危機

「「「「はッ!?」」」」

 

 クライトン教授が、幽鬼に上から襲われて、引き摺り込まれた。

 それを目にした私達の頭は驚愕で埋め尽くされた。


 続いて爆発音のようなものが頭上のダクトから数度響き、再び幽鬼の鳴き声と、クライトン教授のものと思しき叫び声が響いて、音はぱたりと止んでしまった。


 そこまで聞いてようやく、フリーズしていた私達は再起動して動き出した。

 教授が、多分、やられた!


 純粋遠距離熱魔術の大家が、目の前で幽鬼に引き摺られて消えるのを見て、パニックを起こさなかったのは学院での実習の賜物と言えた。

 素早くクライン先輩、コルキスくん、クラウディア先輩の3人が、私を挟んで前後を警戒する布陣を作る。


 まずい。セーフティネットが消えた。かくなる上は撤退を......

 撤退。その言葉だけが私達の間で共通のものになって、皆一旦下がって、とか退路は確かに確保してた、とか呟き始めた。


 しかし、状況はそんなもの許さなかった。

 目の前のダクトから幽鬼が唐突に下りてきた。即応してクライン先輩がバックショットを撃ち込み、幽鬼を吹き飛ばした。

 しかしそれで安堵できることはなく、今度は確保したはずの退路の方面から走鬼が走ってくる音が響く。


「まずい、クソっ、退路を塞がれてる!」

「クライン、どのみち向こうしか退路はないわ。見てきて」


 その言葉を受けてクライン先輩は階段を下り、廊下の奥へすっ飛んでいった。

 しかしすぐに戻ってくると、

「駄目だ!数が多すぎる!

 大型も居る、手に負えない!」


「どうする?ここに留まって居ても向こうの幽鬼にやられるだけだぞ!」


 マップを見る。書き込まれた情報の一つに、使えそうなものがあった。

 しかし、随分な賭けになる。もし特別研究室内に強力な幽鬼が居れば......


 しかし私は、それを口に出すことにした。


「......待ってください、特別研究室は緊急時用のエアロックがあったので、閉鎖出来たはずです。

 賭けですが、もしかすると閉鎖すれば......」

「それで、閉鎖してから中の幽鬼を一掃して助けを待つわけね。

 了解......危ないけど、手段を選んではいられない。それで行きましょう」


 私達は隊列を立て直した。

 コルキスくんが先頭、その次に私とクラウディア先輩、クライン先輩が殿だ。


 ドッキング済のため、エアロックは両方の扉が開いていた。私達はクリアリングしながらエアロックに入っていく。

 

「......何も居ない?」


 多少幽鬼が居ることは覚悟していた。

 しかしエアロックの向こうの研究室は静まり返っていて、ただ機械の稼働音が方々から小さく響いてくるだけ。


 これならば、避難場所にできる可能性が高い!

 そう計算し、クライン先輩たちに向けて、急いで研究室に入るよう伝えようとしたとき、


 唐突に轟音が響いた。

 

「何が!?」

 そう声を発した瞬間、横殴りにGが襲って来る。これは、もしかして、白羊宮が動いてる!?


 取り落した端末が研究室の外、階段の方へ飛んでいく。窓もない白羊宮内部からはどうなっているのか全くつかめないが、加速度はどんどん増していって、かと思いきや急に軽減され、遂に元の静止状態に戻った。


「何?何だった......」

「ぐ、ア゛ア゛ア゛ァアアアアアアア!!」


 唐突に階下からクライン先輩の叫び声が響いてきた。幽鬼たちの叫び声も重なって聞こえる。

 まずい、さっきの衝撃で幽鬼に対応できなくなってる間に近付かれたんだ!


「クライン!」

 血相を変えたクラウディア先輩までもが飛び出して行ってしまった。

 バックショットを叩きつける音と打撃音、くぐもった叫びが響く。


 一挙に転回する状況に事態をうまくつかめずにいると、幽鬼の叫び声がどんどんと近付いてきた。

 不味い。先輩たちは、この状況だともうやられてしまっている!?


「アイン、行こう」

 コルキスくんが囁いた。エアロックを抜けるようジェスチャーされ、私は言われるがまま特別研究室に足を踏み入れ......


 唐突に背中を押され、倒れた。

 振り返ると、コルキスくんが拳を閉鎖ボタンに叩きつけていた。


 戸惑う私の前で、エアロックの厚い扉が閉じる。

 

 なぜ?え?

 先輩たちを助けに行こうとして?あるいは......


 混乱する。コルキスくんも混乱してそうしたのかもしれない。

 

 しかし確かなのは、今どうやら私だけが助かれる状況にあるらしいということで......


『GHGGGGGGGGGG......』


 背後から響く声からして、その「助かれる」可能性は外に残った3人と同程度らしいということだ。


 振り返った。

 巨大な、地上で幽鬼掃討を担っているメックみたいな、4足歩行の機械が、気持ち悪い生体組織と融合し、歪んだフォルムを成して、こちらを狙って銃座を向けていた。


「う、ぁぁぁあああああああああ!!!」


 マシンピストルを懐から引っ張り出し、咄嗟に撃つ。

 弾かれた、とかではない。シールドのようなものを展開して、私が撃った弾を「捕まえて」いる。


 次に来る攻撃は予想が出来た。

 私は横に跳んだ。


 教範通り、受け身を取って転がる。そのすぐ横をシールドで捕集された弾丸が跳ね返されて飛んできた。


 しかしすべては避けきれず。

 数発食らってしまった。


「あぐぅっ......!」


 異常なほど鮮烈な痛みと熱感が、左半身に走る。着弾の衝撃はハンマーで殴りつけられたみたいで、転がる途中だった身体は軽く吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


 視界がかすむ。目がちかちかして、暴れるような鼓動が止まらなかった。

 息が上手く吸えない。肺が広がろうとするたび、脇腹に耐えがたい痛みが走る。

 何......が......?


 脇腹を見るために左腕を動かそうとした。

 動かない。

 いや、違う、左腕が、吹っ飛んでいる。


「えっ......は?」


 そしてそれよりおかしいことが起きていた。

 信じがたいことに、吹っ飛んで半メートルほど右に落ちている左腕に、筋繊維のようなものが繋がっている。

 それはズチュッと気持ち悪い音を立てながら繋がりを増し、ずるずると左腕を引き摺ると、遂に動脈、骨や皮膚までもが再構成されて、私の左腕は再びつながった。


 脇腹もそうだった。呼吸をするのがままならず、横隔膜外れそうだと感じるほど、引き攣ったような痛みが酷かったのに、今や空いた銃創からめりこんでいた弾が隆起した肉で押し出され、その上を毛細血管が新しく這って、遂には元の皮膚が腹部の傷を完全に覆い、跡形もなく消してしまった。


 なに、これ、私の再生力......?


 どうしてこれほど再生するのかもわからない。脇腹の傷も左腕が引きちぎれていたのも致命傷で、それで死んでもおかしくなかったのに、今や異常と言えば、精々脊椎が信じられないほど熱くなり、朦朧とする疲労感が襲ってきているだけだ。


 それを見ていた幽鬼らしき機械の方も異常に思ったらしい。銃座を格納し、アームを伸ばして近接戦闘用かブレードを取り出した。


 銃器が効かないとでも思ったのだろうか......?


 披露した身体を押して立ち上がる。べっとりとした血がボトムスまで流れて行くのを感じた。


 兎に角、生き残らないと。落としたマシンピストルを拾うべく、そろそろとエアロックの付近へ歩いていく。


 唐突に、エアロックの扉の向こうから哄笑が響いた。


『アハッハハハハハッハッハハハハハハハ!!!

 アーッハ、戦ってるよアイツ!』


 は?

 思考が固まる。

 それは、確かに、クライン先輩の声だった。


『あー、でも上手く行って良かった、これで社会のゴミと厄介な幽鬼、同時に処分できる!』

『まだ終わってないでしょクライン。切り離すまでよ』

『いやーでもさ、これでようやくあの苦痛でしかないカスみたいな時間が終わると思えばさぁ......

 恨み言を死ぬほどぶつけてやりたくなるじゃん?

 絶望の中で死んでほしいのよ、俺はぁ~』


 何を言って......?


『先輩方性格悪いっすねぇ~』

『言えたクチかよコルキスてめぇ、嬉々として研究室に押し込んだじゃねぇか』

『ちゃんと覚悟決めた顔したっすよ?』


 何?じゃあ全部、皆が計画して、私を......?


『全く、まあ、でも、こうするとスッキリするわね。

 面倒なことに菓子とか焼いてきちゃって、吐かなきゃいけなかったじゃない。

 暴食の怪物ベルゼブブが、穢らわしい』


 え、じゃああの日々は......?

 皆喜んでたと思っていたのに、私は......楽しかったのに......?


『あ~、そろそろか。

 じゃあな、腐った牛乳みてぇな白髪隠した悪魔、クズの忌み子。

 太陰に還って死ねや』

『......話し過ぎだぞ、クライン、他の2人も。まあいい、切り離しだ』


 教授の失踪も演技だった。

 合点が行った。あぁ......

 母か。


 爆音がエアロックから響く。

 身体が吹っ飛び、壁に叩きつけられて、肺から空気が全て抜けた。


 Gが安定し、再び床に叩きつけられる。

 私は立ち上がった。


 口から血が吹き出てくる。もう治す気も大して起こらなかった・・・・・・・・・・・・・・


 そうか......

 最初っからそうだ。

 誰も私を人だと思えない・・・・。まだ、学生として見ている人も、知った瞬間に私なんか人間じゃないと言うだろう。


 気付いてたのだ。私はいろいろとおかしい。

 大概、こんな髪色の時点で......


「ふざけるなッ!!」


 扉を殴る。血が吹き出る。


「ふざけるなッ、ふざけるなッ、ふざけるなァァァァァッッ!!

 私は人間だ、化物じゃない!人間から生まれた!人間として育って、苦しんで、泣いて、喜んできたんだッ!何でこんな扱いを......!」


 現実逃避の時間は終わりだった。


 ザシュッと、言う音と、共に、冷たい金属片が、ブレードか、それが、胸郭の中に後ろから入り込んでくる。


 あっ、これダメなやつだ。

 うーん、さっきはちょっとシュプレヒコールに酔っていたかもしれない。

 本当は、私を人間として見れる人は、居たのだ。確かに。ただ、愚かなことに、あの子だけで十分だと、満足することが出来なかった。


 もう、いいや......

 治す気も、しない。


 私はブレードで扉に縫い付けられたまま、意識を失った。


《聖陽魂魄:灯火プロメテウス:素体検出》

《データ移送開始》

《エラー:対象の生命活動が継続中》

《エラー:対象の陰元貯蔵量過大

 競合コンフリクトの可能性》

《移送プログラム再起動》

《強制移送実行》

《進捗:20%......》

《進捗:47%............》

《進捗:78%..................》

《進捗:99%》

《移送完了》

《再起動》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る