗いだけなのか?

 何もなければ美しい建築だが、今は壁についている赤いパトカーランプみたいなのが回って、あきらか異常が起こってそうな雰囲気だ。


 五感が徐々に戻ってきて分かったが、周囲では緊急避難を呼びかけるアナウンスが響き渡り、船舶から切り離されたとか言っている。そしてそんなアナウンスを割って響くけたたましいアラーム。


 あら~、何ですかこの状態!

 転生したら死にそうな状況だった件。


 そしてもっとおかしいのはやはり自分。鉄臭さが凄く強く漂ってきたので見てみると、左脇腹から太腿に欠けて、血がべっとりとついている。

 おまけに左腕にも。しかも着用していたシャツの袖は、二の腕辺りから先が無かった。


 なにこれ死闘後?

 訂正、転生したら死にそうだった件。


 身体の状態が異常すぎて気づくのが遅れたが、感覚からして女性なのは確かだ。しかも四肢の長さを考えると、多分最低でも高校生くらいにはなってる。


 おう、乗っ取り転生、10代後半版ですか。どんなジャンルだよ。

 どっちかというとこれは青春TS映画では?

 と思う様な転生先だが、しかし、こうなると転生かどうかも怪しくなってきた。

 これDMMOかなんかなのだろうか。そんなん日本にあったっけ。


 結構変な状況だが、まいいや、と切り替えるしかないということに気が付いた。

 何しろ状況一切不明なので、とにかく周りを探してみるほかない。


 そして動いてみて気付いた。確かに脚は重いし、疲労感が凄いけれども、それでも動こうとしたときの可動幅というか、一歩一歩に込められる力が凄い。


 試しに脚に力を籠めて飛んでみたら、あれほど疲れて萎えてたのに3m以上は飛んだ。全ての縮尺が狂った世界とかでない限り、結構すごい体力だ。


 しかも運動神経も良い。何というか、受け身の取り方とか、安全な接地の仕方が何となくわかるのだ。俺の筋肉記憶は幸運にも移らなかったらしい。


 しかしこの場所、やはり相当おかしい、だってさっき漆黒の外景とか表現したけども、その漆黒の奥に白く輝く光輪携えた黒い「穴」があって、しかもそれが高速で周囲を乱回転しているように見えるのだ。


 いや、あれが天体とするなら、乱回転しているのはこちらか。なんてこったい。


 どういうわけか重力がまともに効いているきりもみ中の建造物、この際予想して言うと宇宙ステーションだが、兎も角どうやらここに留まると不味そうだ。

 出口を探して走り出した。そろそろ中枢の熱は収まり、貧血も若干マシっぽくなっている。


 ステーション内はさして入り組んではいなかった。見たところ円盤形の施設らしく、外周を通路がめぐり、中央にラボみたいなものがある。


 多分有効な道としては脱出だ。外周を巡って大体半周したかな、というくらいで、アナウンスが鳴り響いているスピーカーと、「EVAエアロック・緊急脱出装置」と書かれた場所を見つけた。

 お、ここじゃない、と思ってとりあえず入ってみようとした瞬間。


『DOO BOOOOO!!』


 ビープ音が鳴り響いて、振り返ってみると、4足歩行の機械が上部についた1対の腕にブレードをそれぞれ握り、こちらを睨んでいた。


 さらに訂正。転生したら死ぬ件。

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